第10話 街

 翌日、カイル達は街へでかけた。

 セオディアとファーレンシアが案内に同行したので、当然護衛もついた。だがそんなことは気にならなかった。

 街は活気に満ちあふれていた。空から見た時には、気づかなかったものが多数あった。そこは研究者にとって、魅力ある情報の宝庫だった。

 城から出ると、やや複雑な通路を降りていく。

 身分差で住居区が分かれているとセオディアが告げる。その違いはよくわかった。城の周囲は石造の背の高い建物が多く、通路を降りるに従い木造建の比率が大きくなる。おそらく貴族と平民の差であろうと推察できた。

 だが一番賑わっていたのは外壁に近い大きな広場だった。多数の天幕がはられている。

 戦勝を祝ういちが開かれていた。


 天幕の露天商が多数ひしめき、人が多かった。

 カイル達は目立つ髪色をフード付外套がいとうで隠していた。ファーレンシアも同様だ。

 セオディアはいつもの出で立ちだったので、民衆が集まりはじめていた。領主の視察として彼の登場を受け入れ、しかも歓迎していた。

 彼は民衆に好かれている、とカイルは感じた。

 領主という地位の者が民衆と対話するのは珍しいのではないのだろうか。セオディアは声をかけてくる民に、丁寧に対応しており、たまに陳情にも耳を傾けていた。

 注目はそちらに集まっているので三人は気兼ねなく露店の商品を吟味ぎんみできた。


 見たこともない果物がならんでいた。ファーレンシアが小銭を払うと試食ができた。林檎の味に似ていたが、見た目は紫色の桃のようだった。

 布地や革が多数売られている。既製品を買うより自分で作ることが主流なのだとファーレンシアが教えてくれた。

 見慣れない二本角の四つ足の動物は、「馬」で戦や馬車に使われるという。

「私達の世界の馬とはちょっと違いますね」

「ディムがいたら1時間は語ってくれそうだ」

 ファーレンシアが揚げたお菓子を買って、二人に手渡した。

「……美味しい」

 シルビアの賞賛にファーレンシアは頷く。

「子供から大人にまで好まれる一般的なものです」

「砂糖があるのですね」

「甘いものがお好きなら、まだおすすめのものがあります」

「大好きです」

 女性達は甘味談義かんみだんぎで盛り上がっている。

 カイルは楽器やおそらく楽譜であろう記号のかかれた羊皮紙をのぞきこんだ。

竪琴ライアーだな」

 民衆から解放されたセオディアがいつの間にか背後に立ち解説する。

「割と貴人は好む楽器だ。ファーレンシアが上手い。聞きたければ彼女に頼むといい。なかなかの腕だ」

「今度お願いしてみるよ」

「ところでシルビア嬢はエトゥールの言葉がしゃべれるようになっているようだが……」

「僕が教えた。すぐ覚えるのは僕達の特技だと思ってくれていい」

「それはうらやましい」

「視察はよくするのかな?」

「市場は世相を反映する。どこの地方が不作で、どこが豊作か如実にょじつにわかる。噂話も手に入る。気晴らしにもなる」

 セオディアは武器を取り扱う商人を指し示した。

「カイル殿にはこちらが必要ではないかな?西の民の件では丸腰だったときく」

 カイルは苦笑して首をふった。

「扱う自信はないなあ。僕の世界では殺人は禁忌きんきに近いものがある」

「なるほど、確かに精霊も血を好まない」

「僕は『精霊』とは無関係だ」

 セオディアが黙って露天商のテント上を指さす。

 赤い精霊鷹が止まっていた。


――なんでだっっっ!!

 顔を引きつらせたカイルにセオディアは笑いを噛み殺す。

「ファーレンシアが言ってた通りに本当に苦手だとは」

「苦手だ。認める。今も市場を駆け抜けて逃げだしたいほどだ」

「あちらはカイル殿に興味があるようだが」

「やめてくれ……もしかしてアレが何を考えているかわかるとか?」

「ある程度は」

「……なんて言ってる?」

頑固がんこだと」

 そう言ってセオディアが笑ったので、冗談なのか真実なのかカイルには判断がつきかねた。

「何か興味のある物はないか?案内をするが」

 カイルは考えた。

「城にはない書物のたぐいがあれば読んでみたいかもしれない」

 少し奇妙な間があった。

「そういえば、ファーレンシアがそのようなことを言ってたな。あの蔵書ぞうしょを全て読んだのか」

 カイルは頷く。

「古書はあちらの方にあるが、蔵書に含まれているかは判断がつくのか?」

「大丈夫」

 しげしげとセオディアはカイルを眺めた。

「……なるほど、拉致らちされるわけだ」

「え?あれは人違いの拉致らちだろう?」


 今度の間は長かった。

「……自覚がないのも困りものだな」

「?」

 セオディアはいきなりカイルのフードをぎ取った。



 金色の髪が太陽に反射すると市の喧騒けんそうが瞬時に消えた。

 なぜ、周囲が自分を凝視ぎょうしするのか、カイルには解らなかった。

「メレ・アイフェス⁈」

 歓声と叫びが起こった。



――なんだ、この反応は⁈

「セオディア様!」

 護衛役の男達が即座にかけより、近づく民衆からの壁になろうとする。

「ああ、ミナリオ。そのまま、彼等を5分ほど押さえておいてくれ。まかせた」

 騒ぎにファーレンシア達も気がついて、かけよってくる。

「さて、逃げるぞ」

 誰のせいだ――っ!

 四人は大混乱の市場から脱出をはかった。



 セオディアの先導でいちから少しだけ離れた路地ろじにたどりついたとき、ファーレンシアはすごい剣幕で兄に抗議した。

「お兄様! なんてことをするんです! フードをかぶれと命じたのはお兄様ではありませんか! いったい、どういうおつもりですか!」

「少し試してみたかっただけだ」

 セオディアは楽しそうに笑いをもらした。

「見事なほど、メレ・アイフェスのうわさが浸透している」

「お兄様!」

「ファーレンシア」

 息を整えたカイルは少女に問いかけた。

「メレ・アイフェスってどういう意味?翻訳ほんやくできないんだが、確か君が近衛隊このえたいを止めた時や聖堂せいどうで、きいた記憶がある」

「それは――」

 少しファーレンシアの目が泳ぐ。

みちびく者とか、導師どうしとかだな。初代エトゥール王を支えた賢者達を指すこともある。今、エトゥールには異国のメレ・アイフェスが二名ほど滞在中で、隣国の謀略ぼうりゃくを見破り、勝利をもたらし、死にゆくものを英知で救ったという噂でもちきりだ」

 カイルとシルビアは知らない噂に唖然とした。

「だから自覚がないのは困りものだと言ってるのだ。先日の暗殺者の件は人違いでもなく、カイル殿を狙ったものだ。ご自分というものを過小評価しすぎではないか?」

「いや、でも……」

「待ってください、カイル」

 シルビアが会話を遮った。


「今、『暗殺者』という物騒ぶっそうな単語は私の翻訳ミスですか?」

 ヤバい。カイルは焦った。

「いや、あっている。シルビア嬢の学習の進度は素晴らしい」

「お兄様、そう言ってるそばから護衛を置きざりにするとは何事ですか」

 ファーレンシアがいい点をついたが、それは藪蛇やぶへびになった。

「カイル殿なら大丈夫だろう。何せ剣のを砕いたそうだから」

「刃を……砕く……?」


――この男はシルビアの前でわざと話題を出している!


 カイルはがしっとセオディアの腕をつかみ、小声で言った。

「僕が悪かった。頼む、黙ってくれ」

「おや」

 セオディアは面白そうな顔をした。

「シルビア嬢には聞かれると困ると」

「困る」

「口止め料はそれなりにするが?」

 カイルは第一印象を修正した。若き領主は頭がいいのではない。頭がいいに加えて狡猾こうかつなのだ。

「……僕に何かさせたいわけ?」

「話が早くて助かる」

 セオディアはカイルにだけささやいた。

「西の民が、カイル殿の同席を条件として和議わぎの場への出席を了承した。これにつきあっていただきたい」

「え?」

 そこへ息を切らした護衛達がセオディア達に合流したため、話はそれ以上することはなかった。


 ほとぼりが冷めてから、四人は再びいちに戻った。

 シルビアはセオディアに先程さきほどの質問を続けようとしていた。

「セオディア・メレ・エトゥール、先程のカイルが――」

「シルビア嬢、甘味に興味があるそうだな?」

「え?」

「あちらの露店の菓子は絶品で大人気だ。いかがかな?」

 彼は完璧なエスコートとともに彼女の興味がありそうな露店を案内しけむにまいていた。ファーレンシアとシルビアの甘味談義を聴いていたのだろうか?要点を押さえすぎている情報収集能力だった。

 後ろからファーレンシアとともにそれを見ていたカイルは思わず感想を述べた。

「……君の兄上は、曲者くせものだなあ」

策士さくし腹黒はらぐろですわよ。油断なさらないでくださいませ」

 意外にも妹の評価の方がひどかった。

「でも」

 少女はセオディアの背中を見つめて言った。

「兄が久しぶりに楽しんでいる姿を見た気がします」


「カイル、面白いものがあります」

 シルビアがセオディアとともに露天商ろてんしょうで足を止めていた。

 先程の追求が収まっている様子にカイルはほっとした。このまま忘れてくれることを祈るばかりだ。

 地面に置かれた木箱に純白の小さな毛糸玉が敷き詰められていた。玉巻きされた服飾の工芸素材かと思ったら、違った。

 露天商が売っていたのは、手のひらに乗るくらいの小さな生物だった。毛玉のように見えたが、耳も目も鼻も口もある四つ足だった。

 店主の肩にも見本のためか、一匹がしがみつくように乗っている。動物研究者であるディム・トゥーラが歓喜かんきしそうなネタだった。

「子猫?」

「いえ、子犬に近いのでは?」

「いや、もしかしたら栗鼠りすの子供かも」

「別に尻尾しっぽ齧歯げっし類っぽくありませんが」

「ウールヴェの幼体ようたいだ。珍しいものではない。いちには必ずある代物しろものだ」

「ウールヴェ?」

 愛玩動物ペットのようなものか、とカイルは推測した。

「肉はかなり美味うまい」


「「食べるの⁉︎」」


 驚愕きょうがくの二人の反応にセオディアは少し笑った。

「野生のウールヴェは、な。こちらは幼体から育てて使役しえきする。主人とのきずなができれば、なかなか利口で言うことをきく。私も昔は飼っていた」

 セオディアは何かを思いついたようだった。

滞在中たいざいちゅう、飼ってみてはいかがかな?」

「え?」

「飼育は難しくない。きずなを結べるかは成り行きだが、そう悪い結果にはならないだろう」

「食べるものは?」

「人が食べるものならなんでも」

 返事をする前にセオディアは店主と交渉を始めた。金貨が数枚、店主に渡された。かなりの高額ではないのだろうか?とすると、貴族が常日頃から使役しえきする生物かもしれない。

 いったいどう使役しえきするのだろうか。

「ファーレンシアも選ぶといい」

「え?私もですか?」

「どうした、昔は欲しいと大泣きしたではないか」

「お兄様!」

 兄の暴露にファーレンシアは顔を真っ赤になった。彼女は、その場に腰を落とした。

 木箱の中に、うごめく毛玉の集団に手をのばす。

「こうして手を伸ばすと相性のいい子が勝手に手にのります。別に噛みませんから試してみてください」

 すぐにファーレンシアの手に小さな毛玉が乗った。

 シルビアも真似まねてみた。

「まあ」

 彼女もすぐに選ばれた。キィキィ鳴きながら彼女の腕を白い毛玉が必死に登ろうとしていた。

「かわいいですよ、カイル」

「カイル様もどうぞ」

「うん――うわっっ!」

 カイルが差し出した手に、白い毛玉が一斉に群がった。

「な、何?これは、何?」

「――」

 カイルは手先から腕まで大量の毛玉にまみれた。

「……」

「……」

「……」

「……この場合はどうしたら?」

 カイルは異様な光景に冷や汗をかきながら、セオディアの助言を求めた。

 セオディアがその光景に大爆笑した。

「まあ、予想通りというか、好きなのを選べばいい。なんだったら手に触れている全部でもいいが」

「いやいやいやいや」

 カイルは肩まで登ってきた一匹をつまみあげた。

「この子にする」

 なかなか根性がある。ふと悪戯心いたずらごころが湧いた。

「よし、名前はトゥーラにしよう」

「……彼が知ったら激怒しますよ?」

「ばれないばれない」

 主人が決まったことを理解しているのか、白い毛玉はすぐにカイルの首元の外套がいとうの隙間にもぐりこんだ。


 セオディアは護衛とファーレンシアを残し、城に戻った。多忙な領主がここまでつきあったのが異例なのかもしれない。

 ファーレンシアは、引き続き、街の他の場所を案内してくれた。

 街を見渡せる高台は素晴らしい見晴らしだった。城壁の外には、のどかな田園風景が広がっていた。宇宙での生活が多いカイル達には、強くかれる光景だった。

 城に出入が許されている職人の店は、市と趣きが全く違い興味深かった。意匠が凝っており、明らかに貴族向けだった。ファーレンシアは気を利かせて、肖像画用の絵の具を取り扱っている店を教えてくれた。カイルが喜んだのは言うまでもない。

 カイルが驚いたのは、都市の基盤施設インフラとして上水道と下水道が存在したことだった。街のいたるところに公共の水汲み場があり、動物を象った石の彫刻から水がこんこんと流れ出していた。

 つまり水に不自由していない豊かな国ということになる。

「意外に清潔ですね」

 シルビアも小声で感想をささやく。

「正直、僕も衛生管理がここまですすんでいるとは思わなかったなあ。ただ違和感がある」

「違和感?」

上下水道インフラの技術文献は城の書物には存在しなかった。この街だけ発展しているような印象もある」

「そういえば医学の進歩も妙でした。彼等は手術や縫合術ほうごうじゅつを知らない。これほど街の衛生概念があるならもう少し医学が発展していてもいいはずですが」

「それにファーレンシアのような能力者は見当たらなかった。やはりあの兄妹が稀有けうな例なんだろうか?」

「『精霊の加護』ですか?」

「能力を持つものを『精霊の加護』と称するなら、民衆にもいるかと思ったんだが、探知できなかったよ」

「王族特有の能力ですか?遺伝的なものですかね?」

「支配階級が持つ加護かと思ったが違うようだ。貴族の風体ふうていをしている者も非能力者ノーマルだったし」

「よく見ていますね」

「観察と探知は得意だよ」

「まあ、この時代で精神能力が発達している方が異常です」

「確かに。ディムも同じことを言っていた」

 護衛と何事か話しいるファーレンシアをちらりと見る。

「カイル様、シルビア様」

 ファーレンシアは戻ってきた。

「兄がお二人に専属の護衛をつけるように申しておりました」

 カイルとシルビアは顔を見合わせた。

「僕たちに護衛はいらないと思うけど?」

「自由に街に降りるためには必要ですわよ」

 うっ、と詰まる。つまりは今後街に行きたければ、専属の護衛を承諾しろということだ。

「……これは外堀を埋められましたねぇ」

「……まったくだ」

 本当にあの若い領主は食えない。

「僕たちに人をいていいのかな?」

「もともと今日の護衛達はカイル様たちの専属候補です」

 初耳である。

「多数の専属希望者から兄が候補を絞りました。腕と性格は保証いたしますよ」

「私はできれば女性の方がいいのですけれども」

 あっさりとシルビアが希望を述べた。

うけたまわりました」

「……シルビア」

「街に自由に出入りできるのは魅力的ではありませんか?」

「そうだけど……」

「まだまだ新しい発見がありそうです」

「甘味とか?」

「……そんなことありませんよ」

 やや、返答に間があった。

 観測ステーションでは、甘味や贅沢品の入手は定期的であり、数量も制限されていた。そういう意味では、手軽に調達できる街は魅力あふれる場所だった。

「シルビアがそんなに甘い物好きだとは知らなかった」

「ですから、そんなことありません、って」

 二人のやりとりにファーレンシアは笑う。

「カイル様にご希望は?」

 カイルは考え込んだ。専属の護衛は身近な付き合いになるのかもしれない。神経質な人間は回避したい。

「僕に振り回されても平気な忍耐強い心の広い人がいいなぁ」

「……」

「……」

「貴方はディム・トゥーラを振り回している自覚はあったのですね」

「なんのことだろう」

 カイルはとぼけた。

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