4.選定の魔眼、魔猫の魔眼



「選定の魔眼というのは、神獣を伝説のパーティが打ち倒した際に手に入れた眼のことで――」

「はいはい、すごいすごい」


 要するに動物の眼球だな。

 そんなもん複製してレンズにするなよ、とはもう言うまい。衛生面のことを言い始めるとキリがない。今のところ装用に違和感もないし、高めのコンタクトを着けているのと変わらない気もするし。


「で、良さそうな素材は決まった?」

「現物見てまだ5分も経ってねぇじゃねぇか」


 物色しているのは室内に置かれた円柱型のガラス容器……の中にある眼球、魔眼である。幸い人間の物はないようだけど、正直不気味であることは否めない。


「大体お前どんなレンズが欲しいんだよ」

「今の私に合うレンズ」


 医者のくせに抽象的過ぎるぞ。さてはこいつ、患者に説明するの下手だな? まぁ、こういう人間から何が困ってるのか聞き出すのも必要な技能ではある。


「心配しなくてもその魔眼レンズが教えてくれると思うけどね」

「コンタクトが、ねぇ…………」

「ま・が・ん!」


 金でやる気は出たものの、意欲の低いまま会話をしていたらアイナに詰められる。

 

「はいはいわかりましたっと……」


 適当に流していると、ひとつ蝋燭の火が消えた。どうやらほとんど蝋が残っていなかったらしい。


「早く決めてね、今点いてる蝋燭達が最後の分だから」

「それこそ魔法で何とかしろよ」

「魔力が少ないから灯りに回す分がないんだよぉ、しばらくニッポンにいたから買い出しもしてないし」


 急に独り暮らしの感じが出てきたな。

 まぁ……人に金出す余裕があるんだから設備投資くらい普通にしてるはず、用意してないのにはちゃんと理由があった。


「それにここは街から離れてるし面倒なんだよぉ」

「病院開くなら立地考えとけよ……」

「魔眼関連を大っぴらにやるわけにもいかないんだ、仕方ないだろう」


 ……っつうことは蝋燭とかないと夜は真っ暗で生活してるのか。不便なもんだな。一応メモしておこう。


「アイナ・グレイ……夜の生活に難あり、と」

「……誤解を招く表現は却下ッ!」


 取り出したメモ帳に詰め寄る少女。よく見ると両目からわずかに光が灯っている。蝋燭の火の反射か? その瞳の光に意識が吸い込まれる。


 そこから垣間見えたのはアイナの記憶。

 昼は魔眼の素材を求め、夜は関連したことに関する勉強……またある時は訪れた人間へ目の治療を行って……


「カンペー!」

「うお……」

「それかい? 君の選んだ魔眼は」

「は……え?」


 気づけばひとつのガラス容器を抱いていた。保存液の中で揺蕩うはやや黄緑色の瞳。瞳孔は紡錘形で、どこかで見たような目である。


「それは……確か西方の地で暴れた魔猫まびょうの魔眼だね」

「猫……」


 もしかして、夜の生活が不便だから夜目の効く猫の魔眼とやらを選んだってか?


「まぁいいや、魔眼レンズの検証としては及第点かな。早速君の選んでくれた魔眼で作ってみよう。蝋燭を持ってこっちに来てくれ」


 どうやら試されていたらしい。雇用主らしくてなによりだ。

 アイナは容器を持って移動する。まるでキッチンの流し台にも似た作業台に容器を置いた。そして懐から小箱を取り出す。現代で購入したであろうコンタクトケースの中には、見慣れたものとは色味の異なるソフトコンタクトレンズらしき膜が2枚。

 現代のそれは、普通整容目的でなければ青みがかった半透明のものだが、アイナの持つレンズは全体が深い青色をしている。


「さすがに君のいた世界と同じ素材はまだ作れないからだけどね。これがこの世界のコンタクトさ」

「……一応聞いとくけど原料なに?」

「ひみつ」


 アイナは年相応にあどけなく笑って見せる。

 そこは誤魔化さないでほしいが……企業秘密ってとこかな。というか、現代からコンタクトを輸入すればいいんじゃないか……?


「じゃあ、魔眼レンズを作っていくね」


 金属製のトングをガラス容器の中へ突っ込み、アイナは魔眼を取り出し小皿へ取り出す。手前にコンタクト、その奥に魔眼。


「魔猫の瞳よ――その力、透き通る青に移したまえ」


 一瞬、そよ風が吹く。

 魔猫の眼球に光が灯り、その輝きが虚空へ抜き出る。黄緑色の光球はやがて2つに分離し、手前のレンズを包み込んだ。青色のレンズは黄緑に色を変え、中心には紡錘形の瞳孔まで転写されていた。


「成功だね、早速つけてみるよ」


 アイナが完成したレンズを持ってさらに奥へ消えていく。洗面台か?

 一人取り残されて台に残った魔眼を見つめる。既に摘出された眼球だというのに、その眼には光が残っている。瞳孔もわずかに動いていた。


「にゃーッ!」

「な、なんだぁっ⁉」


 ドタドタと近づいてくる足音。

 まさしく猫よろしく、鳴き声を上げて少女がこちらに駆け寄った。


「にゃーッ!」


 青色だった瞳は黄緑に、蝋燭の火だけの暗所で紡錘形の瞳孔はより丸みを帯びてこちらに視線を向ける。アッシュグレーの髪はそのまま……なのだが、なぜかその頭の左右には三角形のパーツがこんにちは。


「すごい、大して明るくなくても良く見えるよカンペー!」

「…………」


 とても嬉しそうに抱き着くアイナ。

 やったやったと喜んでいるものの、俺の気になるところは違って。

 アイナの頭にある三角形のパーツ……猫耳をつまむ。


「にゃー!」

「なぁんで猫耳……?」


 初仕事、アイナ・グレイへの魔眼レンズ選定は成功した……らしい。

 アイナは魔眼レンズの副作用で猫耳が生えてしまったが……まぁ、問題なさそうなのでヨシ!



魔猫まびょうの魔眼

 暗い所でもよく見える魔眼。

 副作用として猫耳が生える。身体能力ややUP。

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