学校欠席後の放任と容認 の巻③

◆◆揺れる思い◆◆


胃がモヤモヤする。このモヤモヤは、怒りなのか、悲しみなのか、戸惑いなのか、ショックなのか。わからない。全部だと思う。


私はどうして、夫に対して、あんなにも感情が溢れてしまったのだろうか。それは、子どものたちの状況に、自分も納得していなかったからだ。


「子どもが元気なら、それでいい!笑っていればそれでいい!」

と納得しているつもりだった。けど、心底そう思っていたら、夫の発言に対して、荒ぶることはなかったはずだった。

「大丈夫!子どもたちすっごく元気だよ!安心して!」と夫に笑顔で返せたはずだった。


自分の中で押さえつけて、無理に納得させようとしていた事実。見て見ぬふりをしていた事実。


子どもたちは、YouTubeとゲーム、アマプラを見続け、家というぬるま湯に居続けていた。家族以外との交流、体験、学習、運動。それらのすべてを家に閉じこもる事で放棄していた。


母自身も迷走していた。


元気ならいいのか?

学校に行かないにしても、学びは大切ではないか?

強制した学びに吸収はあるのか?

心が満たされれば動き出すというのは本当か?


考えても考えても、本を読み漁っても、専門家の講演を聞いても、自分の核が決まらずグラつく。行ったり来たりしていた。


このままで良いわけない。放っておいて何かが進むとも思えない。けど、親の焦りは不登校のご法度だ。子どもたちに安心基地を作りたい。


家に居させれば、ここではダメだ、と思う。学校に行かせれば、疲弊しきって帰ってくる。外に出れば、お金がかかった。ラットレースのような感覚だ。


家の外で、学校では無い場所で、子どもが自分らしさを発揮できる場所が必要なのだろう。できればお金がかからない場所で。


そんな選択肢が持てる社会が必要なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る