第50話 直協機の偵察とお姫様発見
駆逐艦葉月、櫟と海防艦利尻は、それぞれアムリッツァ号、マル・アデッタ号、バーミリオン号をロープで曳航し、デ・ノーアトゥーン港を目指して出発した。
各艦の後部砲塔は、曳航中の艦に狙いを定め、また、25㎜対空機銃も、後部を射撃可能な銃座は、何か異常があれば、直ちに射撃ができる体勢を取っていた。
曳航中、ヴァナヘイムの3帆船では、同王国の礼式に則り死者の水葬が執り行われた。
重傷者のうち、見込みのありそうな者は、葉月、櫟、利尻の軍医と衛生兵が応急手当てを行い、デ・ノーアトゥーン入港後、病院なりに引き継ぐことになるだろう。
医療班をヴァナヘイム艦に残すことについては、仮に反乱や抵抗があった場合、鎮圧が困難になるという理由で、反対もあったが、人道的理由のほか
「もうそんな気力は相手に残っていない。反乱に備えるのであれば、誰か人質を取っておけば足りる。」
という、現実的理由が説得力を持った。
実際には、反乱や抵抗は一切起こらなかった。
これは、ヴァナヘイム艦側に気力がなかったということもあったが、途中、合流した第25航空戦隊の戦艦、空母の姿に圧倒され、あったかも知れない反抗心が、完全に失せたということが正しいかも知れなかった。
降伏したアムリッツァ号のヤンセン副長は、出雲と
蛟龍の艦影を見て
「こんな化け物艦とワイバーンには、確かに我ら百隻が束になっても敵うわけがない。」
と言って嘆息した。
そしてそれは、ランテマリオ号、バーミリオン号でも同様で、25航戦と合流後は、各拿捕艦での作業がよりスムーズに進むようになっていた。
その頃、デ・ノーアトゥーンの南方からは、不穏な動きが商工ギルド出入りの商人より報告されていた。
もともと、デ・ノーアトゥーン南方には草原や農地、森林地帯が広がり、その先にトゥンサリル城の支城が、デ・ノーアトゥーン防衛の一環として築かれていた。
現在は、この支城に、ミズガルズ王の弟で現ブリーデヴァンガル属領主のアルビン・オルソファン・ファン・ミズガルズ侯爵が病に伏せっており、夜会に顔を出し、今回の一連の騒動の糸を引いている疑いが濃厚の長子フレデリク、第二夫人カロリーン・エールクネス・デ・シボラが居住していた。
本来は、まだ16歳の長女シャルロッテ・アルビーネ・デ・シボラがいるが、趣味でもある魔術研究のため王都に留学中のはずであった。
ところでこの数日、トゥンサリル城支城を境に、御用商人の一部例外を除き、人の往来がパッタリと途絶え、グリトニル辺境伯が放っている密偵からも報告が途絶えてしまっていた。
このことから、夜会実施に反対する意見もあったのだが、開催されていたのである。
来港する船舶の乗員から、支城の南側に兵力が集結しつつあることは断片的に伝わっていたが、情報の真贋も含め、実態は掴めていなかった。
敵大艦隊殲滅の報は、艦隊から無線で伝えられており、ワイバーンとハーピー編隊の殲滅も含め、デ・ノーアトゥーンの街もトゥンサリル城内もお祭り騒ぎの様相を呈していたが、空海からの攻撃を撃退はしたが、陸からの攻撃がないとは限らなかった。
特に、百隻の艦隊撃破については、その情報が敗者であるヴァナヘイム王国や一枚噛んでいることは間違いないマグ・メルをはじめ、旧公国派とその背後にいるフレデリクには、まだ伝達されていないと思われることから、準備された陸上攻撃を踏み止まるとは思えなかった。
ブリーデヴァンガル属領主府軍務尚書レンダール男爵は、トゥンサリル城に開設された海軍の無線局を通じて25航戦司令の桑園少将に相談を持ち掛けた。
その結果、トゥンサリル城至近で離発着できることから、三式指揮連絡機か、九八式直協偵察機(直協)の使用が検討され、直協機を使用することになった。
これは、直ちにギムレー湾に陸揚げされていた直協機に伝達され、2時間半後には、トゥンサリル城の前庭へ飛来した。
搭乗員(空中勤務者)の安春曹長と栄伍長に、偵察任務を説明し、ワイバーンとの接触に気を付けるよう、特に注意がなされた。
付近の地図も渡された安春曹長だったが、その出来栄えの悪さから、自分の経験と勘が頼りだと思った。
トゥンサリル城の本城と支城の距離は、馬車で4、5時間とのことなので、おおむね50㎞、高度を上げると、その姿が目に入ってきた。
安春は、高度2千5百mで水平飛行に入り、そのまま支城を飛び越えた。
支城は、海に迫った丘陵から海辺に延びており、平坦地を通せんぼするようになっていて、大きくはないが、塀に囲まれた城下町を伴っている。
支城の「向こう側」は、やや広い平野が続いており、そこには、多くの歩兵、騎兵と、数は少ないが馬匹に牽引された砲兵の姿が見えた。
栄伍長は、偵察用の写真機を取り出し、それらを撮影するとともに、縮尺からおよその数を算出してみた。
その結果、歩兵2千、騎兵1千、砲100門という数字になった。
ブリーデヴァンガル属領主府の軍勢は、島全土からかき集めてもこれに足りず、攻撃3倍の法則で考えてみても、どっこいどっこいである。
「こいつぁ、ちとマズイかな。」
そう思いながらも、安春は、栄に報告電報を打電させた。
安春は、全周囲を見渡し、ワイバーンがいないことを確認してから、高度を500mまで下げ、地上の様子を再確認した。
すると、群衆が丸く輪になった中央に、柱に縛り付けられた女性のような人影が見えた。
「何じゃ、あれは。」
安春は、高度を300mまで下げ、栄と一緒にその人影を観察した。
双眼鏡で見るとその人影は、確かに柱に縛り付けられている女性であるが、倍率を上げて見ると、金色の長髪に冠らしき飾りを着けていて、着ている服も上等そうな赤いドレスである。
「あれは、やんごとなき身分のお姫様か誰かじゃあないか。」
安春が言った。
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