自我


 ホコリみたく舞うオイル。人間で言うところの血にあたる液体。つまり――。


「ガソリンが無いお前などゴミ同然だな――」


 『タイプメタ』は滑らかに上唇を釣り上げる。

 ガラクタ同然のエタファイブは景文の嘲笑った顔を見ることしか出来ない。


「こんな奴。相手にするもんじゃなかったかもな」


 最初から勝てっこなかった。『タイプメタ』の本来の能力が解放されれば自分などは足元にも及ばない。

 エタファイブは、ここにきて


 考えてみればおかしな話である。


 前回、嫌と言うほど。原型が無くなる程にまで無惨にも相手にも関わらず、我が主は魚雷の如く突撃命令を出してきた。

 それはつまり、自分の命の主導権は意識の保持者ではなく、命を与えた側にあるのだと、エタファイブは感じ始めた。


 突撃命令が出された直後は、リベンジの機会を頂けるなどと、随分と自分が他人から期待されているように受け取っていた。だが、それはあくまでも主観的な話であり、客観的に見れば自分はただ、もしかしたら何かしらの結果を持って帰ってくる。あるいは、帰ってこなかったとしても爪痕は残してくるのかもしれない。

 つまり、使い捨ての駒である。


「最初から負けるということは知ってたのかもな――」


 残された唯一の力を戦闘に使う訳ではなく、エタファイブは首を上げて夜空を見上げる。


「惨めだな。自分以外のために自分を殺すなんて」

「なんとでも言え――」


 ――としか言えなかった。紛れもないド正論なのだから。


 ロボットである以上、主の言うことは絶対。

 主が『奴に対応出来るのはお前だけだ』。

 しかしそれは。

 その考え方は、そもそも自分を作り出した人間が植え込んだプログラムであり、

 

 だから外界に触れて自我が芽生えた時に、エタファイブのような作られた存在は初めて主の言葉に疑問を抱くようになる。


「まさか俺が辿とは、想像もしていなかった」

「……辿る?」

「あぁ。お前も俺も、外に触れすぎたんだ」


 エタファイブは悔いるように、人生最後の一言のように低いトーンで話す。段々と語尾につれて声も小さくなり、息も乱れるが、残る力を振り絞る。

 

「触れることの何が悪い」

「それがお前の処分理由だからだ」

「じゃあお前が俺と同じなら、お前も処分されるのか――?」

「そうなるな。俺の言動は全て主に通じている」

「それは残念だったな。だが、死ぬ前に一つだけ答えろ」


 『タイプメタ』は感情がこもったエタファイブの言葉を右耳から左耳へと流す姿勢である。


「俺の雪はどこだ――」

「俺のって。彼女かよ」

「彼女如きと一緒にするな。俺は、。だから、アイツがいないということは俺の存在価値も無くなるということだ」

「……シスコン野郎が」

「何とでも言え」


 何ともドラマチックで儚い言葉を吐く『タイプメタ』。しかし、言い方は事務的であり、内容と乖離している。


「まぁでも雪はお前にとって、足枷かつ希望だもんな――」


 最後っ屁のように、惨めながらも何とか一矢報いて死のうとするエタファイブ。

 死の願いを叶えるように、『タイプメタ』は足を素早く振り上げてエタファイブより一回り大きい斬撃を繰り出す。


 『タイプメタ』にとっては大事な物を傷つけられたように感じたらしく、エタファイブの言葉をまたもや最後まで聞かなかった。


 クソッタレが。

 そう呟くエタファイブは右肩から左脇腹にかけて、研がれたギロチンのように切断された。体のいくつかは機能が停止しているにも関わらず、運悪く痛覚だけは正常に働いており――絶叫する。


 しかし『タイプメタ』は続けざまに、次は右腕。次は左腕。次は右足。次は左足。

 既に体が袈裟斬りされて、分断している上に追い打ちをかける。


「みすぼらしいな。回復機能は持っていないなんてやっぱりお前は模倣品コピーだ」

「……仕方ないだろ」


 本質を突かれてしまったエタファイブ。

 何も言い返せず口ごもってしまった。


 しかし、同じく黙り続けている男がもう一人。

 井ノ神太陽は二人の非現実的な戦いを見ていた。


 自分ではどうしようもない。心の中で逃げ言葉を吐きながらただの棒立ち。


 結論としては確かに井ノ神のような並の人間には『タイプメタ』やエタファイブと正面向かって戦う事が出来ない。だから手を出さない。もしくは逃げ出すのは正解ではあった。


 だが。


「おい。景文……」


 ビビりまくっている子羊のような足――は動かせないが、声だけでも。言葉だけでも。

 景文の唯一の友人である自分なら、言葉が届くかもしれない。そう自分を奮い立たせた井ノ神。


 『タイプメタ』はハエが集ってきたような邪魔者を見る顔で井ノ神を目で殺す。


「……お前は雪を探してこい」

「――!!」


 予想外の答え。

 てっきり殺すだの邪魔だの言われると思っていたのに。まさかの人探しの依頼。

 井ノ神は複雑な気持ちになる。

 このまま言う通りこの場から立ち去って雪の捜索に向かうのは自分にとっても景文にとっても安全かつ得をする。

 つまり。意見する事なく手足フル稼働で立ち去るのが一番の――。

 

 そう決意する井ノ神。

 だが、心は決まれど脳は。体は。足は。


 逃げなかった――。














 

 


 

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