第3章 精霊の知恵者

第9話 帰還失敗

 観測ステーションの中では、ディム・トゥーラとイーレの二人が失望のあまり指揮卓コンソールに突っ伏していた。

 カイルとシルビアが戻ってくる、とメイン・スクリーンから視線をはずした瞬間、凄まじいエネルギーが移動装置ポータルを直撃したのだ。

 確認できる映像記録はそこまでだった。

 けたたましい警告音が移動装置ポータルが消滅したことを告げ、通信障害ジャミングが復活したため、やがてそれもと途絶えた。

 関係者は呆然とした。

 カイルに引き続き、シルビアまで地上で遭難したことになる。

 メイン・ルームは完全にお通夜状態だ。

「……最後の最後でどんでん返しを食らったわね……」

「……あと少しだったのに、なんだよあれは……」


 メインスクリーンを占拠し、二人に呼びだされたクトリが最後の記録を何度も再生していた。クトリ・ロダスの専門は気象学だ。

「これ自然現象じゃないですね」

 クトリが結論をくだす。彼は画面を示し講義を始めた。

「当日の現地の気象映像がこちら。雷雲もない穏やかな天気です」

 クトリは映像をコマ送りにし、一点を示した。

「ここに急激にエネルギーが発生して、地上に向かってまっしぐらです。正確にシルビアの移動装置ポータルを貫いてます」

 むくりとイーレが顔をあげる。

「どういうこと?」

「電位差による放電現象ではなく、純粋なエネルギー体みたいなものじゃないかと。地上では音もなかったんじゃないかなあ。面白い」

「面白くない」

 ディムは不機嫌だった。

「救出作戦が粉砕ふんさいされたんだぞ」

「いや、面白いよ」

 クトリにサイラス・リーは同意した。

「シルビアは死ぬこともなく、地上に降りれたんだ。しかも移動装置ポータルが定着している間は電波妨害ジャミングが消滅した。カイルとも思念コンタクトがとれていただろう?」

「まあ、確かに」

「地上から一度は起動して、キューブとは言え転移が成功している。シルビアが言っていた仮説も興味深い。生命体には手をだせず機械だけを破壊している」

「確かにカイルとシルビアが粉砕ふんさいされてないものね」

 イーレがぼそりと怖いことを言う。

 彼女の発言に男達はひるんだ。


「降りることはできる。座標を確保したから確実だ。問題はどうやって妨害されずに帰還するかだ」

「妨害?」

「明らかに妨害だろう。こう露骨に移動装置ポータルを破壊しているんだからさ」

 サイラスの意見にディムは考え込んだ。

 妨害――そういう発想はなかった。

 帰ることを妨害した。帰らなけれは移動装置は無事だったのだろうか?


 クトリがつぶやく。

移動装置ポータルの定着を建屋内にするとか?上空からの雷撃もどきは回避できますよね?」

「破壊攻撃を想定して強度もあげる必要があるよな」

「先程の映像と移動装置の耐久から、破壊力を逆算してみましょう」

「地上での通信機も欲しいわ」

「体内インプラントか、装飾品に偽装するのはいいかもしれませんね。人間を攻撃できないと仮定するなら有効です」

「ディムが言うように多民族がはびこる乱世なら、降下するなら防衛手段も欲しいなあ」

防護癖シールドの強化は必要ね」

「発動設定を変更するのはどうだろう」

「シルビアの仮説を証明するには、実証実験が必要だな」

「再現性を確認する必要がありますね」

――こいつら研究馬鹿すぎる。いつのまにか事故を研究課題にすりかえている。

 ディムは討論に呆れたが、静聴していると悪くないアイデアが多数でた。

「どうするの?これだけの準備は少人数では大変よ」

 イーレがディムの方を振り返る。

「協力者をつのる」

 イーレは眉をひそめる。

「大丈夫、でかい釣り餌があるんだ」

 ディム・トゥーラは記録装置キューブもてあそびながら嗤った。



 ディム・トゥーラは観測ステーション残留組の目的の専門家に一人ずつ声をかけていった。

 実は非合法に現地の書物が手に入った。なかなか興味深い内容だ。コピーを渡してもいいが、中央セントラルには内緒にしてほしい。そのかわり手伝って欲しいことがあって――ああ、もちろん中央セントラルには内緒で。


 大漁だった。


「さて、準備に時間がかかるが、先に降下希望者をつのる」

 さっと、サイラスとクトリがさっと手をあげる。地上嫌いのイーレは首をふる。

 この状況で希望する二人にディム・トゥーラは呆れたような視線を投げた。

「物好きだな」

「先発降下は俺の専門だ。退屈で死にそうなんだ」

サイラスは強請ねだるように言った。

「餅は餅屋って言うだろ?」

「死亡リスクはあるが?」

「かまわないよ。クローン申請はしてある」

「その言葉、忘れるなよ。言質げんちはとったからな」

 ビシっとサイラス・リーを指さす。

「どうするの?」

「超絶縁仕様の棺桶かんおけだ。破壊できないよう移動装置ポータルを改造する。確定座標はあるんだ。準備には釣った研究員さかなをこき使う」

 ディム・トゥーラは嗤った。


******


 移動装置ポータルが不可思議な現象で破壊された。

 当事者達は目の前で発生した事象に呆然とした。

 何か作為的なものをカイルは感じとった。目の片隅で精霊鷹を見たような気もする。いや、気のせいだ。絶対に気のせいだ。

「帰れなくなりましたね……」

「そうだね……」

「カイル様、シルビア様」

 ファーレンシアが二人に駆け寄ってきた。

「兄が、とりあえず聖堂の部屋に移動することを提案していますが……」

 助言に二人はのろのろと従った。現場ここにいても仕方がないことは明白だった。

 聖堂内の部屋に案内された二人は、セオディア・メレ・エトゥールに勧められるまま、席に座る。

 着席と同時に二人は重い息をついた。

「……まさかこんなことになるなんて」

「……予想外すぎます」

 落ち込みがひどい有様に、ファーレンシアはおろおろと兄に救いを求める視線を投げた。

 セオディア・メレ・エトゥールが、意気消沈いきしょうちんの二人に静かに尋ねた。

「帰る手段がなくなったという理解でよろしいか?」

 どんよりとカイルが頷く。

「では、お二人ともいくらでも滞在していただいて結構だ。領主として歓迎する」

 救済の申し出に、シルビアの方がやや立ち直った。

「……申し訳ありません。しばらくの間、お言葉に甘えさせていただきます」

「いや恩人の滞在は嬉しく思う。ああ、そういえばもしお二方がご夫婦か近しい関係なら、同じ部屋を用意させるが――」

 ファーレンシアが兄の言葉に、はっと息を飲む。そんな可能性は思いもよらなかったからだ。

「いえ、違いますので、別の部屋でお願いします」

「了解した。では女性用の階に一室、長期滞在用の貴方の部屋を準備させよう。もし欲しいものがあれば、ファーレンシアか侍女に遠慮なく申し出ていただきたい。お二人が相談できるよう、専用の談話室も用意する」

「お手数をおかけします」

「恩にむくいるには、まだまだ足りない」

 シルビアは窓から見える大樹に視線をうつした。

「……つかぬことをお伺いしますが、あんな自然現象はよく?」

「いや、はじめてだ」

「……そうですか」

 考え込むシルビアをセオディアは見つめた。それから妹を振り返り尋ねた。

「ファーレンシア、明日は時間があるか?」

「はい」

「客人達に街を案内しようと思う。お前もつきあうように」


 街⁈

 客人である二人がぴくりと反応したことをセオディアは見逃さなかった。

「街……ですか?」

「戦勝で賑わっていることだし、何か必要なものも整えられる。ちょうどいいだろう。カイル殿もずっと城内で退屈であっただろうし、せめてこの間の件で詫びをしたい。案内をするが、いかがだろうか?」

 街。ずっと興味があった民衆の生活が間近で見られるのだ。カイルは興奮して思わず立ち上がった。

「行きたい、ぜひ行きたい」

「元気になったようで何より」

 カイルの反応に、ふっと笑う領主は、人の気持ちをあやつることがかなり上手い。

 カイルはのせられた自分を少し恥じた。


 兄妹が去ったあと、カイルはシルビアに取得した言語知識をコピーして渡した。これで街の散策時に問題が生じることはないだろう。

 シルビアが思い出したように尋ねる。

「なぜ、あの二人だけ最初から言語が通じるのですか?」

 シルビアもカイルと同じ疑問を感じてたようだ。

「わからない。『精霊の加護』の有無かもしれないとファーレンシアは言っていたけど」

「……『精霊の加護』ですか。『精霊』ってなんです?」

 カイルは首をふった。

「非物質な存在らしいが、それがどういうもので、どういう影響を与えているかよくわからないんだ。伝承の中では精霊獣が初代エトゥール王を守っていたようなんだが」

精霊獣せいれいじゅう……けものですか?」

「鳥だったり、獣だったり……。精霊鷹ならたまに中庭にくるよ。赤い鷹でエトゥールの守護と繁栄の象徴らしい」

「面白いですね。見てみたいです」

「僕は絶対に嫌だ」

 カイルはきっぱりと拒否した。

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