第12話 激怒した国王の猛攻と賢い王女

 マルガレータのギフトを奪ってから五日目の朝。いつもより早く、シャルルはベラに叩き起こされた。


「シャルル殿下、大変です!! 起きてください!」

「ん~……たいへんって、なにが?」

「国王陛下がご乱心なさいました! あたしたちに離宮へ行けと仰るんですよ⁉」

「そう、離宮に…………、えっ⁉」


 ボーッとした頭にやっと実感が湧いて飛び起きる。やはり錯覚で作られた愛など、ギフトがなければただの虚像だったか。

 口もとを綻ばせたシャルルを見て、「こっちもご乱心だ」とベラは頭を抱えた。


「ベラ、すぐに荷造りを。離宮へ移ろう」

「そ、そんなぁ……」



 城の侍従たちがテキパキと引っ越し作業を進めていく。家具やカーテン、壁紙まで剥がしにかかり、父王の本気を目の当たりにした。単に人を入れ替えるのではなく、ヴィクトルたちに合わせた部屋へと造り替えるのだろう。


(よかった。これでいい)


 しかも王の手はまだ緩んでいなかった。

 マルガレータは衛兵に引っ立てられ、シャルルはアルマンたちに守られて大人しく離宮へ向かう。


「こんなのおかしいわ! どうしてあたしが離宮なんかに⁉ ジェラールに会わせてっ! 何かの間違いよぉぉぉ!!」


 おまけに引っ越し作業が終わった途端、マルガレータが気に入っていた使用人や護衛たちがごっそりいなくなり、ベラまで姿を見せなくなった。


 代わりに離宮を囲んだのは老獪そうな衛兵ばかり。侍従や侍女も一新され、マルガレータの要望はひとつも通らなくなった。


 シャルルが一番おどろいたのが、マルガレータにあてがわれた部屋に、壊れた家具などが運び込まれていたことだ。

 三本足になったローテーブル、にかわで継いだと思しき花瓶、すべて見覚えがある。そして部屋の壁紙はもとからある若草色のままに、フリルたっぷりのピンクのカーテンがかかり、目がおかしくなりそうだった。


(これを使えと。お父様、容赦ないなぁ……)



 荒れに荒れたマルガレータは、シャルルを部屋へ引き入れ、いつものように床へ座らせようとした。それをシャルル付きの護衛アルマンが咎める。


「おそれながら、シャルル殿下は我が国の王子。床に座らせるなどありえません」

「シャルルはあたしの子よ!」

「王家に生まれたからには、そうは参りません」


 ピシャリとやられ、マルガレータは懐柔する方向に切り替えたようだ。三人の護衛のうち、一番若いユーグに潤んだ瞳を向ける。


「お願い、息子とふたりにして?」

「我々のことはお気になさらず、どうぞご歓談を」


 笑顔であしらわれ、結局シャルルが鞭を打たれることはなかった。部屋を出た途端に聞こえてきたのは、意味を持たないわめき声だった。



 ***


 離宮へ移ってから一週間後、シャルルはマルガレータとともに呼び出された。槍を手にした衛兵に囲まれての移動は、これから起こる出来事を嫌でも予期させる。

 マルガレータが何度も衛兵を見上げては瞳を潤ませたけれど、もうその手は通用しない。冷たく手を払いのけられ、狼狽するさまは見ていて滑稽だった。


 玉座の間に通され、居並ぶ大臣や役人たちの前で片膝をつく。抵抗したマルガレータは、無理やり両膝をつかされていた。五歳のルーセルは乳母に支えられたまま立ち尽くす。


「両陛下の御成りです!」


 壇上には、戸惑いを残した顔つきの王妃と、その横顔を熱く見つめる国王が玉座に腰かける。その一段下に用意された椅子には、ベルティーユとヴィクトルの姿もあった。

 戸惑っているのは彼らだけではない。発言を許されてもいないのに、マルガレータが涙ながらに口をひらく。


「ジェラール!! どうしてお部屋に来てくれないのぉ⁉ 壊れた家具に囲まれて、とってもひどい環境なのよぉ⁉」

「わきまえろ!!」


 ジェラールの顔は赤黒く染まり、寵妃どころか、もはや女性へ向ける顔ではない。さしものマルガレータも息を飲んだ。


「マルガレータ、貴様のギフトはなんだ⁉ 申してみよ!」

「そ……それは、た、たいしたものじゃ、ないわ?」

「隠すのなら、暴くまでだ」


 ジェラールが衛兵に目配せすると、玉座の間の扉がひらき、仰々しくもワゴンが押されて来た。掛けられた布が取り払われると、真新しい石版があらわれた。


 これに慌てたのはマルガレータだけではない。シャルルも息を飲む。奪ったギフトを返すことなどできるのだろうか。

 俯きがちに左手を隠し、<強欲>の実に触れる。リストの文字に触れ、押したり引っ張ったりしてみても、返すことはおろか、捨てることさえできなかった。


(このままじゃ、マルガレータの罪を立証できない。どうしたら……)


 衛兵がマルガレータを立たせ、石版の前へ引っ立てて行く。

 逃げようとするマルガレータを押さえつけ、手を石版に押しあてた。皆が息を飲んで見守るなか、石版が低く唸り出す。しばらくしてやっと、石版に文字があらわれたようだ。

 読み取った衛兵が声をあげる。


「【ギフトなし】。この者は、ギフトを授かっておりません!」

「……は?」


 ジェラールは青ざめて「そんなはずはない」と再度判定を命じたが、結果は覆らなかった。

 どこか他人事のように聞いていたマルガレータが、膝から崩れ落ちる。


「そ……んな……、あたしのギフトが……」


 ジェラールも頭を抱え、誰にとはなく声をあげる。


「私の思い違いだったというのか⁉ 十年もだぞ⁉ それに、突然目が覚めたのはなぜだ⁉」


 誰もが首をかしげるなか、ベルティーユが立ち上がった。


「お父様、【天使】のギフトを持つ者が生まれたことは、ご存じでしょうか?」

「あ? ……ああ」

「【天使】と一緒に【悪魔】も生まれると聞いたことがあります。もしかしたら私たちのすぐそばに悪魔がいて、マルガレータ妃のギフトを奪ったのではないでしょうか?」


 まだ十一歳。幼さが残る声で凛と放った言葉は、皆に一考させるものだった。


「たしかに。そなたは聡明だな」


 父親の顔になって頷くジェラールとは反対に、シャルルはだらだらと汗をかく。


【悪魔】のギフト持ちだと判明すれば、死刑もありえる。セラフィンの書き換え能力はまだ育っていない。一番確実で手っ取り早い方法を取るだろう。きっとジェラールは躊躇しない。いまでは憎しみさえ見せるマルガレータの子どもなのだから。


 ジェラールがこちらへ向きなおったとき、シャルルの後ろでずっと立っていたルーセルがぐずりはじめた。五歳にしてはよく耐えたほうだろう。シャルルはルーセルのそばへにじり寄る。


「ルーセル、もう少しがんばれる?」

「やぁ――!! おしっこ!!」

「エッ⁉」


 シャルルも乳母もギョッとして、ジェラールへ懇願するような視線を送る。

 ジェラールも無下にはしなかった。


「ああ、子どもたちは下がってよい」


 ホッとして立ち上がり、一礼をしたところで、またもベルティーユが声をあげた。


「待って! シャルルのギフトを確かめてからよ!」


 喉を鳴らしそうになったのを堪え、シャルルはジェラールに向けて眉尻を落とした。


「おそれながら、陛下。発言をお許しください」

「構わない」

「皆の前でギフトを晒すのは、罪人だけと聞きました。私は何の罪に問われているのでしょうか?」


 ギフトは大っぴらにするものではない。教会で調べてもらう平民だとて個室で行い、親兄弟以外は立ち会えない。

 これにはジェラールも頷き、ベルティーユをたしなめた。


「シャルルを罪に問うつもりはない。ベルティーユ、控えなさい」

「――罪ならあるわ!!」


 叫ぶような声で、ベルティーユは人差し指を突き立てた。


「シャルルは性別を偽っている。女の子よ!!」

「「っ――⁉」」


 飛び出しそうな目玉を四方八方から向けられ、シャルルは顔面蒼白になって固まった。ベルティーユはいつ気が付いたのだろうか。


 前回、自分がベルティーユであったときにはまったく気付かなかった。否、見ようとすらしなかったのだ。父を取られた悔しさから目をそらし、離宮へ追いやられた己の境遇を嘆くばかりだった。


(わたしは……なんて情けないの……)


 いち早く我に返ったのは王妃だ。女官長に目配せを送る。


「シャルル、念のために調べさせてもらうわ」


 掠れ声すら出ないシャルルは呆然としたまま、女官長に連れられて退出する。入れ替わりに焦った様子の衛兵が玉座の間へ入って行く。扉が閉まる間際、衛兵のよく通る声が響いた。


「申し上げます! ドロテ夫人が、牢内で息絶えておりました!!」

「――なんだと⁉」


 女官長も一瞬足を止めたものの、すぐにシャルルの背を押して別室へ促す。

 ニネットと名乗った女官長は、無理に服を剥ぐようなことはしなかった。年は四十代半ばほどか。物腰もやわらかく、膝をついてシャルルに目線を合わせる。


「いまからお召し物を脱いでいただきますが、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 頷いたシャルルの服を丁寧に脱がし、体を検めたニネットが痛ましげに顔を曇らせた。


「シャルル殿下、あなたは女の子ですわ」


 心ここにあらずといったふうに、虚ろな瞳でシャルルはまたコクリと頷く。まだ先ほどのことを引きずっていた。前回、シャルルの性別を気付いてあげられなかったことが、思いのほかショックだった。


(シャルルが入れ替わりを希望したのは、わたしになんの期待も持てなかったからだわ)


 焦点の定まらない様子をどう受け取ったのか、服を直したニネットは神妙な面持ちでシャルルの手を引き、玉座の間へ戻って行く。

 静けさを取り戻した広間に、ニネットの凛とした声が響いた。


「申し上げます。シャルル殿下は女児でございました」

「なんと……」


 国王は眉間にシワを寄せ、王妃は額に手をあてる。

 続けてニネットは、シャルルへ気の毒そうな視線を送った。


「シャルル殿下もショックを受けられたご様子。すべての罪はマルガレータ妃にあると存じます」

「――なっ⁉」


 名を呼ばれてハッとしたマルガレータが、立ち上がろうとして衛兵に押さえつけられる。

 ニネットの言葉に国王も王妃も頷いた。隔離されて育った九歳の子どもが、『男だ』と言われて育てば、そう思い込んで然るべきだろう。

 特にジェラールは勢いを得た。


「王家を謀った罪は万死に値する! 只今をもってマルガレータを側室から外し、罪人とする。準備が整い次第、すみやかに刑を執行せよ!!」

「「――御意に!」」

「うそっ⁉ あ、あたしのせいじゃないわ!! ドロテが、ジェラールはあたしのことを気に入ってるって言うから!」


 その言葉にジェラールは動きを止めた。


「ほかには? 誰に何を言われた?」

「そ、それは……」

「言わなければ刑を執行するまでだ」

「言う、言うから!! 処刑だけはやめて!!」


 ジェラールは政務官に向けて頷き、マルガレータはひとまず牢に入ることになった。

 王族の退席に合わせて全員が膝を折るなか、ベルティーユを呆然と見つめていたシャルルは、目が合って肩を竦ませた。

 訝しげに寄せられた眉に強い眼差し。きっとベルティーユは納得していない。シャルルのギフトを疑っているのだろう。

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