第2話 第2回ペンギン狩り


『あなたが配信をするチャンネルの名前を決められます。気に入った名前をつけてください。また自動作成も行えます』


(そうですか)


『チャンネル名は重要です。あなたがどんな人で、何をするのかがわかりやすいと、視聴者もおとずれやすくなります』


(自動で考えてください)


『わかりました。それではあなたのいままでの配信内容からチャンネル名を考えます。おまちください──おまたせしました! 「魔法のポーションと好色の日々」「テントではぐくむ褐色の愛」「両性具有の絶倫女色道」などはいかがでしょうか』


 まるで自分が色狂いであるかのようなタイトルが並ぶ。テラノヴァは性行為を月の人に見せてしまった恥辱を思い出し、恥ずかしがりながら怒った。


(馬鹿にしないでください。自分で考えます)


 一生会わない人の見世物になっても、会わないのだからなんとも思わないが、人格を誤解されるのは嫌だった。

 自分の本質はただ引きこもりで居たいだけで、怠惰な性格だと思っている。ただ色魔とは違う。たまたま実験でそうなっただけ。

 テラノヴァはあたまのなかで長々と理由を考え、色狂いを否定した名前を考えた。


(私の名前でいいです。「魔導士テラノヴァ」。これでいいです)


『いいチャンネル名ですね! あなたの名前がブランド化したときは、とても素敵なチャンネルになるでしょう!』


 魔導模造生命マギ・シュミラクラがやけにほめてくれた。そういう設定にしてあるのだろうか。なかなか狡猾こうかつな製作者だと思う。 


『ここ数日、配信をしていません。きっと皆さん寂しがっています。すこしだけでもやってみませんか?』


 さらに誘惑までしてくる。前回の配信から9日がたっていたが、それを判断して伝えてきた。

 この配信球を作った作者は、かなり高位の魔導士だ。そして独自の判断能力を持ったゴーレムの機能を組みこんでいるなら、おそらく一人で作ったのではない。

 ふざけた紹介文とともに届いたが、気軽につかう魔道具ではないのかもしれない。


(今日はリードさんと遊びに行くので、配信します)


『それはすばらしいです。このチャンネルの人気コンテンツですね!』


「……」


『あなたが配信しているときに、コメントをした月の人と会話してみてください。きっと喜びますよ』


 絶対嫌だとテラノヴァは思った。


 リードを甲冑防具店まで迎えにいった。今回の向かうさきは平原にあるダンジョンだ。

 停留所で移動獣をレンタルして、街道を北にすすむ。巨大な石柱のサークルがみえたら、そこからさらに西にゆくと目的地に着いた。

 配信球は追従モードで、適宜てきぎアングルを自動でかえるように指示してある。


「ここがペンギンの巣穴?」

「はい。簡単なフィールドダンジョンです。大きなワイルド帝王ペンギンがいるかもしれません」

「そうなんだ。危なくないの?」

「敵はあまり強くはありません。リードさんはこのまえ、ペンギンのお肉が気になっていました。ダンジョンのペンギンを倒せば食べられるお肉が落ちるかもしれません」

「食べられるの!? 楽しみだね!」


 リードはずっとお腹に抱きついている。

 並んで歩いていても、止まるたびに寄ってきて抱きつく。撫でると抱きしめる力が増えた。


『ペンギンはいいからもっと抱き合え』

『そのまま脱がせるんだよ。はやくしろよ』

『姉妹みたいでかわいいけど、こいつ手を出しているんだよな……』


 貧民街のような民度のコメントだった。

 貧しいと礼節がうしなわれる。

 月の人は住んでいる場所が地上よりもせまいので、心もせまいのかもしれない。そう考えると気の毒になった。きっと娯楽に飢えているから、配信を見ているのだ。


(今から戦いに行きます。見ていてください)

 

 小声でそう呼びかけると、反応があった。


『気を付けろよ』

『やめとけ。戦いなんてできないだろ。エロ配信だけしておけ』

『どんなモンスターがいるのか楽しみなんだが』


(がんばります)


 ペンギンの巣穴は低い窪地くぼちになっている。全体はおおよそ1キロ四方の広さがあり、数メートルにわたって隆起している岩石部分がところどころにあり、視界がさえぎられていた。


 植生も変わり、細長いアカシアの木から、太い幹のバオバブが立っている。下草の色まで違った。


「リードさん気を付けてください。ペンギンは倒しやすい敵ですが、危険もあります。私の言葉には、絶対に従ってください」

「うん」

「それさえ守れば、リードさんも敵を倒せるかもしれません」

「やったぁ! お父さんに言われて準備してきたよ。みてみて、これナイフ」

「……強そうです」


 リードが背中のさやから引きぬいた武器は、甲虫の顎でできた短剣だった。湾曲した片刃の刀身はみねにいくつも棘が生え、うすい刃先は黒緑にかがやいている。

 全体的にまがまがしく、護身用の短剣と言うよりは、邪教の儀式でいけにえを引き裂く用途が似合っていた。


「よくきれるから気をつけろってお父さんがゆってた。家でパンを切ってみたら、きれいに真っ二つになったよ!」

「それではリードさんにとどめを頼みます」

「できるかな?」

「できます。私でもできたのですから、簡単です」

「うん、やってみる」


 坂をおりて窪地くぼちに入った。歩きながらリードと、月の人にむけてフィールドダンジョンの解説をする。ここにいる魔物は、もれなく全員が敵対的である。だから油断はしてはならない、と。リードはうなずいていたが、まだ実感がこもっていない。

 

 高い岩壁に囲まれたちいさな池があった。池の周囲に生えた草地にワイルドペンギンがぽつんと立っている。

 テラノヴァたちを見つけると、低く唸って顔を突きだした。2メートルの楕円形フォルムの巨体が前かがみになり、腹をしたに身体をうねらせ、地面を滑り始めた。

 

「わっ、わっ、くるよ!?」

「はい」


 蜘蛛の巣の杖をペンギンに向けて振った。

 かなりの勢いで突進してきたが、一枚、二枚と網がかかると、急速に動きを遅らせる。

 3枚目で白い網にからめとられ、完全に動けなくなった。


「グエッ! グエエエ!」


 叫び声をあげてもがいているが、糸はほとんど動かない。


『すごい』

『あんなにでかいのに簡単に止められるんだな』

『よわそう』

『ペンギンの目つきが悪くて笑うわ』


 配信球からコメントが送られてくる。簡単です、と小声で返事をしておく。


「リードさん、もう安全です。糸の隙間から目を狙って刺してください。うまく刺されば一回で倒せます」

「……えっ」

「とどめを刺すだけなら安全です。さあ、どうぞ」

「……」

「怖くなりましたか? 私が手伝いましょうか?」

「ひとりでやってみる」


 リードが歩いてゆく。

 配信球がリードとペンギンの表情を交互に映す。そのあとで絵画のように全体を見えるように引きで映した。

 他人が命を奪うしぐさは、なかなかの緊張感があった。


『ほんとうに殺させるのか。てかリードって殺せるのか?』

『何やらせてんだよ。倫理観どうなってんだ』

『ゆっくり殺せよ?』


 リードはわずかに逡巡しゅんじゅんしていたが、心をきめたのか短剣を突き出した。

 眼球に刃がもぐりこんでゆく。

 途中にあったうすい骨を貫通して、ずぶりと入っていった。


「ゴエエッ!」


 だみ声をあげたペンギンの身体がこわばる。短剣が奥に進むにつれ痙攣が大きくなり、やがて柄までうもれると静かになった。巨体から空気が抜けてゆくように平たくくずれはじめ、溶けて消えていった。

 あとにはこぶし大の白い塊が残った。


「できた! できたよ! 刺したときは嫌な感じだったけど、すぐ消えたから嫌じゃなかった!」

「リードさんは才能があります。上手に刺せました」


 頭を軽くなでると、目を細めて微笑を浮かべている。


「んんー……あれ? この白いの何?」

「ダンジョンの敵は死体が残りません。かわりにドロップ品が落ちます」

「これ? 何かかたくて白い。へんな匂い」

「ペンギンの脂身です。魔石ランプが普及するまえは、主に燃料に使われていたそうです。独特の匂いがあるので食用には向きません」

「そうなんだ。残念だね」


 切り出した石灰のような脂身の塊をリードが拾ったので、かばんに入れておく。はじめて倒した敵のドロップ品だ。用途がなくとも捨て置くと、悲しむかもしれない。


(見ましたか? リードさんは見事にとどめを刺しました)


『かわいい、おれも刺してほしい』

『小さい子が動物を殺すってなんかいい。ギャップに興奮してきた』

『ペンギンが死ぬとき、迫真の断末魔で笑った』


「もっとほめてください」

「んー? また月の人とお話してるの?」

「あ……ええ。リードさんがほめられていました」

「なんて言ってるか教えて」

「かわいいって言っているかたが多いです」

「ふーん。うれしい……のかな? よくわかんない」


 リードは困り気味の返事をした。この場にいない人の評価をきいても、実感がわかないのだろう。

 テラノヴァも共感してうなずいた。

 すがたが見えず、将来にであう可能性がゼロの他人に、評価されても確かに喜べない。


「わかります。でも月の人たちは。娯楽のすくない蛮地に住んでいる人たちです。許してあげてください」

「うん。ありがとう。うれしい」


『かわいい』

『かわいい』

『蛮地……?』

『かわいい』


 さらに奥に進み、点在しているペンギンを倒してゆく。

 脳を直撃すると一撃なのだが、急所を攻撃しないで倒す方法を試してみた。

 テラノヴァもリードも肉体の攻撃力という点では足りていないため、胴体を突き刺すと、ぶあつい皮膚と脂肪にはばまれて、すこししか傷つけられなかった。


 絡めとらずに接近戦になった場合はためすまでもなく危険だった。元々は翼だったフリッパーで叩かれると、棍棒で殴られる程度の威力がある。軽装のふたりでは致命傷になりかねない。

 

「だから安全を考えて、無力化してから攻撃します」


 鈍足効果の杖を振り、すべった姿勢のままゆっくりと進むペンギンに、杖先を目にあてがい、ゆっくりと自分から侵入させる。

 脳に到達するとペンギンは痙攣して、やがて溶けた。


「なんだかずるいね」

「相手の得意分野にあわせる必要はありません。できるだけ一方的に、怪我をしない方法で倒します。魔物を狩る冒険者さんや狩人さんもそうしています」

「そうなんだ。やりかたが決まってるの?」

「はい。正面からの正々堂々とした戦いは、本のなかに出てくる英雄の特権です。ほかの人は死ぬような痛みを覚えると、慎重に──そうだ、リードさんも一度ペンギンに殴られてみましょうか。痛いですけど、回復ポーションもあるので安心です」

「えっ、嫌だよ」

「すこしだけ経験しませんか? 一度殴られると油断しなくなります」

「いや。なんで痛い思いをしないといけないの? 私は冒険者なんかにならないよ?」

「……それもそうです」


『こいつらの会話、ばかみてえ』


「うるさいです……」


 ペンギンを何匹も倒したが、今のところ肉は落とさない。リードは徐々に慣れてきて、完全に固定しなくても倒せるくらいに成長した。そのうち鈍足の杖でペンギンの突進速度を半分にする程度でも、避けながらあたまの鉢を切りとれる程度はできるようになった。

 徐々に狩るペースが増えてゆき、鞄の中に脂肪ブロックも増えた。


 リードは肉弾戦が得意らしい。

 ついに何の手助けをせずとも、短剣で手傷を与え、やがて失血して倒れたペンギンにとどめを刺せるほどになった。


「えへへへ、ひとりで倒せたよ!」

「すごいです。私でも無理なのに、リードさんはさすがです」

「もっとほめて!」


『やるじゃねえか』

『ほら、教え方がよかったから……テラノヴァちゃんも気にしないで』

『これくらい俺だってできる』


 月の人もおおむね賞賛していた。

 リードに伝えるとにっこりと笑った。


  

 敵を求めてさらに奥に進む。細い川をたどってゆくと、開けた広場に出た。向かいのごつごつした岩場に、3人の犬系獣人が座っていた。

 まだ若い雌の個体で、抜き身の剣を肩に担いで、いかにも柄が悪い冒険者だった。

 リードを連れているので引き返そうと思ったが、そのまえに向こうが気づいた。


「おい、迷子を見つけたぜ」

「ああん? ……へへへ弱そうじゃんか」

「おいお前ら、ここから先に進みたいなら、利用料を払わねえとな」


 畳みかけるようにゆすりに移行した。

 テラノヴァは小さく息を吐いた。


 またこの手合いだ。月の人を野蛮だと言ったが、地上もそんなに変わらない。荒事が起こる場所では民度も低く、危険度に比例してこのような輩にであう確率があがった。


「払いません。リードさん、戻りましょう」

「おいおい、ここに来た時点でカネを払わないといけないんだぜ。なあ?」

「そうだ。踏み倒すなんてとんでもないやつらだ」


『爆笑』

『屑みたいなやつが絡んできたぞ』

『逃げろ逃げろ。怪我する前にはやく逃げろ!』

『ピンと立ってる犬耳がかわいい』


 獣人たちは肩をゆらして近づいてきた。手には短い剣と盾。上半身だけを覆った軽装備から、あまり金がないとわかる。


「リードさんは離れて身を守ってください」

「う、うん」

「今すぐ岩陰に走ってください」

「わかった」


 リードが駆けだした。

 かばんから2本目の杖を取り出し、腰のあたりにくっついていたクラーケンの幼生コラリアを地面におろした。


「お金は払いません。強盗も迷惑だからやめてください」

「いうじゃねえか。素直に出さねえなら仕方ねえな」


 雌犬たちはにやにやと笑いながら、3方向にわかれて囲もうとする。好戦的な性格は狩りをする犬の特性を受けついでいる。

 しかし、魔法をまるで警戒していない。その油断っぷりが逆に不信感をいだかせるほどで、熟練の強盗かもしれないと警戒心を強めた。


「うわうっ!?」


 情けない声が上がった。

 試す意味で、右端の獣人に蜘蛛の巣の杖を振ると、空中を進んだ半透明の白い魔法効果が、そのまま無警戒の獣人に命中、下半身が巣に覆われて動けなくなった。


「なぁんだこれぇ! うごけねえ!」

「魔法を使いやがった。この人間野郎!」

「もう勘弁してやらねえぞ!」

「……」


 去勢をはって大声をあげている。

 もう一度杖を振る。走り出そうとした左の獣人は、鈍足効果に捕らわれ立ち尽くした。


「て、てんめえ、妙な術をつかいやがって……!」


 最後に残った獣人は、すでに腰が引けていた。立っていた尻尾が力なく垂れている。

 彼女たちの武具には、魔法抵抗が付与されていない。巣を引きちぎる力もなければ、避ける機敏さもない。


 テラノヴァは軽い失望を覚えていた。むかし殺したホームレスのほうが、もっと強気で愚かな自信に満ちていた。


「強盗なんてやめてください」

「うるせえ!」


 ここは初心者向けのフィールドダンジョンだが、彼女たちは初心者狩りの強盗といったところだろう。 

 中央の獣人も巣にとじこめると高い悲鳴を上げた。

 

「ひゃいん! くっそう! なんだよこれ! うー! ぐうぅ!」

「あたしが助けてやる! おらぁ!」


 右の雌がどうにか上半身を旋回して、剣を投げた。

 回転する刃物がテラノヴァめがけて飛んでくる。

 空中で水の弾丸にはじき飛ばされ、ごとりと地面に落ちた。

 コラリアの水滴裂弾アクアドラビルが軌道を遮断しゃだんしていた。


「コラリアありがと。あなたも武器を置いてください。もし私を狙ったら、あたまを撃たせます」

「くそぅ……くそやろうが!」


 中央の獣人が悪態をつきながら、真っ赤な顔でテラノヴァをにらんでいた。やがてあきらめ、剣が草のうえに落ちた。

 鈍足になった雌からも武器を回収し、ひとまずは武装解除がおわった。


「リードさん、こっちにきても大丈夫です」

「おわり……? これでおわり?」


 リードはおそるおそる出てきた。まだ不安なのか背中に隠れてマントをつかんでいる。

 配信球のコメントも見えた。


『犬ども雑魚すぎ。ペンギン並みに弱い』

『すげー簡単に勝った』

『こいつらどうするんだ? 連れて帰るの大変だろ。食おうぜ』


 相変わらずの低治安発言だった。

 強盗を捕まえた場合、街につれ帰って官憲に引きわたすまでが正当な手続きだ。

 手間と煩雑はんざつさを考えると、それを律儀に守っているものは少ない。生きてつれ帰っても懸賞金が出ないのならば、その場で始末する。そういった考えが多かった。


「リードさん、人を傷つける経験をし──いえ、やめておきます」


 むやみに殺すのはよくないかと思った。

 しかし殺さず引きわたすとなると、そこで休みが終わりになってしまう。

 3つ目の選択肢として彼女たちをここで見逃せば、彼女らに襲われ、ともすれば殺されてしまった犠牲者たちは無念だろう。


「何か変なことを言おうとした?」

「いえ、考え直しました。この獣人たちをどうしましょうか。連れて帰るのは大変です」

「んー、んんー……わかんない。どうすればいいんだろ」

「あまりよくないですが、面倒がない方法は、獣人たちの脚を折ったあと、ペンギンに始末してもらいます。手間がかからず、私たちも手を汚さないですみます」


 獣人たちは顔色が変わった。リードも驚いた表情をしている。


「うん。よくないよ」

「はい……月の人にどうするのがいいか聞いてみましょう。いいアイデアをもらえるかもしれません」

「うん、そうして」


 配信球を獣人に向けて、ゆっくりと全員を映す。


「彼女たちをどうすればいいですか?」


『見逃してやれよ』

『襲ってきた犬畜生なんてやっちまえ! おれは首が飛ぶ光景が見たい』

『目的はペンギンの肉だ。ほっとけほっとけ』


 見逃すとだけ書かれたコメントが意見が大半で、長文を抜き出しても大多数は同じ。痛い目に合わせろと望む意見は少数派だった。月の人は思ったよりも慈悲深いのかもしれない。 

 見逃そうと考えていると、ひとつのコメントが目に留まった。


『おまえのふたなりポーションは、こんな時のためにあるんだろうが。ぐずぐずするな』


 テラノヴァは理解した。


「わかりました。ありがとうございます」 

「教えてもらった?」

「はい。この子たちはここで解放します。ただし賠償金を払ってもらいましょう」

「おかね?」

「カネなんてもってーねよ! ざんねんだったな!」


 中央の獣人は解放されると聞いてうれしそうだ。

 リードも獣人を痛めつけずにすんで喜んでいる。このような状況で殺戮を選ぶ反社会性を持っていなくて、うれしくなった。


 テラノヴァは雌獣人たちにもう一度蜘蛛の巣の杖を振った。全て終わるまでは自由にできない。中央にいる赤毛のまえに立った。


「あなたたちを殺しません。街に連行して衛兵に引きわたしもしません。そのかわり、罰金を払う書類にサインをしてください」

「おやさしいじゃねーか。罰金っていくらだ?」

「ひとり金貨100枚、合計300枚です。期限は半年です」

「たけえよ! はらえるかよ! で、でも、いのちが助かるなら、しかたねえか……」


 獣人は耳を垂らしてうなだれる。本人は気づいているのかわからないが、喉からキュウンキュウンと犬が屈服したときの声が漏れていた。


「では書類を作りますから、少し待ってください」


 羊皮紙のうえに羽ペンをさらさらと滑らせる。魔法効果のある素材で作られたインクと、紋章鳥の尾羽でできたペンで書かれた文字は、紙のうえでぼんやりと輝いた後、固着してゆく。

 魔法のインクのにおいがただよった。


「できました。これを読んだあと、納得したならあなたたちの名前を書いてください。血判もお忘れなく」

「文字なんて読めるわけねーだろ」

「読み書きを習っていないのですか?」

「ああ!? あたしも、あたしの親も、そのまえだって誰も文字なんて読めないし、書けやしない。馬鹿にしてんのか!」

「……」

「なんでこっちを見たの? わたしは自分の名前は書けるよ。簡単な文なら読めるし」とリード。

「習っていない人が多いのかと思いました。では私がかわりに、何を書いているのか読みあげます」


 赤毛の前に羊皮紙をもってゆき、指で文字をさした。


「これが今日の日付、これが場所、そのあとのここからは、あなたたちが強盗として私を襲ったと書いています。あなたたちを捕まえた私が、官憲に引きわたす代わりに、お金で償いを受けます。これが金貨100枚です。最後に支払えないと奴隷になり、10年間の労務が課されます」

「そうかよ」

「名前を教えてください。偽名を使っても血判を押すので無駄です」

「あたしがヴィエラ、そっちがシンヤン、あれがダット」


 名前を別の場所に書いて、そのとおりに模写させる。時間がかかり文字も下手だったが、なんとか名前らしき模様が書けた。

 最後にナイフを指先に当て、血で署名をさせた。


「これであなたたちは自由です。魔術ギルドに書類をあずけておきますので、賠償金もそこに払ってください。受け取り相手の名前はテラノヴァです。この名前を覚えておいてください」


 話が終わり書類をかばんにしまった。しばらくすると蜘蛛糸の拘束がとれた。獣人たちは自由になると、身体を動かして解放を噛みしめていた。


「武器を返してくれよ」

「駄目です」

「けっ……酷い目にあったぜ。シンヤン、ダット、今日はもう引き上げよう」

「ああ……」

「ウゥゥゥ!」


 ひとりはうなだれ、ひとりは低く威嚇してから、3匹は連れだって入り口に戻っていった。赤毛のヴィエラが振り返って言った。


「おまえ、あたしたちが素直に払うと思っているのか? おめでたい頭をしてるぜ!」

「魔導士から逃げられると思うのでしたら、試してください。あなたたちを奴隷にするのが楽しみです」

「……けっ」


 ヴィエラは動揺をのこして去っていった。マントにつかまったままのリードが、静かにつぶやいた。


「お金、払ってくれるかな?」

「わかりません。半年後に足りていなかったら、そのときは獣人たちに私の仕事を手伝ってもらって、リードさんに払うお金を稼いでもらいます」

「えっ、わたしももらうの?」

「パーティは報酬を等分します。でないと仲間割れや疑心暗鬼になります」


 と、冒険の本に書いてあった。そのまま受け売りでテラノヴァは話した。


「なのでリードさんも気兼ねなく受け取ってください」

「んー、んー……」


 リードは店で何度か、支払いをしぶる客を見た。商品を持ち逃げしたり、蒸発した客もいた。


「たぶん払ってくれないと思う……」

「はい。あの子たちはきっと、1週間もたてば忘れているでしょう……半年後に生きているのかも怪しいです」

「危ないことをして、捕まっちゃうから?」

「そうです。強盗はお金が稼げる日もあれば、今日みたいに捕まる日もあります。もし私が殺人鬼だったら、あのひとたちは切り刻まれていたかもしれません。挑戦が常に成功するとは限りません」

「なんとなくわかったよ。そういえばお父さんがゆってたけど、テラノヴァはいつかやらかして痛い目にあうって。それと似てるね」

「……」


 突然自分に矛先が向いて、テラノヴァは何度かリードを見た。おそらく悪気なく言ったのだろうが、有効な反論が思いつかない。


「どうしたの?」

「なんでもないです……」


 実績があるので何も言えなかった。

 すでに何回もやらかしている。向こう見ずに一晩中魔物と戦ったり、領主を襲って強力な魔法の反動で死にかけたこともある。刹那的に生きているという点では、さきほどの獣人たちと、テラノヴァの明確な違いは、成功率の高低だけだろう。


「……」


『おまえ何かやったの? 教えろ』

『黙っているってことは図星だな』

『ロリに黙らされてて吹く』

『どうした? 反論がないならお前の負けだぞ?』

『イライラ イライラ』


 便乗した煽りコメントが散見された。風向きが変われば一瞬で便乗するなんて、どうしようもない月の人だと思う。


 テラノヴァはすこしむくれた。



 窪地くぼちの中央部は、左右からとび出した岩塊に圧迫されて、細くくびれた土地になっている。

 この部分には深い草地があり、運が良ければワイルド帝王ペンギンがいるはずだった。しかし到着したときには、かわりに白い身体をした70センチほどの子ペンギンたちがいるだけだった。


「誰かが倒したのかもしれません。いつ倒されたのか分かれば、次に魔物が生成される次期が分かりますが……その情報がありません」

「見たかった」


 ダンジョンが生成する魔物は、発生する周期や傾向の情報が集められているが、生成期間は解明されていなかった。


「仕方ありません。昨日倒されたとしても、次にみられるのは早くても一週間後、遅いと3週間後です」

「そうなんだ……時間がかかるね」

「代わりにあの小さいペンギンを倒しましょう。お肉が出るかもしれません」


 リードが逃げる子ペンギンを追いかけて短剣を振りかざしたとき、地面から半透明の霧があがり、1秒後には実体を持った巨体が現われた。

 体長4メートルのワイルド帝王ペンギンは身体をかがめ、リードを見て、フリッパーを振りかぶった。


「……!」


 最高強度で鈍足の杖を振った。

 高い抵抗力で効果は漸減されていったが、ある程度の効果はあった。


「痛っ!」


 本来ならば高速の鉄板を叩きつけられる威力があり、リードは血煙と消えていただろう。徒歩で壁に衝突した程度のちからに弱まり、尻もちですんだ。鼻が赤くなり、涙目になっている。


「こっちへ!」

「ん、んー……」


 テラノヴァの声は届いていない。

 リードは状況を把握できていなかった。しかしふらふらとたちあがり、走りはじめた。

 ペンギンは身体を倒して押しつぶそうとしている。想定した動きよりも、はるかに速い。効果がレジストされつつある。

 もう一度杖を振り、圧殺を逃れたリードの身体が吹き飛ばされてくる。

 両手を構えて走った。落下地点はすぐそこ。


「コラリア!」


 テラノヴァが受け止めた身体を、さらに水のヴェールが支えた。落下の衝撃は吸収されてリードの身体は無事に着地した。口から血がでている。目の焦点が合っていない。


 テラノヴァは鞄から2つのポーションを取り出した。一本は怪我治療。もう一本は睡眠。


「もって」


 怪我治療ポーションを落とすと、コラリアが受け取った。

 睡眠はそのままペンギンに投げる。装甲されたあたまに当たり、砕け散った。

 甘ったるいもやが広がり、帝王は巨体をゆらして天を見た。


 リードに怪我治療を振りかけ、残った半分を口から飲ませる。高濃縮ポーションは、内外の怪我を癒すが、気絶しているため、口からあふれた。

 テラノヴァはポーションを口にふくみ、口移しで飲ませた。これで体内の見えない怪我も癒えるはずだ。

 ペンギンが巨体をゆらして昏倒しつつある。


「ん、わたし……どうしたの?」

「すみません。私の不注意でした。ワイルド帝王ペンギンが生成されて、リードさんはあれに吹き飛ばされました。ごめんなさい。わたしのせいです」

「だいじょうぶだよ? どこも痛くないし、げんきだから」 

「ごめんなさいごめんなさい」


 テラノヴァは焦って早口になっていた。はやく安全にしないと、そう考える意識ばかりが先走っている。

 コラリアにリードをあずけると、紅蓮隕石の破壊杖を取りだした。黒い杖体に溶岩のごとく赤いラインがいくつも走った杖は、かつて魔法防護がされた要人の馬車を吹き飛ばすときに使った。


「そこにいてくださいいま始末しますから安全になりますから」


 出力を最小におさえ、それでもうすら寒く感じるほどの魔力を吸収されながらを、杖を振りぬいた。

 中空に、赤い棘のはえた隕石弾が、ぎらつく光をまき散らして出現した。


 流星のごとく飛んだそれは、昏倒しているワイルド帝王ペンギンの。あたまから腹にかけてを削ぎ落した。そのまま針にくっついた上半身を砕きつつ、奥にある岩肌に激突して数メートル穴をうがった。赤い結晶が砕け散り、岩塊にひびを入れた。

 巨大な衝突音。大地が身もだえするようにきしみ、岩がくずれ落ちた。


 事情を知らない者が聞けば、地震が起こったと思っただろう。

 帝王ペンギンの下半分が、あおむけに倒れ、消滅していった。


「やりました。リードさん、もう安心です」

「……」


 耳をふさいだ姿勢のまま、リードは固まっていた。

 鼓膜をやぶりそうな圧倒的な破壊音と、ペンギンを肉塊にした殺傷能力。

 今までの牧歌的な狩りとは違う、殺意をもった破壊を見せつけられて、おびえていた。魔物に殴られた痛みよりも、親しい人間の見せた生々しい暴力性を怖がっていた。


「ん、ん……」

「どうしました?」

 

 テラノヴァは焦っていたのでその恐怖が分からなかった。リードの手首をつかんで、もう一度怪我を確認しようとする。 

 手が振り払われた。涙の浮かんだ目でにらまれた。


「さわらないで!」

「……ごめんなさい。もう戻りましょう」


 嫌われてしまった。

 おもったよりも心に痛みがあった。のろのろとドロップ品を回収し、無言で帰路につく。

 絶妙な距離をあけて、リードは隣を歩いていた。

 テラノヴァはどうしていいかわからず、月の人に小声でつぶやいた。


(よくなかったですか?)


『何がだよ』

『魔法はすごかったと思うぞ』

『旅行で喧嘩したときみたいな雰囲気やめて』

『抱きしめてキスだ』

『とりあえずもう一度謝って無視されたら逆切れしろ』

 

(……ありがとうございました)


 偽商品を売りつけようと演説している詐欺師と同じくらい役に立たない言葉だった。リードを会話を試みたほうがいい。


「怖がらせてしまいました。反省しています」

「……」

「もっと注意深く行動すべきでした。リードさんが叩かれてしまって、あせったのも良くなかったです」

「……」

「こういう時に怖さを忘れられる杖があるのですが、試してみますか? 私も悲しくてどうしようもなくなったとき、杖を使って耐えました。あたまが混乱して、ひとつの感情だけに捕らわれなくなります」

「……」


 テラノヴァは話し続けた。まだ感情が落ち着いていないので、やや早口だった。ふだん使わない声帯を酷使したので、喉が痛くなった。

 返事がないのでよけいに悲しくなったが、黙ると悲しみが確定しそうでそのまま話し続けた。

 月の人は笑っていた。


 結局、膠着状態を解消したのは地形だった。

 行きは飛びおりた2メートルほどの崖を、帰りはよじ登る。テラノヴァは割れ目に脚をひっかけて登り、リードの手を引っ張った。その肉体的な接触が問題を解決した。

 

「……ありがと」

「いいえ」


 引っ張りあげた手をリードは離さなかった。そのまま握って隣を歩いた。

 フィールドダンジョンの領域を出るまで、手はつないだままだった。


 平原にかえってきたとき、昼過ぎになっていた。

 街から来るときに利用した移動獣のラプトルが、平原をうろうろしている。


「街に戻るまでまた1時間以上かかります。さきにお昼にしましょう」

「うん。お腹すいた……」


 わずかにぎこちない雰囲気を残したまま、調理の準備をする。 

 石のあいだに火を起こして、熾火おきびの状態にしてから、網を乗せて油をぬった。そのうえに最後の最後にドロップしたペンギンの肉を乗せた。脂身のほとんどない赤黒い肉が、じりじりと焼けてゆく。香りは鶏肉に似ていた。


 ラプトルが寄ってきたので生のままの肉塊をひとつ投げてやると、首を前後にのけぞらせて飲みこんだ。満足そうに喉を鳴らして、また平原の散歩に戻った。


「もう焼けた?」

「まだ3分も経ってないです」

「えーダメなの?」

「中身が生です。病気になります」

「わかった……もう焼けた?」

「まだです」


 話していると、わだかまりも消えていった。

 対面にすわって話をしていたが、そのうち無言になり、おたがいたき火の熱を見つめていた。リードが立ちあがり、隣にすわった。


「どうかしましたか?」

「んーん」


 肩にあたまをあずけている。

 じりじりとペンギンの肉が焼ける音がする。

 肉汁が垂れて、煙があがった。


 焼いたペンギンの肉はおいしかった。塩をふって焼いた柔らかい肉は、噛むたびに肉汁があふれ、ほのかな脂の甘みがあった。あっさりしているが、あとを引く。

 屋外で食べる肉は、手間をかけた料理とはまた違ったおいしさがあると言われているが、狩りをしたあとは味もひとしおだった。


「少し食休みをしましょう」

「うん」


 まだ火がくすぶっていたので、ちいさいヤカンに水をみたして火にかける。お茶用のハーブをコップに入れて沸騰をまった。

 その間に不可視のテントを広げる。安全な空間にわかしたお茶をもって入った。

 ブーツとマントを脱いで脚をのばす。緊張を受けた筋肉がほぐされてゆく。


「ふー。つかれたぁ……このお茶おいしい」

「落ち着きましたか?」

「うん。元気になってきた」

「よかったです。飲みおわったら、帰りましょう」


 帰り道でラプトルの背中に揺られているあいだ、まえに座っているリードは、何度かあたまを押し付けてきて、なでて欲しがった。

 理由を尋ねても笑うだけで答えてくれなかった。

 夕方ごろにイドリーブ市についた。

 ラプトルを返却して門に入る。 


「よかったら、お風呂を入りに行きませんか?」

「行きたい! でもいいの? お金がかかるよ」

「ダンジョンで汚れましたし、今日くらいは良いでしょう。きれいにしてから帰りましょう」

「うん。やったぁ!」


 どんな湯屋でも最低銀貨1枚はするので、日常的に使うひとはまれだった。

 いかがわしい店が並んだ歓楽街に公衆浴場はある。

 いくつかある店舗のうち、唯一知っている個室がとれる店に入った。これは務めている工房に一家に教えられた店で、安くはないがプライバシーが保たれる店だ。


 金貨2枚を払い、鍵をもらって部屋に入る。手前が更衣室、奥が水浴び場とサウナになっている。


 リードは一足はやく全裸になり、身体を洗いはじめた。

 テラノヴァがローブを脱いで畳んでいるとき、追従モードの配信球からコメントが来た。


『やっとエロシーンか。待たせやがって』


「……」


 そういえばつけっぱなしだったと思い出す。コメントを見て配信を切ろうとしたが、月の人はいままでずっと見ていたのだろうか? 

 テラノヴァにとっては他人の生活を見続けるなど、間延びした劇のように退屈だと思う。ダンジョンで戦っている場面ならともかく、ラプトルに乗って帰るところなど、見どころは何もない。


「ずっと見ていたのですか? その、最初から最後まで目を離さずに、ずっと」


『見てない』

『今見にきた』

『見どころがあると通知が来るんだぞ』


「そうですか」


 配信球の高度な制御機能に舌を巻く。

 退屈だったり冗長だったりすると、やはり月の視聴者でも離れてしまう。おそらく画面に映った肌面積や血の色、大声などを自動で判断しているのだろう。数人、数十人単位で作りあげた魔道具だと確信した。


 テラノヴァは配信を切ろうとしたが、見にきてくれた月の人に悪いのではないかと思った。

 裸は恥ずかしいが、しょせんは違う天体の観察者。もしかしたら月の人は、ドラゴニュートのようにな竜人やワーシケイダのようなセミ人間で、地上とは美醜の観点が違うかもしれない。


「このまま見ますか?」


『見たい』

『見せて!』

『当たり前だろ』


「では、適度に角度を変えて映してください」


 魔導模造生命マギ・シュミラクラに命令すると肯定が帰ってきた。そのまま不可視モードで配信を続ける。


 服を脱いで水を浴びる。見られていると考えると胸が高鳴ったが、そのあいてが昆虫人間だと思うと、鼓動はおさまった。ただ普段よりもていねいに、からだを洗った。

 リードはすでにサウナに座っていた。中央では炎の魔石が突っ込まれた籠から、盛んに蒸気が立っていた。

 

 凹凸の少ない自分やリードの身体などをみて、面白いのか疑問だった。

 どうせ見るなら、鍛えあげた彫刻のような筋肉を持った、冒険者や傭兵のほうが、見た目に楽しいのではないかと思う。

 ペンギンの模様が刻まれた白い石鹸をつかって、泡立てる。


「リードさん、これにペンギンの絵が入ってます」

「うん。見た」

「脂は石鹸に使われていたみたいです」

「へぇー」


 拾った脂肪で石鹸を作ればいいだろう。無駄にならなくてよかったと思う。身体を洗い終え、泡を流す。

 サウナに入ってリードの隣に座った。

 熱せられた蒸気で、肺まで熱くなる。すぐにねっとりとした汗が流れはじめた。


「ねえ、テラノヴァの家って近くにあるの?」

「北市街の市壁の近くです。ここからはすこし歩かないといけません」

「見にいってもいい?」

「あまり帰らないので、ほとんどなにもありません。工房で寝泊まりしたほうが、仕事に遅れなくて楽ですから」

「行ってもいい? ダメ?」

「かまいません。それでは途中で何か買っていきましょう」

「やった! ……あとね……えっと……」


 リードは妙に口ごもっている。何度も手を置きなおして逡巡しゅんじゅんしていた。何度か身体を揺らしたあと、テラノヴァを見た。


「あのお薬ってまだある?」

「怪我治療ポーションですか? あっ、まだどこか痛いですか? もちろんあります。今すぐ使えます」

「ううん、それじゃなくて……んー、んんー……」

「他に何かありましたか?」

「んー、んー、んー……」


 テラノヴァは思い出そうとする。麻痺、混乱、異常回復──どれも使った覚えがなかった。

 リードは困っている。


『ペンギンをやった睡眠ポーションのことか?』

『この反応でわかるだろ。ふたなりポーションだ』

『ふたなりポーション』


「えぇ……」


『羞恥プレイかよいいじゃねえか。もっとゆっくり聞きだせ』


 目についたコメントに、つい従ってしまった。


「……何か言いにくいお話ですか? 誰かに状態異常を起こすポーションを使いたいのですか?」

「ちがうの。そうじゃなくて……んんん、んー!」

「それでは何でしょう。私にはわかりません」

「あのね、あの、あの……あの! ……おちんちんが生えるポーションってまだある?」


 リードは顔を真っ赤にして、テラノヴァを見上げた。羞恥で頬がそまっている。その表情に、脳の男性部分が反応した。胸が高鳴り、欲望がもちあがる。


「……あります。それがどうかしました?」

「もう一回使ってほしいの」

「また実験に付きあってくれるのですか? ありがたいですが、リードさんはいいのですか?」

「実験……そう、実験! テラノヴァが困っているといけないから、手伝ってあげようと思ったの!」

「ありがとうございます。ぜひとも手伝ってください」

「うん、手伝ってあげる」


 リードは安堵あんどの表情をした。まだ顔は赤いまま。もじもじと太ももをすりあわせ、恥ずかしそうに笑った。


『やったぁ!』

『やったぜ。エロ配信だ』


 コメントは盛り上がっていたが、テラノヴァは急なリードの変節へんせつについて考えていた。


「リードさん何かあったのですか? 以前の実験でリードさんは怖がっていましたし、もしかして薬の副作用があったのでしょうか」

「よくわかんない……あのね」


 とリードは話しはじめた。


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