第51話 九八式直協機 お姫様とメイドを救う

「あれは、やんごとなき身分のお姫様か誰かじゃあないか。」


 安春曹長は、伝声管を通じて、後部偵察席の栄伍長に言った。


「確かに、服装は上等そうに見え、頭に冠なども着けておりますので、曹長殿の仰るとおり、どこぞのお姫様のように思われるであります。」


 下の様子を双眼鏡で観察していた栄も、安春に同意した。


「まさかとは思いますが、曹長殿は、あのお姫様を助けるつもりなのでありますか?」


 栄伍長は、安春曹長の心中を察したように聞いた。


「あははは、貴様、何で分かったんだ?」


 安春は、図星だというように答えた。


「しかし、あまりこの地のゴタゴタに巻き込まれない方が良いようにも思われるであります。お姫様と周りの連中のどちらに非があるかも分からないであります。」


 栄が、懸念を口にした。


「そんなもの、昔話じゃ悪者にお姫様が拐われるか、因縁付けられて危ない目に遭うのが相場に決まってらぁな。」


 安春は、べらんめえ口調で答えた。


「そう簡単なものでありますかね。それで、曹長殿は、どうやって助けるつもりなのでありますか?」

「そいつは、こうやるんだ。」


 栄の問いに答える代わりに、安春は、いったん群衆のサークルを飛び越えてから左旋回し、そのまま急降下に入った。


 二翔プロペラの九八式直協偵察機であるが、急降下に入ってからのエンジン、プロペラの立てる金切り音は、地上にいる者を威圧する独特のものである。


「あんたらに恨みはないが、『義を見てせざるは勇なきなり』なんでね。」


と言った安春は、そのまま柱の前の兵士群に、機銃掃射を掛けた。


 タタタタタタ…


 一丁だけの前方7.7㎜機銃で、なるべく当たらないように掃射を掛けたのであるが、逸らした方へわざわざ寄って行く鈍い者がいて、何人かが血飛沫を上げて倒れた。


 兵士の群れが、低空で迫って来る直協機の姿と、機銃掃射に驚き、柱との間隔を広げたことから、サークルが大きくなった。


 安春の狙いはここにあった。


 掃射を終えてサークルを飛び越え、再び左旋回でサークルの方へ戻ると、安春は、お姫様が縛り付けられている柱とサークルの間にできた空間に、大胆にも直協機を着陸させた。


 平坦であれば、離着陸に場所を選ばない直協機の特性を生かした方法であった。


 安春は、エンジンの回転を調節し、左右の主脚ブレーキを器用に操りながら、機体をお姫様が縛り付けられている柱に近付けて行き、やがて後部偵察席が柱のお姫様の位置に来るよう、ピタリと停止させた。


「栄、お姫様の縄を解いて収容しろ。外野が邪魔をするようなら、拳銃でも旋回機銃でもぶっ放せ。」

「分かりました。」


 安春の指示通り、栄は、柱に後ろ手に縛られているそのお姫様の縄を解きにかかった。

 金髪のお姫様は、15、6歳に見える、美少女と言って良い少女であったが、ガックリと首を垂れているので、栄は、最初は死んでいるのではないかと思ったものの、息はしているようだったので、安心した。

 

 栄は、少女の縄がなかなか解けないのでイラついた。安春も


「何をしている、早くせんか!」


と催促してくる。

 彼が縄を相手に四苦八苦していると、突然


 パンパン


と銃声がした。

 栄がそちらを向くと、いつの間にかサークルが縮まって来ており、安春が威嚇発砲をしたのだと分かった。


「やべぇ。」


 かれは作業を急ぎ、やっとのことで少女を縛り付けていた縄を解くと、彼女を抱きかかえ、直協機の偵察席にそのまま一緒に乗り込んだ。


 その瞬間、少女の髪の毛の仄かな香りが鼻をくすぐった。


 乗り込みを待っていた安春は、直ぐにエンジンの回転を上げ、離陸の滑走を始めた。

 すると、それを合図にしたかのように、周囲の兵士たちが近付いて来始めた。


 彼らは口々に何かを叫んでいるが、「言葉の理」の術が掛けられておらず、術の掛けられた腕輪も持っていない安春と栄には、何を言っているのか分からない。

 分かるのは、剝き出しの敵意だけである。


 栄が、拳銃を取り出し、彼らの足元に向けて威嚇射撃を行ったが、怯む様子はない。

 彼は、仕方なく、テ4とも呼ばれる八九式旋回機銃改単を射撃位置にセットし、迫りつつある兵士たちの群れの足元目掛けて威嚇射撃を行った。


 タタタタタタ…


 着弾が足元で連続した土煙を上げると、兵士たちはさすがに怯んだ様子で足を止めたので、その隙に、直協機はプロペラの後流で土煙を上げながら速度を増した。

 ところが、その兵士たちの中から、一人のメイドの女性が威嚇にもめげずに駆け出し、何ということか、偵察席の縁に飛びついて来た。


「おい、お嬢さん何しているんだ!危ないから手を放せ!」


 言葉は通じないが、仕草で言いたいことは伝わっているはずであるが、そのメイドは、偵察席に縋り付き、這い上がろうとしている。

 ここは止む無しと、拳銃を取り出し、そのメイドの方へ向けようとしたとき、意外な邪魔が入った。

 気絶していたはずのお姫様が栄の右腕に縋り付き、必死に何かを訴えているのである。


「知り合いか何かなのか?」


 とりあえず敵意はないと見た栄は、そのメイドも偵察席へ引っ張り上げた。


「曹長殿。救助について、お姫様に女給が一人加わりました。」

「ああ?女給だって?」


 安春が、操縦席から後部を振り返ってみると、確かにお姫様とメイドがそこにいた。


「お姫様のお付きの者かな、このメイドさんは。」

「言葉が通じんので、まるで分らんのであります。」

「まあ良い。そっちのお姫様の方は、いとやんごとなきご身分の方であれば、この世界での足掛かりになるかも知れないからな。」


 直協機は、メイドを引き揚げてから、前方の兵士たちを前方機銃の威嚇発射で蹴散らしながら、250mほどの滑走で離陸した。


「曹長殿、勝手なことをして良いのでありましょうか。」


 栄が改めて疑問を投げ掛ける。


「言っただろう、『義を見てせざるは勇無きなり』だ。美少女のお姫様を助けて、貴様もまんざらではあるまい。まして、海軍さんは、大艇や水偵が美少女魔法使いを救助したっていう話じゃないか。俺たちがお姫様を助けたって、悪いことはあるまいよ。俺はね、あのお姫様が、俺たち日本軍の幸運の女神になりそうな気がするんだ。」

「へえ、そんなもんですかね。」

 

 栄は、安春の話が大きくなり過ぎたと思い、適当に相槌を打つことにした。

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