第20話 魔王と勇者の末裔

 フィルは緊張しながら馬車に揺られていた。慣れないドレスを着ているせいもあるが馬車も普段よく乗る乗り合い馬車ではなく深紅のソファが敷き詰められた貴族用の馬車だ。座り心地はとても良いのだが、逆にそれが落ち着かない。


 向かいにフランソワが座っているのがまだ救いだ。見知った人がいてくれるだけで落ち着く。


 魔王たちと村に戻ったフィルは村でささやかなお祝いのパーティをした。そこにフランソワと共に国王の使者がやって来たのだ。フランソワは天文台の街の守護についての報告のため、定期的に王宮にあがる。そこで国王の使者がフィルのもとへ遣わされることになり、フィルの知り合いのフランソワが道案内を買って出たと言う。


 王宮で魔王と闇の魔物が戦っているところを見ていた国王は、今回の一連の出来事の真相を知りたいから王宮に来るようにとフィルを王宮に招待した。使者は王宮への招待状を渡すと帰って行った。フィルはあまりのことに驚いたが、魔王のことを国王に説明するために王宮へ向かうことを決めた。


 国王であれば勇者と魔王の伝承を知っているだろうが、魔王が全く悪いことを企んでいなかったことがどこまで伝わっているかは分からない。少なくとも一般的な伝承では恐ろしい魔王としか伝わっていない。


 フィルは頭を抱えてしまった。どう説明してもややこしくなりそうだからだ。


 王宮に招待されたのはフィルだけだった。確かに魔王を呼んでくることはできないだろう。


 フィルは王宮に招待されてからすぐ準備に取り掛かったが、困ったのは王に謁見するためのドレスを持っていないことだった。困っているとフランソワが用意をしてくれた。申し訳ないと思ったがフィルが魔王と共に闇の魔物を倒して無事に帰って来たお祝いだからと言ってくれた。その上、王宮に一人であがるのは大変だからと王宮まで付き添ってくれることになった。


 そこで天文騎士団の持っている馬車で国王との正式な謁見にのぞむべく王宮へ向かったのだ。


 「そんなに緊張するなよ。国王陛下は話を聞いてくださる。それに妖精の王様も使者を送って今回の件をとりなしたってうわさもある」


 それは初耳だった。妖精の王は数百年前から生きている勇者と魔王の伝承の当事者だ。魔王や勇者が当時、どういう状況だったかを把握している。そんな人が使者を送ってくれたというのは心強い。


 そうだとしても今回のことはフィルの口からきちんと説明しなければならない。


 王宮から招かれた時、フィルはこのことを魔王と魔王軍のみんなとも相談した。みんなは少し不安そうな面持ちをしていた。フィルも不安だった。


 もし国王にもう一度、魔王を封印してほしいと頼まれたら、どうしたらいいのだろう。同じことをみんなも考えているようだった。また、魔王と別れることにはなりたくない。


 「わたし、王様にちゃんと説明するよ。だから大丈夫」


 大丈夫というのは半ば自分にそう言い聞かせるように言った。


 「行ってくるがいい、勇者の末裔よ。私はここで待っている」


 「うん。行ってくる」


 フィルは魔王の目を見つめてそう言い、出かけてきた。


 遂に馬車は王宮の門をくぐった。以前に来た時に入った一般公開エリアの入り口ではなく、王侯貴族のみが立ち入ることができる王宮の奥へと馬車は進んで行く。


 そこから馬車を降り、王の家臣に付き添われてフランソワと共に王宮の中を進んだ。かなり長い間、廊下を歩いた。だが、緊張していてどこをどう歩いたかはよく覚えていない。フランソワは慣れているようで堂々と歩いている。


 控えの間に通されると、そこで待つように言われた。その間、フィルは王様にどう話すかを何度も頭の中で繰り返した。魔王と出会ってから今までどんな冒険をしてきたかを思い出した。


 思えば魔王は勇者と自分を間違えて走って来た。それが全ての始まりだった。その時はこんなふうに一緒に冒険する大切な友達になるなんて思ってもみなかった。


 それを思い返しているうちにフィルの名前が呼ばれた。


 「陛下がお会いになられます。玉座の間にお入りください」


 玉座の間に入ると、魔王城の玉座の間の何倍も広い場所だということが分かった。贅を尽くした玉座に国王が座っており、傍に重臣の貴族たちが控えている。ここで勇者は魔王討伐の任を受けた。同じ場所でフィルは魔王についてとりなそうとしている。


 フィルとフランソワは国王の前に進み出てひざまずいた。


 「おもてをあげよ」


 フィルが言われるままに立ち上がると国王の顔が見えた。威厳のある顔の老人で頭に王冠をかぶっている。だが、目には理知的で優しい光が宿っていた。


 「このたび、伝承の魔王が復活した。それにしては民が傷つけられたという報告は一件もあがっていない。唯一、魔王城で怪しげな闇の魔物を見たという報告のみがあがっている」


 フィルは国王が何を言おうとしているのかを読み取ろうと、必死に耳をすませた。


 「勇者の末裔、フィルよ。そなたをここへ呼んだのは他でもない。復活した魔王とはいかなる者か、そなたの意見を聞きたい。妖精の王によれば、傍におったそなたに聞くのが適任だということじゃ」


 フィルはそういうふうに尋ねられると思っていなかったので、どう答えていいか分からなかった。そして、自分の言葉で魔王がどんな人なのか話すことにした。その方が伝わる気がした。


 「一言で言うと、全然、魔王らしくない人です。初めて会った時、わたしを勇者様と間違えて走ってきたんです」


 フィルがそう話し始めると国王は続きを促した。フィルは魔王のことを思い出しながら話した。


 「魔王なのに明るくて前向きで。世界を支配するっていう意味も分からずに、ただ魔王らしいっていう理由だけで言っていて。本当は全然、世界を支配する気なんてなくて。面白そうなものがあるとふらふらそっちへ行くし、すぐ森で道に迷うし、空も飛べないし、テレパシーも使えない。だけど、みんなのことをいつも想っている」


 フィルは一呼吸置いて、最後にこう付け加えた。


 「わたしの大切な友達です」


 国王はうなずいた。口元に優しそうな微笑が浮かんでいる。


 「なるほど。大まかには理解できた。よければ、今までどんなことがあったかも詳しく話してくれるか。魔王について判断するための参考になろう」

 「でも、長くなりますが…」

 「構わぬ。正確な判断を下すために時間は惜しまん」


 フィルは国王にそう言われて今までの冒険について話した。魔王と偶然、村のはずれで出会って魔王城まで案内したこと。魔王城が闇の魔物を操る青年に乗っ取られ、魔王がかつての部下たちを探し出すと決めたこと。臆病なドラゴン、薄雪の民の剣士のジェイド、ハヤブサの化身で弓の使い手のリシャール、食いしん坊でクイズ好きのグリフォン、月の精霊の眷属の魔術師の五人の部下たちと再会したこと。


 天文台の街でフランソワと出会い、闇の魔物や氷の竜と戦ったこと。天文台の街の話ではフランソワも横から天文騎士団の長として話してくれた。


 魔王が月影の民であり、孤独に生きる宿命にあることを話すか迷ったが、魔王がみんなと一緒にいたくて魔王になったということを説明するために話した。


 闇の剣を探して王宮に来たところは国王も魔王本人を見ているので話しやすかった。王宮を去った後、フィルは魔王を助けるために妖精の王のもとへ行き、光の剣を託された。魔王の部下たちと共に魔王城に乗り込み、小夜啼き鳥の歌を使って魔王の夢の中へ行ったことと、そこで勇者本人と出会ったことも話した。


 これには国王も周りの貴族たちも驚いてしまった。もちろん本当に勇者に会ったかは半信半疑だろうが。


 そして、フィルと魔王が力を合わせて魔王城にいた闇の魔物を倒したことを話した。


 辺りは水を打ったように静かになった。みんな国王が何と言うか待っているようだった。フィルはドキドキしながら国王を見ていた。


 やがて国王が口を開いた。


 「余は魔王について、ただちに判断をすることはできぬと思う。これは難しい問題じゃ。伝承の魔王が復活したことは見過ごせない。一方、魔王が今後、本当に悪さをするかどうか今の時点では誰にも分らぬ」


 国王は更にこう続けた。


 「そこで魔王の動向を見守る者をつけようと思う。はっきりしたことが分かるまで魔王についての判断は保留とする。異論のある者はただちに申し出よ」


 誰も何も言わなかった。国王は傍にいた家臣に何事か申しつけた。


 「勇者の末裔、フィルよ。そなたに魔王を見守る任を与える。魔王城の管理人となり、定期的に魔王が何をしているのか見てまいれ。そして時折、王宮に魔王の動向を報告するように。勇者の末裔が魔王を見ているのであれば民も安心であろう」


 フィルは突然のことに混乱した。それからその意味するところを確かめるために口を開いた。


 「それって、たまに魔王城へ遊びに行って魔王と一緒に過ごして、何をしているのか見ていたらいいんですか」

 「その通りじゃな。引き受けてくれるかな?」


 それは今までと何も変わらないということだ。それどころか魔王城の管理人として堂々と魔王に会いに行ける。


 「謹んでお受けいたします」


 フィルはそう言うとフランソワに教えられたようにドレスの裾を持つ正式なお辞儀をした。謁見に必要な最低限のマナーをフランソワが教えてくれたので頭に入れておいて良かったと思った。


 先ほど国王に何か申しつけられていた家臣が魔王城の門の鍵を持ってきた。伝承の魔王が封印されている場所なので魔王城の門は閉じられていた。それを開けるためのものだろう。


 鍵と一緒にフィルを正式に魔王城の管理人にするという国王直筆の署名の入った書類も渡された。


 「その鍵は魔王城の管理人としての身分を証明するもの。魔王城の管理人としての任に当たる時には身に帯びるように」

 「はい」


 確かに鍵はかなり大きく、王家の紋章が入っている。フィルは大切に鍵と書類を受け取った。


 「我が王家にのみ伝わる勇者様の言葉がある。魔王が現れ、勇者様はただちに討伐に向かったが、魔王は何も企んではいなかった。そのため封印するに留めたという。その際、勇者様は次のような言葉を残された。願わくばこの先の未来に魔王と異なる関係を築く者が現れることを望む、と」


 国王はフィルを見据えた。


 「余は遂にそのような者が現れたのだと思う」


 フィルはその言葉を聞いて胸がいっぱいになった。勇者はあの夢で会ったことは忘れているだろうと言っていたが、魔王のために言葉を言い伝えておいてくれたのだ。夢の中で勇者に言われた勇者ではないからこそ、できることがあるという言葉をフィルは思い出した。


 国王がフィルに手招きしたのでフィルは傍へ歩いて行った。


 「たまにはここへ来て魔王との冒険の話をしておくれ。ずっと王宮にいると外のことが分からんのでな。それに、そなたの冒険の話は非常に面白かった」


 フィルは気づいていなかったが、魔王との冒険の話を聞いているうちに面白くて、つい国王は前かがみになっていたのだ。王宮にいて執務に追われていると冒険の話を聞く機会もあまりない。


 「さあ、これでやるべきことは済んだ。未来に向けて歩み出すがよい、勇者の末裔よ」

 「ありがとうございます」


 フィルはお辞儀をすると、フランソワの案内で王宮を立ち去った。この後、向かう所はもう決まっていた。魔王にすぐこの話を聞かせたかった。


 魔王は玉座の間でフィルの帰りを待っていた。魔王軍のみんなもまんじりともせず魔王の傍にいた。


 そこへフィルが帰ってきた。玉座の間の扉が開くと、ドレス姿のフィルが立っていた。フィルは王宮から真っ直ぐに馬車で魔王城に向かったのだった。フィルは馬車から走って来たので息をきらしていた。

 魔王は思わず玉座から駆けおりてきた。


 「王様がわたしを魔王城の管理人にするって。たまにわたしが魔王城に遊びに行くなら、ずっと魔王と一緒にいてもいいって」


 それを聞いた魔王軍の面々から歓声があがった。魔王は安堵したようにフィルを見つめた。


 「そうか。良かった。私はこのまま、ここにいて良いのだな」


 フィルは力強くうなずいた。


 「ありがとう、フィル」


 フィルはもう何も言わなかった。ただ嬉しかった。これからもみんなと一緒にいられるということが。







 その後の日々はあわただしく過ぎていった。魔王が復活したことは国王とあの場にいた重臣たち、フランソワとフィル、フィルの村の人ぐらいしか知らない。多くの人々にとって勇者と魔王は伝承の中の登場人物という位置づけなので、魔王本人が歩いていても誰も本物の魔王だと思わないだろう。国王は魔王が復活したということは王宮の中だけに留めておいてくれた。


 一度だけ、あの彫刻家の青年がやって来て石像を作らせてほしいと頼みに来た。この青年は以前にドラゴンに乗る魔王の石像を作ってから、もう一度、魔王に会いたいと思っていたらしい。フィルの村まで探しに来ていたので魔王城に案内した。その時に隠しておけなくて本物の魔王だと話したが、それを知っても驚かなかった。彼もドラゴンに乗る魔王を見た時から、もしかすると本物の魔王かもしれないと思っていたらしい。


 むしろ今回の出来事を知って、お祝いにフィルと魔王と魔王の部下たちの像を作らせてほしいと頼まれた。フィルは少し恥ずかしかったが、今回の出来事を何らかの形で魔王城に残しておいた方がいいということになり石像を作ってもらうようお願いした。


 その石像は今、魔王城の中に飾られている。フィルと魔王が光の剣と闇の剣をそれぞれ持っている。その周りに魔王軍のみんながいる。この像の魔王は本人とそっくりなので怖くない。魔王はそれで納得していた。


 フィルは魔王城に来る時、自分の石像があるのが恥ずかしくて横目で見ながらすぐ通り過ぎてしまう。でも、とてもいい像だと思う。みんなが一緒にいるから。


 フィルはあれからよく魔王城に遊びに行っていた。反対に魔王もフィルの村へよく遊びに来ていた。魔王たちが魔王城で暮らし始めたこと以外は以前と何も変わらない。


 今日もフィルはいつものように魔王城に遊びに来ていた。


 「そういえば魔王って、なんですぐ玉座から走ってくるの?」


 「玉座にいると、みんなの話が聞こえづらいからだ。玉座はなぜか周りと距離があるだろう?」


 それは玉座が王の座る所なので、あえて周りから距離のある高い位置に作ってあるのだが魔王はよく分かっていないらしい。


 でも、それが魔王らしいかもしれない。彼の居場所は玉座ではなく、みんなの傍なのだろう。


 というのも、彼はみんなと一緒にいたくて魔王になったのだから。





 勇者の生まれ故郷の村の一つに、こんな言い伝えがある。


 伝承の魔王は勇者に封印された後に復活するが世界を支配する気はなかった。


 魔王は勇者の末裔の少女と友達になった。


 二人は魔王城に巣くっていた闇の魔物を力を合わせて倒し、魔王城を取り戻した。


 今も魔王は魔王城で暮らしている。


 月の出た夜に空を見上げてごらん。


 そこには白い竜に乗って月夜を散歩する魔王がいるかもしれない。


Fin.

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ものすごく前向きな魔王様と勇者の末裔ちゃん kuroa @sorahoshikuroa

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