高校四年生、VTuberになる

音緒

第1話 伝説の男

 桜の花にも蕾がつき始め、冬の寒さもすっかり忘れてきた三月の某日。

 今日は卒業式だ。全校と卒業生の保護者が卒業生全員の門出を祝う式。

 しかし、俺、黒川 翔くろかわ かけるは一人教室の掃除を行なっていた。


「ふう、そろそろ時間か……あいつらは卒業なんだよな。後輩と同じクラスって言うのはなんか変な感じだな」


 簡単に言えば俺は留年した。勉強が苦手だったわけでも、特に大きな問題を起こしたわけでもない。ただ俺は、サボりすぎてしまった。

 毎日のように遅刻、授業中は居眠り、学校イベントの日なんて一人保健室で寝て過ごしていた。

 だから留年だということを聞いた時にはやっぱりか、なんて感情しか沸かなかったほどだ。


「今年サボった分、来年こそは真面目にしないとな」


 去年で俺は十八歳。今年で十九歳だ。成人の引き下げによって、もう世間からはちゃんとした大人として認識されるようになる。できることも増え、逆にできないことの方が少なくなってきた。

 そんな年齢になってまで学校をサボるなんて、考えると少しみっともなく感じてきてしまった。


「それに、今日は合格発表だ。まさかノリで最終面接までいけるとは思わなかった」


 そう、今日が合格通知が俺のスマホへと届くかもしれない日。

 去年無事に十八歳を迎えることができた俺は、ただの暇つぶしのつもりで今動画投稿サイトで人気を博しているVTuberというジャンルの大手企業の新人面接に応募したのだが、それがたまたま書類選考、一次面接を通過してしまい、現在最終面接の合否を待っているのだ。


「できることが増えたからって調子乗った結果がこれだよ……」


 やりたくないわけじゃないのだが、こんなサボり魔でコミュ力も平均以下の俺がVTuberとしてやっていけるという自信がまるでない。

 合格してしまったら辞退するのは勿体無いし、やるしか選択肢はないのだ。

 まあしかしそれらは全て受かった場合の話だ。まだ最終面接の合否待ちで受かったかどうかすらまだわかっていない。とりあえずはスマホに通知が来るのを待とう。


「おっ……!」


 そんなことを考えていると、タイミングを見計らったかのような完璧なタイミングでポケットに入れていたスマホが振動した。

 俺は期待と不安の入り混じった複雑な感情と共に、ポケットのスマホへと手を伸ばした。


「……ほっ!」


 目を閉じ、画面を手で抑えて見えないようにした画面。それを掛け声と共に露わにする。

 まるで大学の合格発表をしているみたいだ。まあ受けていないから詳細はわからないのだが、それでもこの気持ちは負けないだろう。


「よっし! はぁ……」


 画面に出てきたのは合格の二文字とこれからについての案内。

 嬉しい反面、受かってしまったかという不安のため息が漏れる。


「まあこれでひとまず安心……安心なのか?」

 

 机を下げた広々とした教室で一人箒を持ちながらぶつぶつと呟く。

 体育館からはこの学校の校歌が教室まで聞こえてくる。

 しかし今はそんなことはどうでもいい。


「やるならしっかりやらないとな」


 サボり魔でコミュ障の俺がどこまでやれるかはわからない。しかし、それでも期待されている以上下手なことはできない。

 そんな小さな決意と共に、俺は教室の掃除を再開するのだった。


***


「よし、もうそろそろか」


 ぼっち教室掃除から早二週間とちょっと。俺はついに初配信の日を迎えていた。

 スマホには俺を担当してくれるマネージャーの古沢 愛華ふるさわ あいかから初配信開始の合図が送られてきており、俺自身の心の準備も整った。あとは配信開始のボタンを押すだけで、俺のVTuberライフが始まる。


「ふぅーよし」


 緊張による震えを吐き出し、配信開始のボタンを押す。

 緊張して手が震えるのがわかる。それを必死に押さえつけ、自然とは思えない不恰好な笑みを顔に貼り付ける。


「皆さん初めまして、クレット所属の新人VTuber、夜廻 眺よめぐり ながめです」


 クレットは俺が所属する企業の名前であり、デビューする俺の名前は夜廻 眺。どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせる雰囲気に、日本人離れな白髪をもつ高校生と言う感じのアバターだ。


・新人きちゃ!

・声はよし、見た目よし、推す

・女の子四人がデビューして最後を飾るのがまさかの男


「俺は高校生ですが心霊探偵として日々お客様のお話を聞き、幽霊や怪異の駆除を行っています。今回はこのバーチャル業界でも心霊現象が多々あると報告をいただきましてやってきました」


 これは俺、夜廻 眺の設定だ。マネージャーからさっきメールで送られてきた時はかなりびびった。普通こういうものはもっと前に知らされるものだと思っていたからだ。

 まあしかし噛まずにスラスラと言うことができたし大成功。コメント欄もかなり早く動いており、視聴人数は初配信ということもあるだろうが、もう2万を超えていた。


・幽ちゃん逃げて……

・お、幽霊メスガキ特攻きたかww

・おもろい設定してんな

・ここには幽霊いるし吸血鬼いるしゾンビいるし悪魔もいるぞ笑


「コメント読む限りここは俺に適した職場みたいですね。まあ順番ですよ順番。一匹ずつ順番に退治します」


幽現 封 怖いねーw

・幽ちゃん舐め腐ってて草

・舐めてるやろ笑

・いいね、面白い

・最初は幽霊のメスガキがおすすめだよ


 幽現 封ゆうげん ふう、クレットの3期生でリスナーからはメスガキ幽霊として愛される人気VTuberだ。

 俺がこのキャラをやっていくにあたっていつかは必ず関わりを持つであろうライバーの一人である。


「幽現先輩ごめんなさい。世のため人のためにおとなしく退治されてください」


幽現 封 やーだねーww

・先輩呼びはするんだ笑

・世のため人のためw

・後輩を甘くみすぎて速攻駆除されそう

・駆除という名のわからせですねわかります


 こう実際にVTuberとして配信してみるとわかる。前からコメント読んで一人で話すなんて寂しくはないのか、辛くはないのかと思っていたのだが、今目の前の画面に流れるコメントを読んで話すのはとっても楽しい。

 コミュ障の俺がどこまでやれるかなんて考えてた頃が馬鹿のように感じるほど、スラスラと自分の話をできている。

 

「まあ、いやでもこちらから伺いますので首を洗ってお待ちください」


・この新人やるな?

・面白いぞ笑

・最初ちょっと硬いかなって思ったけど全然スラスラじゃん

・コラボ待ってる


 コメント欄も始めた頃とは比べものにならないほど早く動いており、目で追うのがやっとなほどだ。

 それに、幽現先輩の他にもいろいろな先輩たちのコメントがちょくちょく流れてきているのがわかる。


「あ、もうこんな時間か、名残惜しいですが今日はここまでです。人間の皆さんは闇には気をつけておやすみなさい」


・なんだろうかっこいい

・人間の皆さんはね笑

・おもろいしトークもできると来た。期待の新人枠だね

・おやすみなさーい


 時計を見て驚いた。配信を始めてから1時間が経過していたからだ。俺は締めの挨拶をし、コメントを少し眺めると配信を止めた。

 コメントを見る限りはかなりの高評価をもらえたようだ。それに、チャンネルの登録者ももう2万人を超えている。かなりいい出だしなのではないだろうか。


「はぁ……めっちゃ楽しかったな」


 強張っていた体の力がスッと抜け、一気に夢から覚めたような感覚になった。

 不安に思っていたこともただの杞憂に終わり、今はただやり遂げた後の今だ抜けきらない興奮と、これからの期待が胸いっぱいになっていた。


*あとがき

最後までお読みいただきありがとうございます。

新連載ラブコメです。しかし、ラブコメはまだまだ先なのでそれまで主人公がどんなふうにVtuberとして成長していくのかに注目して見てみてください。

投稿頻度はぼちぼちです。できるだけ早く投稿します。





 




 



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