【KAC20244】社長! ささくれが痛すぎるんで退職したいです!
青燈ユウマ@低浮上
ささくれ、それは俺の最終兵器
俺は日本エキセントリック警備保障という会社に勤める警備員だ。そして俺がかけているのは相棒の「ペイン眼鏡」だ。アホみたいな名前だが、非常に実用的な道具だ。
見た目は四角いサングラスだが、なんと痛みを感じると眼鏡のブリッジの中央から、痛みのレベルに応じたビームが出るのだ。ブリッジとは左右のレンズの間にある山なりになった鼻にかかる部分のフレームのことだ。
ペイン眼鏡をかけ直して、現金輸送車のトランクを開ける。銀行から預かった金が入った金庫を両手で抱えて、そっと中に入れた。
俺が勤める警備会社は、基本的な装備として制服や警棒などが支給されるが、今回の現金輸送のような危険な業務の時は更に警戒杖や警備用パワードスーツなどが与えられる。警備用パワードスーツは着用者の筋力や持久力を上げてくれる装置のついた便利な衣服だ。
このパワードスーツは能力の高い者から順に支給されるため、俺の様な下っ端のヒョロガリには縁がない。その代わりにペイン眼鏡が支給されたのだ。この眼鏡、ビームは強力だが、痛みと引き換えに発動するという性質上、人気がなかった。だから俺に回ってきたのだ。
隣で顰めっ面をしながら周囲を警戒している
俺が投げやりな気持ちで車のトランクを乱暴に閉めると、池内さんは何も言わずに運転席の扉に向かっていった。俺も、助手席の方に向かって数歩歩いたときだった。
「あがっっ!!!!」
池内さんの叫び声が聞こえた。
「池内さん!!??」
驚いて運転席側へ駆け寄ると18、9くらいのいかにも不良という風貌の若者が3人、池内さんを囲んでいた。若者の一人が1メートルくらいのパイプ棒を持っている。池内さんはうつ伏せに倒れて、苦しそうに呻いていた。
(そんな……筋肉ゴリラで有名な池内さんが……。相当な力で殴られたのか)
3人がトランクに向かって歩き出した。
(まずい!!!!!)
俺は慌てて走り出し、彼らの前に立ち塞がった。
「あ? なんだこいつ」
茶髪の男にギロリと睨まれ、内心怖じ気づきながらも声を上げる。
「お前たち!! 止まれ!! 自分が何をしてるのかわか……」
「は? ウザ」
パイプ棒を持った男が大きく振りかぶった後、俺の側頭部目がけて勢いよく振り下ろしてきた。
「――――――ッ!!!」
咄嗟に後ろに飛んで、その瞬間に覚悟を決めた。
左手中指のささくれをつまみ、思いっきり引っ張る。
ベリィッ!!! と皮膚を裂く音が響き、ささくれが思いのほか剥けてしまったことを強烈な痛みで知った。
「いっっってええええええええええええ!!!!!!」
俺が叫ぶとそれに呼応するように、眼鏡の中央から目映い光が溢れた。次の瞬間ぶっといビームが轟音とともに射出された。
ビィィィィィィ――――――――――――――――――
ビームが不良どもを飲み込み、後方に吹っ飛ばす。
俺も強烈な反動を受けて仰向けに倒れ、背中を地面に強打した。
「ガッ……ハッ!!!!」
背中全体が焼けるように痛む。が、やはり左手中指が比較にならないくらい痛い。チラリと見ると、第二関節まで裂けており血が滲んでいた。
だが、俺はかつてない達成感で満たされていた。
「ああ……、ハァ……。やったぞ……。ヒョロガリでも、守ったぞ……」
しばらくするとけたたましいサイレン音が聞こえてきた。
上体を起こすと、社長が太鼓腹を揺らしながら人混みから走ってくるのが見えた。
「佐藤君!! 大丈夫か!?」
目の前に来た社長が青い顔をしてしゃがみ込み、俺に尋ねた。
「あ、俺は大丈夫です。それより筋肉さんが」
「あ、そう池内さん!!」
社長がそう言って立ち上がったので、慌てて呼び止めた。
「あ! 社長! 待って下さい!!」
「ん!? なんだね!!」
「俺、今日で仕事辞めます!!」
「え!? な!? なんで!?」
「ささくれが尋常じゃなく痛いからです!!」
「はあ!?」
完
◇◇◇◇◇
【補足】
仕事は辞めたいと言って、すぐに辞められるわけではありません。
民法上、雇用期間の定めのない従業員の場合、雇用は、解約の申し入れの日から2週間が経過することによって終了します。気をつけてね♡
その他の場合(雇用期間の定めがある場合など)は……自分で調べてください(笑)
【KAC20244】社長! ささくれが痛すぎるんで退職したいです! 青燈ユウマ@低浮上 @yuma42world
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