第4話

 すっかり忘れていたことがある。帰りの列車の切符があったことを。

 結局、伯父の死についての真相は中途半端なことになったが、ノクティスに仕事が残っているので好奇心で関わっているわけにはいかない。伯父の脳卒中による死亡が揺るがない以上、どうしようもできないし、伯母の心情を考えると、私が深追いすることではない気がしてきた。


「まだ時間があるだろ? 茶でもどうだ?」


 国際列車なので出国手続きもあり、早めに駅についていると、あの兄が見送りに来ていた。

 列車の出発時間まで待合室でお茶を飲みながら、兄に私が伯父の邸宅に調べたことを話した。

 するとどうだ。


「なるほど。おおよそ私の推測通りだ。両者とも情熱的だったことには驚いた」

「情熱的?」


 この兄の頭の中で、どんな話を組み立てているのか、私は図りかねている。


「君が探し出してくれたから、ピースがはまったのだよ。もっともその人物を本当に見つけるかどうか悩みどころだがね」

「マーモセットを連れた人物……」


 伯父と叔母が倒れていた居間。そこには私の推測ではもうひとりいた。それは教会のシスターがいっていたマーモセットを連れた人物だ。

 鳥籠の鳥をマーモセットが、何らかの理由で捕ろうとした。その跡がレースカーテンの穴だ。中にいた小鳥がどうなったか……食べられたか、逃げ出したかは定かではない。だが、襲っているところを、かの人物はマーモセットを引き剥がそうとしたのだ。


 兄はつづけた。


「私が調べたのは、伯父の過去。若き頃の赴任先……そう伯母との出会いだ。

 調べればどこに行って何をしていたのかはわかる。そこであったことは当時の戦友にでも聞けばいい。葬式の時にやってきていた戦友に聞いたよ。伯母を取り合う恋敵がいたこと。

 そして、その恋敵が伯父の命令で哨戒に行ったきり帰ってこなかったことを」

「伯父がその恋敵を殺した?」

「偶然かもしれない。いや、この哨戒任務はあまりにも意味がないものだと確信している。当時の状況と、戦友の噂話によって。

 恋敵を排除するためにでっち上げられたものだ。そして、恋敵を排除した伯父は伯母と結婚。それから30年ほど何事もなく暮らしていた。

だが……」

「――恋敵は死んでいなかった」

「哨戒任務中の戦死……それが事実だ。だが、本当に……そう、あの日までは。

30年の間どう暮らしていたのかわからない。だが、戦死扱いされた人間の末路など想像に値する。泥水をすすり、満足に食事もとれない。過酷な生活だっただろう。それが偶然なのか、必然なのか・・・・・・」

「あの日、教会で伯母と会った」

 教会で若かりし頃の恋人を見かけた。歳は取っていても、すぐに分かったに違いない。そして、話した伯父が恋敵であった自分を戦死させようと。

 それを聞いた伯母は激怒した。帰宅した伯父に怒りをぶつけ、言い争いふたりは激高した。実際30年おも叔母は騙されていたことになるのだから――。


「でも、これは推測では?」


 たしかに話としては面白い。だが、兄の考えた伯父の死の原因が、それである証拠は? 激昂するぐらいで脳卒中まで……いや、男が目の前に現れたらどうなるか。

 30年も昔に自分が殺した人間が現れたのなら驚き、恐怖するに違いない。


「だから、お前に調べさせた。そして、推測が確信に変わった。ふたりが倒れた時、もうひとりいたことは確かだが……」

「その男を捕まえて、話を聞くべきだ!」


 私の意見に、兄は首を振った。


「話を聞いてどうする? 真実が明るみに出たところで、伯父のスキャンダルになるだけだ。死亡原因が脳卒中であることには変わらない」

「しかし……」


 真実をつかみかけているのに、放置しろと兄は言っているようなものだ。だが、考えてみれば、それを蒸し返してどうなるというのだ。

 伯父は帰ってこないだろうし、伯母の30年は戻っていることはない。その戦死扱いされた兵士のこの過酷な人生も変わるわけではない。


「それに、もうそろそろ列車が出るのではないか?」


 結局、ノクティスの同居人への土産話にもなることもなく、私は列車に乗った。


 ただ、故郷にいいようのないササクレを残して――



〈了〉

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第三の男~灰色の習作~ 大月クマ @smurakam1978

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