ミミクリー・ササクレー

澄岡京樹

ミミクリー・ササクレー

 アルトくんは、自分の右人差し指にささくれができていることに気づいた。ややヒリヒリするものの、だからと言って何ということはなく、「早く治ればいいなぁ」と、そう思うに留まるのであった。


 その晩。アルトくんは0時ごろから寝ていたのだが、深夜3時ごろ、突如何かの囁く声に起こされた。


「なんだよもう……」


 彼は中途半端な時間に起こされたことに苛立ちながら、声のする方を探すのだが、見つからない。というか定まらない。あと、声量は小さい。それが逆に腹立たしい。そして、彼が暗闇の中で体を動かすたびに、その声もまた微妙に位置を変えていく。


 なんだか気味が悪くなったアルトくんは部屋の電気を付けて“声の主”を暴いてやろうとして、スイッチに右手を当てた。


 ——その時、電気がつくと同時に。

 声が指先から発せられていることに気づいた。


 「うわぁぁっ!?」


 と驚きつつも冷静に、彼は指先を凝視した。すると、声が例のささくれから発せられていることがわかった。奇妙な話である。


 とりあえずまずは状況を分析しよう、アルトくんはそう思い、指先に耳を傾けた。そうしたところ、ささくれがなんと言っているのかが聞き取れた。


「……くれー。ささくれー。パンダも食ってる、笹をくれー……!」


 駄洒落だった。アルトくんはマジふざけんなよと思ってささくれを思わず引きちぎった。痛みは伴うが、こんなことを聞き続けるよりは遥かにマシだと、その時の彼は思ったのだ。眠気もあり、アルトくんは冷静ではなかった。


 翌朝。アルトくんの両手の全ての指から、例のささくれが発生発声していた。

 彼は叫んだ。叫んで家族に見せるも、ただのささくれじゃないかと一蹴された。

 友人に見せても同じ返答。またも叫ぶ。

 やけになって病院に行っても答えは同じ。


 そして1週間が経ち、アルトくんは発狂——


 ——するわけではなく、慣れてしまった。

 案外、人は頑丈である。

 ただし、代わりに彼の心は常にささくれ立つことになった。

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ミミクリー・ササクレー 澄岡京樹 @TapiokanotC

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