第34話 ホンモノの悪魔と番いの天使

 ベルティーユのそしりはまだ続いた。


「なのにあんたときたら、ギフトを放置するなんて、悪魔への冒涜だわ! おかげで私の能力も衰えるのよ⁉」

「……は、え? あなたも悪魔の能力が使えるの⁉」

「あんたが持つ能力の一割いちわりだけどね」


 シャルルにギフトを育てるよう進言したのは、このためだったのか。一割の力を最大限に使うために。

 そこでふと思い出すのは、昇天寸前だったのに、いきなり体が楽になったことだ。


「昨日、ギフトを使って何かした?」

「フフ。冥土の土産に教えてあげるわ。相手のギフトが高レベルでも、ときなら、簡単に奪えるのよ?」


 喉を鳴らして息を飲む。父はベルティーユが毒を手に入れたと言っていた。


「……だ、誰を、殺したの?」

「ウフフ。リストから当ててみて?」


 焦るようにして<強欲>の実に触れると、表示されたリストに見覚えのないギフトが追加されていた。


 ――【鋼の精神】精神系魔法を無効にできる。


 このギフトには覚えがある。前回の人生で、使用人たちが手の平を返して去って行くなか、ある侍女に向かって懇願した。


『お願い、マリアはいなくならないで! お母様のそばにいてあげて』


 そのとき、彼女が教えてくれたのだ。


『いなくなったりしませんよ。わたくしのギフトは【鋼の精神】です。これしきのことではくじけませんわ』


 その言葉のとおり、マリアはずっと母を支えてくれた。


 ――そんな彼女を死に追いやったのか。

 怒りのこもった目を向けると、ベルティーユはつまらなさそうに足を組んだ。


「でもまぁ、死んでないわ」

「――え?」


 ベルティーユは胸もとから小瓶を取り出した。見覚えのある小瓶だ。あれは前回、母が持たせてくれたものに似ている。ならば、中身は毒物だろう。


「これね、一本で殺せるのはひとりだけみたいなの。ふたり一緒に刈り取ろうと思ったのに、もうひとりは【幸運(中)】ギフトで回避されちゃった」

「――は、ま……まさか、もうひとりって」


 ニィッと弧を描く唇を見て、もう抑えきれなかった。立ち上がり、シャルルは大鎌を振り上げる。それを見てもベルティーユは眉一つ動かさなかった。


「バカねぇ。ホンモノにニセモノが、敵うわけないでしょう?」


 構わずベルティーユに向かって振り下ろすも、手応えがまったくない。


(嘘でしょう⁉ 相手は悪意の塊なのよ⁉)


 ギフトはおろか、なんの感情も吸い取れなかった。まるで空気を切りつけているかのよう。

 ベルティーユは小瓶の蓋をあけながら、ふてくされた声を出す。


「“悪魔の武器”でが奪えるなら、あんたが弱ってるときに回収してるわよ。人間という殻を砕いて中身を抜くしか、方法がないの!」

「っ……それなら、書き換えでもいいはずでしょう?」


“核”はベルティーユの中にあるのだから、シャルルの中から追い出せばいいだけの話だ。ところが、ベルティーユは不機嫌そうに首を振った。


「そんな不確かなことを試す気はないわ。殺すのが一番確実で簡単よ」


「――そうはさせないよ」


 突如、割って入った男子の声に、ベルティーユは慌てて立ち上がる。


「うそっ⁉ 天使がどうしてここに⁉ かなり南へ追いやったはずなのに……」

「そうだね。ふたつの国を縦断したのは、初めての経験だったよ」


 とんでもない距離を飛んで来たらしい。どうりであんなに疲弊するわけだ。


天使あんたがひとりの人間おんなに入れ込むなんて……」


 ベルティーユは舌打ちし、小瓶を握りしめる。


「私のギフトよ。返してもらうわ!」

「ま、待って! 一応試してみない⁉」


 言いながらシャルルは、ジリジリとセラフィンのほうへ移動する。

 けれど、セラフィンから気まずげな声が漏れた。


「シャーリィ、君のギフトには“核”がないんだ。ずっと言えなかったんだけど、書き換えは……できない。だけどギフトとしては存在しているから、付与も弾かれる」

「そんな……」


 ベルティーユが勢いを取り戻し、ニタリと目を細めた。


「天使のは悪魔と決まっているの。ニセモノはお呼びじゃないわ」

「……つがい?」


 その言葉に、多少なりともショックを受けている自分におどろいた。

 セラフィンは【天使】だ。独身を貫き、シャルルと結ばれることはない。だけど、咄嗟に『わたしも一生結婚しない』なんて言葉が出るほどには、セラフィンに心を寄せているのだろう。


 ベルティーユが片口を上げる。


「天使と悪魔は一緒に転生するの。つまり、私とセラフィンは魂のレベルで結ばれているのよ。混じり合おうとする悪魔、逃げ惑う天使。これが私たちの愛なの」


 ――愛か。自分には無縁の言葉に聞こえる。


 愛した夫は愛人を作り、『君には、なんの価値もない』と言う。しかも、この人生で好きになった人とは結ばれない。

 ふと、隣に立つセラフィンを見上げれば、瞳がどんよりと曇っていた。


「セラフィン? シールドを張ったの?」

「うん。だってこの人、カルメ司教みたいに気持ち悪い」

「なっ、なんですって⁉ あんな変態と一緒にしないでよ!!」


 ベルティーユが金切り声を上げたときだった。ノック音が響き、アメリのくぐもった声が聞こえる。


「殿下? お菓子をお持ちしました」

「――入って!!」


 入室を許可したのはベルティーユだ。


(どうして?)


 これからシャルルを殺すなら、目撃者などいないほうがいいはずだ。考えているあいだにもドアがひらき、アメリがワゴンを押して入る。


 外に立つ護衛がユーグに変わっていた。ユーグもまた、痺れを切らしたような顔でドアを閉めることを躊躇ちゅうちょしている。それでも天使セラフィンの姿を見つけたためか、ゆっくりとドアが閉まっていった。


 ワゴンを止め、タルトに目を落としたアメリに、ベルティーユが小瓶を振り上げる。


「――はっ、ダメ!!」


 思わずアメリに走り寄る。


「シャーリィ⁉」


 おどろいたセラフィンが手を伸ばすも、捕まえられない。

 アメリの前に滑り込んだシャルルの目に、したり顔のベルティーユが映った。薄くひらかれたシャルルの唇に、小瓶の中身が注がれていく。


「シャーリィ!!」

「動かないで!」


 ベルティーユはワゴンからナイフを取り上げ、シャルルの首にあてた。

 このためにタルトを用意させたのか。実に手慣れている。


(あ、うっ……毒より先に……、首が……)


 口から生気が抜け出し、その根を断ち切ろうと首を絞められているような。つまりは、もう手も足も動かせない。心と体がつながっていないようだ。積もり積もった善行が限界に達したのだろう。

 アメリを助けたことに後悔はない。セラフィンにもひと目会えた。シャルルはここで退場する。所詮、すべては借り物ニセモノだったのだ。


「キャアァ――――!!」


 毒によって痙攣けいれんを起こしたシャルルを見て、アメリが悲鳴を上げる。

 すぐさまユーグとジョエルが入って来るも、ナイフを目にして足を止めた。


「ベルティーユ殿下⁉ ナイフを捨ててください!!」

「フンッ、うるっさいわね。捨てるわけ、な――⁉」


 ベルティーユは言葉を途切れさせ、手からナイフがなくなったのを不思議そうに眺めた。ナイフが転がる方向とは反対側へ振り向けば、肩で息をするピピがバルコニーに立ち、右手を投げ出していた。

 すぐさまジョエルがシャルルを引き寄せ、ユーグがベルティーユを拘束する。


 シャルルを抱くジョエルに走り寄り、セラフィンが手をかざした。


「大丈夫、まだ助かる!」


 黄金色の光りに包まれ、シャルルの痙攣が止まった。顔は安らかになり、ジョエルたちが安堵したのも束の間、顔はどんどん色をなくしていき、シャルルは目をあけないどころか、ピクリともしない。


 ベルティーユの声が転がる。


「アハハ! 本当にバカな子!! 人助けなんかしたら、昇天するに決まってるじゃない! これで私にギフトが戻るわ。ウフフ、アハハハハ!!」


 皆が愕然とするなか、セラフィンはおもむろにシャルルを抱きしめ、顔を近付けていく。熱でも測るのかと皆が見ていた次の瞬間――シャルルの唇を塞いだ。


「「――⁉」」


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