魔術師シャーロット・アンセリオンの怪異殺し
能見底猫
ささくれ
「今回の犯人はぼくと非常に相性が悪いと言っていいだろう」
そう供述するのは、わたしのルームメイト。透き通るような銀髪を肩までで整えた少女で、瞳はうさぎのように紅い。黒がよく似合い、今日も黒いワンピース姿で安楽椅子に座っている。あそこが彼女の定位置なのだ。
「しかしですねシャーロット。今回の件は依頼されてるわけでもない。貴方が犯人とやらと戦う必要はないんじゃないですか?」
「おやおや助手くん、もしかしてこのぼくに犯人を見逃せと言うんだね? 我が身可愛さに。残念ながらぼくはそんな非正義感に溢れた野蛮人ではないのだよ」
「わたしにとっては我が身可愛さではないんですが」
おほん、とわざとらしくシャーロットが咳き込んでみせる。
そうして祈るように両手を顔の前で合わせた。
彼女の癖のようなものだ。
「”連続”自殺事件なんてどう考えても
そんなことを言われて、わたしは少しばかり考える。
魔術、異能、怪異、能力、幻想――少しばかりファンタジーやフィクションを味わった人ならば、それらがどういうものを意味するかわかるだろう。
つまり今はそういう話をしている。
バカバカしく、異能バトルの敵の能力はなにか?
そう問われているのだ。
「そうですね。状況整理しましょう。
現在起きている事件は一つ。
とある通りで、月に一度、人が飛び降りる。
致死率は100%。もし生き残ったとしても――。
もう一度飛び降りるか、あるいは病院で命を断つか。
そうでなければ舌を噛み切ってでも死ぬ。現在生存者はなし」
「さすが我が助手、とても記憶力に自信がおありのようだ」
「今の議題なのだから当然でしょうが」
この場合、なぜそんなことをしているか――。
これは今考えないことにしよう。
今必要なのは、どうやってそんなことをしているか。
それを考える。あらゆる手段がアリという条件でだ。
「シンプルに解釈すれば洗脳系の異能でしょうかね」
「当たりだ。少なくとも直接攻撃系の術式ではないだろうね。もしそうであるならば、飛び降りさせるなんて回りくどいことはしない。また、浮遊系の術式ということもありえない。もしそうなら被害者が助かった後、舌を噛み切るなんて真似はしない」
「で、シャーロット。貴方の能力は……」
「言っただろ? 【
「それが洗脳系と相性が悪いと?」
「ああ、例えば相手が”【人】を操る術式”だった場合、相手の正体が【人外】だったとしたらこっちがコピーした術式は通用しないんだよ。条件にあってないからね。そして今回のように動機がまるで見えない相手の場合、【人外】の可能性が非常に高いってことさ」
「つまりその場合、貴方は相手に対して無力――というわけですね」
「そうなる」
その場合、シャーロットは最悪、なにも出来ず相手に操られて死ぬことになるだろう。なるほど、相性が悪いと言わざるを得ない。
「議題を繰り返しましょう。貴方が戦うべき相手ですか?」
「非常に申し訳ないんだけど、ぼくには一人優秀な魔術師の仲間がいる。彼の力を頼らざるを得ない状況だとは思うね」
「その相手とは?」
シャーロットが私を指差した。
はぁ、と溜め息をつかざるをえない。
「つまりわたしが倒せと?」
「助手く~ん、君は”幻想を切り裂ける目と技”があるだろう? 洗脳系の敵であれば、そう苦戦はしないんじゃないかなぁ~~?」
たしかにそうだ。
だが、それは相手が推理通り
正直、面倒くさい。
金銭も手に入らないのにそこまでするメリットがない。
赤の他人が何人死のうがわたしには関係のないことだ。
わたしはシャーロットとは違うのだ。
「お断りします。わたしにそこまでのメリットはありませんので」
「ええ~~!? ”術式”はともかくさぁ、君の”目”は僕には真似できないんだよ!? ぼくにも見える亡霊とかは切り裂けても、術式の強制キャンセルとかはさぁ、ぼくには出来ないんだ!」
「そうですね。だから諦めましょうよ」
「ふっ、なんでわざわざこの話を君にしたと思う?」
そう言うとシャーロットをは立ち上がった。
わたしは、はぁ、とためいきをつくしかなかった。
「こんなこと言われたらついてこざるをえないだろ? だって君はぼくのことを――さすがに死んでほしくはない、ぐらいには考えているんだからさ!」
にんまりと笑うシャーロット。
この女は悪魔だ。善意の悪魔だ。
もちろん、これは比喩である。
なにせ彼女はれっきとした人間で――。
これから会うのが本当の悪魔なのだから。
◆ ◆ ◆
イプシロン667通り。
決して広くはなく、正直うら若き少女は暗くなったらあまり近寄るべきではないと言いたい通り。しかしこれと言って凶悪犯罪が起きたこともなかったような――そんな微妙な通りである。
わたしたちの目にはハッキリと見えた。
廃墟とかしたビルの上に、十字架のように両の手を広げてピン、と立つずんぐりむっくりした白い狼のようなものを。
いや、なんというべきか。狼で作った十字架……?
目や口も想定しているようなところにはなく、ツギハギに十字架に貼り付けられている。明らかに
「ぼぉうおぉおおおおおぅおおおおおおおおお」
洞穴から響く風の音のような咆哮。それは明らかにこちらに気づいたようで、十字架に貼り付けられた目がこちらを向いた。
「さて、作戦を考えよう。ぼくが盾になろう。もし操られたら術式を切り裂いて解除してくれ。それ以外なら……まぁ、なんとかしてくれ」
「まず攻撃に当たらないようにしましょうか」
………などと言っていると、十字架から毛がこちらに向けて発射された。それは針のような強度に見える。直接攻撃はないんじゃなかったかな? 少なくとも食らったらダメそうだ。
わたしとシャーロットは左右に飛び跳ね、路地裏の階段を登って十字架へと近づいていく。その間にも、十字架から毛の針が飛んでくるが、階段の鉄骨や路地裏のパイプに当たって、わたしたちに当たることはなかった。問題は近づいてからだ。
屋上に出れば、遮蔽物はない。回避するにも近づけば近づくほど、当然回避は難しくなってくる。わたしは躊躇したが、シャーロットは迷わず十字架へと向かっていった。
「ぼぉあおおぉおおおおおおおおおおおあ」
十字架から数多の針が飛び出し、シャーロットに突き刺さる。
シャーロットはそれをものともせず、愛用の杖を十字架に振り下ろした。わたしの術式を模倣したその杖は十字架を両断し、その怪異は塵と消えていった。
あれはなんだったのか……。
怪異は残念ながら自己紹介などしてくれない。
大抵の場合、ああして犠牲者を増やすだけのものは、地縛霊とか悪霊とか、そういう類のものらしいけれど。
「シャーロット……大丈夫ですか?」
わたしがそう言うと、シャーロットはふらついてビルから落ちそうになった。思わず手を掴み、支える。
「あ、ぐっ、がぁああああああああああああ!!」
シャーロットが叫ぶ。いつもの冷静な彼女らしくないうろたえ方だ。やはりあの針に良くない影響があったようだ。
わたしは目を凝らす。シャーロットの心臓部に当たる部分に彼女のものではない魔力が見える。ポケットからナイフを取り出すと、私は勢いよくシャーロットの胸に突き刺した。
「ぐぅうううう!?」
だが、彼女が傷つくことはない。
いや、一瞬だけ肉を切り裂くような感覚を味わったが……。
わたしの”術式”は【
だが私は魔力の流れを読む”眼”を持っている。これと影響しあい、魔力を切り裂く事のできる異能になっているのだ。
「はぁ……はぁ……助かったよ、助手くん」
「ええ、どういう術式だったんですか?」
「うう~~ん、例えるならそうだね、人の心に”ささくれ”を植え付ける術式、というか……」
「それだけ?」
「おいおい、馬鹿言っちゃいけない。たとえささくれでも弱い部分にいくつも突き刺さると酷い苦痛になるもんだよ。人の心ってのは指と爪の間より繊細なんだからね」
「それでよく無事でしたね」
わたしの術式はあくまで魔術を切り裂くだけ。
その”
「ああ、しょせん感情なんて一時の電気信号だからね。君に治療してもらった直後に脳みその神経を【
「……………………」
わたしは彼女の頭をべしりと平手打ちした。
「いたぁ! 何をするんだい助手くん!!」
「元通りに直しておくんですよ。そもそも今回のような無謀な真似は控えるべきというか……」
「いいじゃないか! 君のおかげで今後犠牲になるような人はいなくなったんだからさ!! さ、帰ろうか助手くん!」
「まったく……」
心のささくれ、か。あの怪異も元はそういうものが溜まった結果、自殺した人間だったのだろう。それが仲間を増やすために暴走して――という感じか。もっともわたしは怪異の専門家ではない。ただの想像に過ぎないのだが。
「しかし結局使いませんでしたが、あの怪異の術式を模倣して、相手に使ってたらどうなってたんでしょうかね?」
「効かないんじゃないかな? ああいう怪異に心はないだろうよ」
「心が痛むのは人間だけ、ということですか」
「流石にそこまでは言わないけどね」
「しかしだとしたら愚かな輩です」
「怪異になったことが?」
「ええ、死んでしまってはささくれを愛することもできないでしょう?」
「ずいぶん奇特な趣味だね、助手くん……」
相変わらずささくれみたいな女だ。
魔術師シャーロット・アンセリオンの怪異殺し 能見底猫 @Noumiso_Coneco
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