16.グリフォンの魔眼レンズ



 光の壁を抜けると、そこは診療所だった。

 転移魔法で戻って来たものの、空はオレンジ色に染まりつつある……どうやら異世界で1日を過ごしていたらしい。


「とうちゃ〜く」

「……毎回これにしてくれ」

「無茶言うなぁカンペーは」


 森の中で走り回ったおかげで、お気にのスニーカーは泥まみれ。シャツとパンツも汗で湿っている始末。アイナ・グレイ先生は運動不足にも気を遣ってくれて助かりますな。


「それじゃあ、ここからが本番だよ。ソニア、大丈夫かい?」

「は、はい!」


 無事素材は調達。本題はここから……つっても、俺のやることもうなくない? あとはアイナがレンズ作って終わりだろ?


「おいおいカンペー、自分の仕事が選ぶだけだと思ったかい?」

「あ? ……これ以上やることあるかぁ?」

「君の職業を思い出したまえよ……私はさっそく魔眼レンズを作るから、頼んだよ、カンペー」


 あー、そうか。

 レンズを作ったなら、取扱いを教えないとな。金貰う分は働かないと魔眼フィッターの名前が泣くな。あと少し、労働してやるか。



魔鷲ましゅうの瞳よ――その力、透き通る青に移したまえ」



 アイナが新たに魔眼レンズを作り出す。

 そして俺の、本来の仕事が始まるわけで。


「うっし、ソニア。魔眼れ……というか、レンズの扱いを教えるぞ、ついてこいよ」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「んじゃあ……」


 そう……コンタクトレンズだろうが魔眼レンズだろうが手始めにやることは一つ。


 手洗いである。



 ◇ ◇ ◇



 昨日の夕方から晩までずっとソニアの魔眼レンズ着脱指導をして、翌日の朝。一気に詰め込んだものの、ソニアは気合で着いてきてくれたのでよくやったと思う。魔眼レンズも猫耳の生えるような副作用はなく、アイナからも太鼓判。


「グリフォン自体は身体能力で戦う魔物だからね、カンペーの選定の魔眼よりも、私の魔猫の魔眼と系統が近いのかも」

「身体の強化的な?」


 ……基準は分からんが、俺の目に取り付けた魔眼レンズがめんどくせぇ代物ってことは分かった。そんなものをつけさせた雇用主へ不満を垂れつつ、またモサモサして美味くないパンで食事を済ませ、都市の外へ。


『よーしソニア、魔眼レンズのお試しだ。カンペー、準備はいいかい?』

「あいよー」


 耳に当てたスマホからアイナの声。

 魔物とやらもいないのどかな街道。都市の入り口に俺とソニアが立ち、遥か遠方にはフライパンほどの的を持ったアイナが手を振っている。どうしてスマホが通じているのかは謎。


『単純な通話だけなら魔法でなんとかなるよ。スマホそれもこの世界なら受信機くらいにはなるからね』


 なんてことを言っていた。便利なものである。


「ソニア、的見えるか?」

「はい、バッチリですぅ! 視界にある街道の小石まで数えられます!」


 グリフォンと全く同じ白色ではなく、クリーム色の虹彩が煌めく。

 見えにくい様子はなく、もともと大きかったであろうぱっちり二重が大きく開かれていた。


 三つ編みに分厚い眼鏡だった、どこか垢抜けない少女はどこへやら。

 ショートカットの大きい目をしたエルフがここにいる。


 しかし……魔眼レンズとはいえ、つけただけで遠距離まで細かく見えるものなのだろうか。


『まずは500メートルくらいだ。そこから私の持つ的を撃ってみてくれ』

「はい!」


 矢を番え、構える。

 その手は少しだけ震えている。


「心配すんな、あいつに当たっても死なないだろうし」

「ふぇっ⁈」

「冗談。見えてるなら……ソニアの実力があれば大丈夫だ」


 なぜなら、

 グリフォンを射止めた力量自体、ソニア自身の実力なんだからな。


 魔法で強化された矢は、一直線に軌跡を描き、遠くで鈍い音を鳴らした。


『よーし、ソニアどこまで撃てるか検証だ!』


 勘だけでできることではない。

 なにより、遠方にピントを合わせ、直後に手元へ戻っても違和感のない動き。人間を超えた調節力と視力は、揺るぎない照準となり……最終的に3キロ先の的を撃ち抜いていた。



 魔眼レンズの試運転は終わり、アイナが戻ってくるまで違和感に気づく。



 ……そもそも3キロ撃てて、女の子が携帯可能な弓ってなんだよ。ツッコミが追いつかないが、異世界だからで結論をつけて考察を終える。


 ともかくソニア用の魔眼レンズ……グリフォンの魔眼レンズは完全適応には至らないものの、十分な能力を発揮した。


「あははっ! いっぱい歩くことになって驚いたよ」

「う、嘘みたいです……今まで、魔法矢を撃つなんて、危険だからやるなって言われてたのに……」

「ならもう、1発も外す必要はねーわな」


 これでソニアの仕事も終わりだ、そう思って声をかけると、エルフの少女は涙をこぼした。


「お、おいどうしたよ」

「わ、わたし……目の悪さで冒険者を諦めようとしてたのに、嬉しくて…………ほんとに、ほんとうにありがとうございますっ!」


 ……そういえば、仕事してる時によく見えるようになったって患者に言われた時は嬉しかったけかな。しばらくそんなこと考えずにやってたから久々に感慨深い。


「じゃあソニア……魔眼レンズの注意点として、一番気をつけてほしいことを言うよ」


 軽く咳払いしたアイナが、ソニアをまっすぐ見る。


「魔眼レンズは確かにすごいモノだ……これから先、君の冒険者としての生活には必需品になると思う。でもね、それは魔眼の複製品であって君の身体じゃない……魔眼に取り込まれたら最後、複製品でもその力に飲み込まれることになるから、気をつけてね」

「力に……」

「刃物の取り扱いに注意するのと同じさ。それと、しばらくは通院だよ? 副作用が出ないとは限らないから!」


 妹でも可愛がるように、アイナがソニアの頭を撫でた。


「魔眼レンズのお試しも終わったし、グリフォン討伐の報告へ行こっか」

「だな、あと家に帰してくれ」

「はいはい、報告が終わったらね」


 

魔鷲グリフォンの魔眼レンズ

 通常の鳥よりもさらに発達したグリフォンの魔眼を複製したレンズ。

 人間の十数倍の視力と調節力、視野を得る。

 ※なお、狙撃に関してはソニア本人の実力。

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