こどもはしじん

あめはしつつじ

わたしのしょう来のゆめ

 わたしの、しょう来のゆめは、お花やさんになることです。

 わたしの、お母さんは、お花やさんです。

 いつも、おそくまで、おしごとをしています。

 どれくらい、おそくというと、わたしが、本をよんで、まってると、つくえの上で、ねちゃうくらい、おそく、です。

「つくえをまくらにしないの」

「おかえりなさい」

「おやすみなさいの時間でしょ」

「一人じゃ、こわかったの」

「まったく。制服、着たままで。お仕事遅い日は、おやすみなさい、していなさいって、言ってるでしょ」

「おやすみない日は、おやすみなさい、一人でするけど、明日はおしごとない日でしょ」

「そうね、明日は、お休みね」

「じゃあ、今日は、おやすみある日だから、おやすみなさい、一人でしない日なの」

「はー、まったく。ああ言えばこう言う。どうして、こんな風に育ったんだか」

「おやみすある、ひだね」

「はー。ほら、ばんざいして」

「わーい」

 お母さんとおふろに入りました。

「ねえおかーさん。なんで、花は水で、しわしわからつるつるになるのに、手は水で、つるつるらかしわしわになるの?」

「鼻がしわつる? 手がつるしわ?」

「そのおはなじゃなくて、こっちのおはなー」

 わたしは手で、お花のかたちをつくりました。

「フラワーの花ね。さあ? どうしてかしらね」

「ねえおかーさん」

「なーに?」

「おかーさん、水しごと、たいへん?」

「んー、どうして?」

「だって。おかおとか、手とか、まっ赤で、さむそうにかえってくるでしょ」

「んーんー。大変じゃないよ。でも、つつじちゃんが、お風呂に入ってなかったり、おやすみなさいしてなかったりすると、大変かな」

「おかーさん。わたしのこと、きらい?」

「んー。嫌いじゃないよ。嫌いじゃないから、お仕事頑張ってるんだよ」

「ほんとに? じゃあ、もうちょっと、くっついていい?」

「いいよ、ほら、おててのしわとしわを合わせてー」

「しあわせー」

 おふろからあがって、お母さんに体をふいてもらいました。

「こら、待って。ニベア塗ってあげるから。寒くて、真っ赤になって、痛い痛いなるよ」

「うー、べたべたする」

「はい、おしまい」

「ん」

「どうしたの? 手なんか出して。もう、塗ってあげたでしょ」

「ちがうの、わたしが、おかーさんにぬるの」

「そう、ありがとう。じゃあ、お願いね」

「わたしの手も、おかーさんの手も、まっ赤だね」

「そうだね。お風呂上がりだからね」

「ねえ、それ、いたくない?」

「ん、どれ?」

「おかーさんゆび」

「ああ、ささくれね。大丈夫、痛くないよ」

「ぬった」

「ありがとう、上手だったね」

「パッ、てやって」

「パッ?」

「ちーがうのー。こう、パッ、てやるのー」

 わたしは手で、お花のかたちをつくりました。

 お母さんもまねして、お花のかたちをつくりました。

 わたしはこう、言いました。

「きれいなばらにはとげがある」

「つつじちゃんは、難しい言葉を知ってるねえ。本も大好きだし、将来は小説家になるんじゃないの?」

「わたしは、お花やさんになるの!」

 わたしはそう、言いました。

 でも、しょうせつかになるのもいいな、と思いました。

 しょうせつかになるには、むずかしいかん字を知らないといけないよと、つついのおじさんに言われました。

 おじさんにもらったじしょで、かん字をしらべてみました。

 きれいなばらにはとげがある。

 綺麗な薔薇には棘がある。

 じぶんのなまえも、しらべてみました。

 つつじ

 躑躅

 つるつるのひらがなが、

 しわしわなかんじになっちゃった。

 おかーさんに言うと、

「つつじちゃんは、小説家より、詩人の方が向いているのかもねー」

 と言われました。

 わたしの、しょう来のゆめは、お花やさんになることです。




 私は娘のノートを静かに閉じ、そっと机の引き出しに戻す。

 そうして、いつものように、机の上の花の水を、新しく替える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こどもはしじん あめはしつつじ @amehashi_224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ