菊姫梢子の憂鬱

おめがじょん

菊姫梢子の憂鬱




 ──君のそのささくれだった心は、今の環境のままではずっと治る事はないよ──


 初対面の男の言葉が妙に響いた。

 イライラしながら菊姫梢子は学校の屋上で煙草を近くにあった灰皿代わりのバケツに吐き捨てた。どこぞの有名大学の教授だかなんだが知らないが、今まで会ったどんな大人より威圧感があった。一瞬見透かされた、と感じてしまった事がまた恥ずかしく、それがまた梢子の心を苛立たせている。


「ちゃーす。梢子さん!」


「お疲れ様でしたァ!」


 学校内でジャージのセットアップ姿の梢子に上級生の男も女も一礼する。

 都内最悪のヤンキー高校。調布南高校にて一年にしてトップに立った菊姫梢子には誰も逆らえない。暴力が支配する高校において"魔術師"は一線を画した存在となる。

 入学して一週間で片っ端から上級生を締め上げた梢子は、"一年四組"なるチームを作り上げこの学校を支配した。

 

「梢子さん。西校の奴らが駅前のゲーセンで生意気なんで今度一緒に行ってもらえません?」


「八工の奴らが梢子さん殺すってTwitterで騒いでましたよ」


 上級生までもが梢子に敬語でこの始末である。

 本当はこんな事を望んでいた筈ではなかった。兄もこの学校出身で、高校を出たら仲間と起業をして店をやっている。毎日喧嘩ばかりしてるのに楽しそうに帰ってくる兄を見て真似をしてみたがどうも上手く行かない。彼らは舎弟であって仲間ではない。梢子の強さを頼ってくるばかりで、梢子と楽しくやろうとは思っていない。


「何でもいいさ。何時でも声かけな」


 適当にそう返事をして去っていく。まだ昼の時間だが、こうなってしまった学校にさほどの興味はない。"魔術師"は仲間に入れて貰えないのだ。本来であるならば、梢子はこの学校に居るべき生徒ではないからだ。


(小学生の頃だったか──)


 魔術の素養がある事が授業の一環でわかり、中学は私立の魔術中学への受験を勧められた。家業も魔術を使うのでこれ幸いと受験して合格したが、入った学校が悪かった。有名私立で梢子のような特待で一般家庭出身は浮く。なまじ魔術の素養が群を抜いて強かっただけに、梢子には嫌がらせが集中したのだ。

 ところが菊姫梢子は泣き寝入りをしない性格だった。やった相手の兄弟親類友人全員にキッチリ報復をして退学になってしまった。しかもその時に"血継魔術"の才がある事も判明し、学校からは退学処分を取り消すなんて異例の申し出もあったが、全部拒否してこの学校に来たのだ。そしてここにも、梢子の居場所はないようであった。だから最低限の事だけして学校を出ていくのだ。


「おう、宮代。今日のアガリどんなもん?」


「ちゃす。梢子さん。こんなもんです」


 途中寄った教室で同級生から札束を受け取る。

 高校生にはしてはかなりの枚数だ。適当に何枚か抜き取って残りは同級生に返す。


「アタシこんだけ貰うから、残りはアンタ達で分けな」


 売春ではない。梢子が家からこっそり拝借した魔術酒を売り捌いた金である。

 それに再調整を加えた梢子の魔術酒は身内で飲んだら非常に好評で、先輩後輩ネットワークを通じて闇に売り出されている。

 

「もうフケちゃうんすか? ──あっ。ガレージか」


「おう。じゃあな」


 校舎を出て教職員専用駐車場へと向かう。梢子の原付が校長の車の横に停めてあるのだ。金色に塗装された原付にキーは刺しっぱなしだ。調布でこの原付を盗んだ奴がどんな目に遭うかは近所の中高生の間では有名だ。

 エンジンをかけて改造マフラーから小気味いい音を出しながら学校を出て向かった先は、梢子が借りているガレージだ。学校から2キロ程の自宅との中間地点ぐらいにある。姉の伝手で安く借りている場所だ。

 姉もまた高校時代毎日喧嘩三昧だったが、高校を卒業して仲間と一緒に車やバイクのカスタムをする会社を立ち上げた。梢子も真似してみたが仲間はおろか、学校に馴染めない梢子の秘密基地のような場所となっている。


「カッコ良すぎだろ……」


 シャッターを開けて自分の改造しているバイクを見てうっとりしてしまう。

 一番目立つ金色のロケットカウルが丁寧に塗装して美しい仕上がりとなっている。カッコ良すぎて死にたくなるレベルだ。この感性も誰からも理解されない。家族に自慢したら大笑いされて大喧嘩になった程だ。今日はライトとホーンを6連ラッパにの交換をしようと意気込んでいると、


「凄いな……」


 何時の間にか背後に誰かが立っていた。

 振り返るとこの前会ったいけすかない大学教授だった。無言で睨むが彼は全く怯まない。東京魔術大学血継魔術科の科長、嘉納だ。この国の魔術師のトップ層の人間である。


「君のお母さんから大体ここに居るって聞いたから来たんだ。学校はどうしたの?」


「テメェには関係ねーだろうが」


「関係ないと言えばないが……。同じ血継魔術師として、このまま君の心がすり減っていくのは見てられなくてね。中学時代の成績も見させて貰った。文句言いながらも君は魔術が好きだったんだな。五教科の成績は最悪だが、魔術の分野はとてもよくできていた」


「──っるっせェ!!!!!」


 怒りと共に魔術印を展開。高校一年生で展開できるような魔術ではない。

 嘉納はそれを見ただけで梢子が中学時代どれだけ努力してきたかがよくわかった。

 梢子の血継魔術は威力が強力なものの、魔術印を覚えなくてはならないので普通の血継魔術師より努力が必要だ。それをこの年でちゃんと行っている。まだ未知数なものの、嘉納はこの才能を環境の所為で腐らせたくは無かった。嘉納の拳に黒いオーラが纏わりつき、梢子の魔術をいともたやすく弾き飛ばす。今度は梢子が驚く番だった。


「バケモンめ……!」


「私に魔闘術を使わせるんだ。君もその年で十分バケモノだよ。そんな君が、環境の所為で腐っていくのが私は辛くてね」


「別に腐ってなんか……」


「君という天才の悩みや苦しみを理解できるのは同じ天才達だけだ。──もし興味があるなら、私は君に魔術を教えてその場所に連れて行きたいと思っている」


 嘉納が真剣な面持ちで梢子を見た。

 大人の先生たちは梢子の顔色を伺うばかりでそれがとても新鮮だった。

 居場所がなかった。だから自分で居場所を作った。でも彼は自分を受け入れてくれるかもしれない場所に連れて行ってくれると言った。だが、梢子は素直になれなかった。心のささくれにチクチクと触れるような嘉納の言葉が素直に受け止められなかった。


「──タイマン張れよ。アタシより弱い先公の言う事なんか、聞けるわけねーだろうが」


「──成程。一理ある。なら私が勝ったら、まずは先公じゃなくてちゃんと先生と呼んで貰おうか」


 爪でささくれた親指を毟って血を流す。己の最強魔術を全力でぶっ放してやると魔術印を展開し始めた。これが二人の長きに渡るタイマンの記念すべき第一戦であった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

菊姫梢子の憂鬱 おめがじょん @jyonnorz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ