第20話 エピローグ

 セオディア・メレ・エトゥールがカイルの個室を訪問すると、カイルの寝台のそばに食卓が用意されていた。多数の焼き菓子とお茶の準備がされている。


 おかしい。お茶会ではなく、意識を取り戻したカイルが今後のエトゥールについて重要な話があると言ってたはずだが……。

 セオディアはそばに立つシルビアを顧みた。

「時間を間違えたかな?」

「いえ、お忙しい中ありがとうございます。この時間であっています」

 ファーレンシアは既に着席しており、隣の空いている席に腰をおろす。つい数日前、王都エトゥールに到着した黒髪のメレ・アイフェスと子供もいる。

 シルビアの専属護衛であるアイリが腕をふるったのはわかるが、異常な量の焼き菓子だった。

「これは?」

「カイルがウールヴェの機嫌を損ねまして、ご機嫌取りをしているところです」

「機嫌を損ねる?」

「自分のウールヴェに気づかなかったそうです」


――――ヒドイカラ あいりノ オ菓子 モラウ


 セオディアは驚き、声の主を探した。メレ・アイフェスの大きく成長した純白のウールヴェが満足そうにアイリの焼き菓子をんでいる。

 ウールヴェが精霊獣のように喋るだと?

 声にシルビアは気づいてないようだ。セオディアは隣の妹を見たが、兄の反応にファーレンシアは頷いてみせた。これが異常なことであることをメレ・アイフェス達は気づいてない。なぜメレ・アイフェス達は想像の斜め上を突き進むのだろうか。

 さらに寝台にいるカイルが語りだした内容は、穏やかなお茶会とは程遠いものだった。


 

 セオディア・メレ・エトゥールは額に手をあて、ため息をついた。

「精霊に大災厄だいさいやく――メレ・アイフェスは問題のど真ん中に着地するのが本当に得意だな。我々が貴方達に伏せていた努力も水の泡だ」

「……申し訳ありません」

 セオディアの気遣いを知っているシルビアがいたたまれなくなって詫びる。

「大災厄については僕と上にいるディム・トゥーラが調査するよ。それが何かわからないと話にならない。問題はもう一つの方だ」

「エトゥールを滅ぼそうとしている存在か」

「精霊もそういう存在があることを認めた。だけど関知しないらしい」

「まあ、そうだろうな。多分、大災厄の方が脅威が上なのだろう」

「で、そこにいるサイラスの話だと南の街道かいどうは、魔獣がたくさんいたそうなんだ。それは通常のこと?」

「いや、南で異常発生をしていることは事実だ。最近、商人に雇われた傭兵ようへいが単独で魔獣を倒しているという噂が耳に入ったが……」

 サイラスとリルが揃って軽く右手をあげる。

「商人です」

「傭兵ではなく護衛かな」

 二人の申告に、メレ・エトゥールは救いを求めるようにシルビアを見た。

「今度のメレ・アイフェスは戦士なのか?」

「戦士という職はなく、私達より運動神経が優れているというか、学者より……脳筋成分が高いみたいな……」

「シルビア、シルビア」

 カイルがシルビアの言葉探しを止める。

「現地の調査時に真っ先に降下する先発隊――能力者でもあるから強いよ」

「野生のウールヴェを倒せるくらいに?」

 サイラスとリルは顔を見合わせたが答えは控えた。

 領主はにっこりと子供に微笑みかけた。

「ウールヴェは美味しかったかな?」

「美味しかった!」

「……なるほど」

 止める間がなかったサイラスが右手で顔を覆ったが、リルはまだ己の情報漏洩じょうほうろうえいに気づいてない。

「精霊は僕以外の帰還は認めたけど、シルビアもサイラスも地上に残る選択をした。役に立てると思う」

「それはありがたい」

「ただ城に滞在するのはごめんこうむりたいなあ。城下に宿をとっている」とサイラスが言う。

「何かこちらに不手際ふてぎわでも?」

「護衛をつけられて窮屈きゅうくつ、あとリルの神経がもたない」

 リルと呼ばれた子供は先ほどの自分の失敗に萎縮いしゅくし、サイラスにへばりついている。

「そちらの子供はエトゥール人のようだが」

「縁があって一緒に行動している。これからもそのつもり」

 重要な問題を一言で片づけるサイラスに、リルはぱっと笑顔になった。

「魔獣を討伐できるその腕を見込んで、討伐隊とうばつたいに参加してもらえないだろうか」

「イヤだ」

 瞬時の拒絶である。

「理由をきいても?」

討伐隊とうばつたい尻拭しりぬぐいはごめんだ」

 エトゥールの精鋭せいえい足手纏あしでまとい扱いされるとは予想外であった。いや、ウールヴェを単独で倒せる実力の主なら当然の反応か、とセオディアは納得した。

 だがその武力を放置するには惜しい。

「精霊の御使みつかいは癖のある――いや、個性的な方々が多いな……」

「癖のある我儘わがままな我が道を行くタイプが多いという認識であってます」

「シルビア嬢、それでは身も蓋もない」

「事実です」

「……ふむ。討伐隊でなければ再考の余地はあるのかな?正当な報酬は出すが」

 ぴくりと二人は反応する。

「二人の王都居住権と商業ギルド登録代価免除とかはどうだ」

 相変わらずメレ・エトゥールは曲者くせものだなあ、とカイルは思った。個人の的確な望みをついてくる。釣り餌で確実に大物を釣る敏腕釣り師だ。

「リル、この条件ってどうなんだ?」

 サイラスが子供に問う。

「すごく魅力的だけど……」

「城下に滞在先をかねて店を用意しよう」

「最高」

 リルが目を輝かせる。

「サイラスと暮らせる?」

「条件は移動中の魔獣の駆除だ」

「これ、今までと変わらないよねぇ?」

「変わらないな」と、サイラスが頷く。

 あ、とリルは何かに気づいたようだ。

「倒した魔物の素材の権利はこっち?」

「もちろん。ただし卸先おろしさき王都エトゥール優先にしてもらいたい。他国より王都の経済が廻る方がよい」

 ほとんど商談のノリだった。


『……ディム、いいの?』

 カイルは黙ってこの場を見守るディム・トゥーラにそっと思念を投げた。

『むしろリルはサイラスのそばにおきたい』

 精霊には反感を抱いたが、その予見の言葉を重視しているらしい。


「では契約書を後ほど作ろう」

 双方、条件は合意に達したようだ。



 その日、エトゥールに敏腕商人と魔獣専属狩人が爆誕した。

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エトゥールの魔導師【この男’s(メンズ)の絆が尊い! 異世界小説コンテスト応募版】 阿樹弥生 @agiyayoi_2021

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