第23話 奇襲。回避せよ。
夜。冬の夜は長い。空は白い結晶が落ちてきていて、それが一層寒々しい。
加奈は俺の部屋で眠っていた。
俺はというと帰ってきた敦子と一緒に鍋料理の準備をしていた。
「お兄ちゃん、訓練って厳しい?」
俺は微笑を湛えながら、「そりゃあ厳しいぞ。腕立て腹筋、五十回とかな。俺なんか、まだテロリストを殺したこともなくて、国防を担えているとか言えたもんじゃないが、それでも懸命に闘っている」と言った。
「闘わなくてもいいんじゃないの」
茄子を切っている敦子。その顔は無表情で何を考えているかは分かったもんじゃない。
「誰かがやってくれるんじゃないの? ねえ」
「そんな安直なもんじゃないんだよ。そんなことより、お前、煙草辞めておけよ」
「分かってる。ちょっとお兄ちゃんがいなくて寂しくって、そういう行為に走っちゃった」
俺は敦子の頭を撫でた。「俺らの仲間でも、そんな奴がいたよ。でも、煙草は身体に悪い」
煙草は、二・五センチのあの細いアイテムで、自分に浸れることが出来る。その代わりに肺がんへのリスクを高めながら。
「ねえ、お兄ちゃん。私がいなくなっても悲しまないでね」
「は? どういう意味だよ、それ」
敦子は満点の笑みを見せた。それには何の未練もないような、そんな感じがした。
「――お兄ちゃんは、加奈さんのどこが良かったのか?」
「彼女は……とにかく強いんだよ。そして、弱い」
「どういうこと?」
「人って、他人に依存して自律を保とうとする。それが人間だ。でも彼女は幼少期から頼られる人間に”させられた”んだ。依存する相手も見つからずな」
「それは違うんじゃない」敦子が具材を鍋に入れてことことと煮込む。
「……」
「お兄ちゃんという、依存が出来る人が現れたじゃない。お兄ちゃんも強いと思うよ。だって、あの暁っていう人に言われたんだけどね。赤子を救った行為は偽善者じゃあ出来ない行為だと。本当の正義というものを理解している人じゃないと、あんな行為は出来ないって」
「……そうかよ」
あの行為、正しかったんだな。俺はそう思った。
手を洗って、それからTVを点けた。
「速報です。練馬駐屯地から二丁の拳銃が盗まれていることが、防衛省から発表されました。大和田官房長官の発表によると、関与に関わっているのは二名のTI兵士ということで――」
「お兄ちゃんこれって」
「ああ。そういうことか……」
TI兵士はベレッタ拳銃を常に装備しろと指導される。多分、それはTI兵士が逃亡した際に、銃刀法違反で検挙できるようにだろう。
俺は舌打ちし、「この家はまずいな。加奈を起こしてくる」と言って二階に向かう。
その瞬間だった――。
四方の窓ガラスが発砲されて粉々になった。
俺と敦子はソファの陰に隠れて、発砲が終わるまでしばらく待つ。……と言っても終わるのか?
「クソ。あいつら住宅街ということを忘れてやがんのか?」
「お兄ちゃん。もう降伏したほうがいいよ」
「そうはいくかよ」
加奈をまたTIに戻してしまったら駄目だ。あの子の幸福は軍にいることじゃない。何でもない日常を謳歌することだ。
胸ポケットからベレッタを取り出し、窓の方を見て発砲した。
すると、階段から銃声が聞こえた。加奈が拳銃を装備して射撃しているのだ。加奈がソファに来ると、俺に耳打ちした。
「前進するわよ」
俺は顔をしかめて、首を振る。「そんなのは無理だ。殺されるのが目に見えてる」
加奈は鼻を鳴らした。「馬鹿ね。相手は殺したら問題ものよ。相手は絶対こちらを無力化して拉致するという命令になっているはず。……ここの裏口は?」
俺は顎でしゃくった。「こっちだ。連いてこい」
背をかがめて、裏口へと向かう。
そしたら、弾丸が俺の左足の義足に当たる。変形し、動かなくなった。
「クソ。先行っててくれ――」
加奈が俺の背を撫でる。「大丈夫だから」
彼女は横になって窓へと向かって発砲する。「うわあああ」「大丈夫か‼」と外でがや騒ぎになっている。
「誰かが死んだのか?」俺は怖くなった。
すると加奈は強張った顔で、「大丈夫だから」ともう一度言った。
そんなことないだろ。俺はそう言いたかった。でも言えなかった。彼女の蒼白な表情を見て、きっとパニックなのだろうと思った。それでも、自分の最期の人生を、好きなように全うしたいという願いのなか、動いているのだ。
人一人殺したくらいで何だ。彼女の人生を、危険な目に晒してきた大人たちへの報復じゃないのか。俺はそう思うようにした。
「今のうちに行くよ」
「おう」
敦子の手を引いて、足を引きずりながら歩く。
すると、キッチンが爆発した。鍋を煮込んでいたので、そのガスと弾丸のマズルラッシュによって引火し、爆発を起こしたのだろう。
溜息をついた。キッチンの隣に裏口があったのだ。
これじゃあ蜂の巣だ。八方ふさがりじゃないか。
「予定変更。玄関から逃げるよ」
バレットを交換する加奈。
「そんなの、無茶苦茶だ」
連中はこの家の四方を囲んでいるんだぞ。それは自殺行為だ。
加奈の肩を掴んで、それは駄目だと言う。
しかし、彼女はどんどんと前進する。
俺は舌打ちして、ベレッタを握りなおした。
すると玄関の扉が開いて、SATが出てくる。「動くな‼」と中型拳銃を構えて照準をこちらに向けた。「武装を解除しろ」
加奈が躊躇うわけもなく、そのSATに向けて発砲する。そいつらは心臓部に弾丸が入ったので胸を押さえながら死んでいった。
それから外に出ると、ガンシップのサーチライトが俺らを照らす。
「きさまらは包囲されている。すぐに投降しろ」
ガンシップからそうマイクの声が聞こえた。そのガンシップすらも加奈は破壊しようとしたのでそれも止める。「やめておけ。近隣住宅にガンシップが堕ちたらどうするんだ」
加奈は舌打ちして、「でもそれだったら、奴等もガンシップの装備を使えないはず。このまま突っ切るよ。敦子ちゃんもいるし、向こうも下手に攻撃できないでしょう」
物陰に隠れながらそう言った。俺は頷いて、敦子に耳打ちした。「怖いと思うが、ここから全速力で走れ。絶対にお前は狙われない」
敦子は恐怖でゆがんだ顔で笑い、親指を立てた。
「絶対に死なないから」
そして全力で走り出した。駆けて、駆けて、駆け出す。
やはり、彼女が物陰から出てきて、国道を走ってる間は思惑通り銃声はやんだ。
俺らも息を潜めて走る。左足を引きずりながら。拍子抜けた兵士たちは引き金を引くのを躊躇する。
そうして一本路地を抜ける。
「包囲網から抜け出せたかも? でも気をつけて」
「俺達、全国指名手配じゃねえか。それにお前、人殺してるし」
俺は苦笑してやった。加奈も笑った。だがその表情は強張っていた。
嘆息ついて、俺は彼女を抱きしめた。緊張した身体、それを背を撫でることでゆっくり緩和させていく。
「もう、TIには戻れないな」
「それでもいいじゃない。TIにはいたくなかったんでしょ」
「それもそうだな」
肩を一つ竦める。それから俺は彼女を口づけした。
「ちょっと……」
「いいじゃないか」
強引に舌をからめる。先ほどの戦闘で分泌されたアドレナリンを解放するように行動に移す。
「お兄ちゃん‼ 私がいる前でそういう行動やめてくんない?」
俺はそう言われて加奈から離れた。加奈は赤面して咳ばらいをした。
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