第38話 空が青すぎて

 



「ふぁぁふ……。朝日が目に染みるぅ。あたしは真人と一緒かぁ」


 これといって、何時にしようだなんて約束はしていないのだけれど、久しぶりに真人と二人で行動するのだと思うと、莉奈は早起きをしてしまっていた。


 望みがないことなんて、嫌という程自覚しているというのに、乙女心ってやつは全くもって厄介だ。


「まっ、あたしは期待なんかしてないんだから別にいーけど!」


 一人呟くと、莉奈はいそいそと化粧台へと向かった。

 買ったばかりの口紅をおろして、キラキラと輝くアイシャドウを瞳の上にのせていく。真人には、いつでも一番可愛い自分を見てもらいたいのだ。


「それより、美樹のほうが心配だよね……。まだ距離感も掴めてなさそうだったし、自分の恋を認められないなんて言ってたのに、二人きりになっちゃって大丈夫かな?」


 別行動予定の美樹に想いを馳せながら、今度はタンスから沢山の洋服を出しては、ベッドの上へと放り投げていく。


「美樹があんなに自信が無いのって、やっぱり虐められてたのを引き摺ってるんじゃないかな……。優斗の方は美樹をどう思ってるのか知らないけど、まぁ、優斗なら大丈夫だよね!」


 酷いこと言ったり、怒鳴ったりするキャラじゃないし、と勝手に納得すると、選んだ服に腕を通して、莉奈はとんとんと軽い足取りで階段を降りていく。


「おはよう」


「おはよー!……いいなぁ、皆は外で待ち合わせなんだよね」


「なんだ、いきなり」


 当たり前のように家の中で顔を合わせて、挨拶を交わすと、いきなりため息をついた莉奈に、真人はなんなんだと聞き返した。


「べっつにー。皆は外で待ち合わせてそれぞれ出掛けてるのに、あたしは待ち合わせも無しで、家の中で顔合わせて家でパソコンいじるのかーとか? これっぽっちも気にしてないんだから!」


 わざといじけたように頬をふくらませる莉奈に、真人が肩をすくめる。


「要するに、お前もどこかに出掛けたいんだな……」


「え! なになに! どっか連れてってくれるの!?」


 ころっと態度を変えて、キラキラと目を輝かせる莉奈に、真人は噴き出した。


「ぷっ。なんだよ、そんなにどこか行きたかったのか」


「む……。何、笑ってんの! いいでしょ、別に!」


「ははっ、わかり易くていいな。お前は」


「何よ、それ! それでそれで、どこに連れてってくれるの?」


「そうだな……。って言っても、パソコンで調べものが出来るところじゃないといけないから、お前が期待してそうなところには行けないぞ?」


「出掛けられるなら、どこだっていーの!」


(だって、真人と出掛けたかっただけだもん)


 心の中でひっそりと呟くと、莉奈は少しだけ顔を赤らめた。


「ふぅん? 変なやつだな。でも、スタパットの普及でパソコンが撤去されだしてるからな。未だにあれが置いてありそうなところっていったら……。あそこくらいか……」


 真人は一瞬だけ嫌そうに顔を歪めると、よし行くか、と出掛ける準備を始めた。


「真人? どうしたの?」


 些細な変化に勘づく莉奈を、適当にいなすと、真人は支度を促した。


「どうもしてない。ほら、行くんだろ? お前もさっさと支度して来いよ」


「うん、わかった!」


 バタバタと走って部屋へと戻る莉奈を見て、真人がくすりと笑う。


「まったく、少しは落ち着いたらどうだ?」


「いーじゃん、天気がいい日は外に出るべきなの! それで、どこ行くの?」


「……着いたらわかるよ」


「ふーん?」


 家を出てからも、今にもスキップでもしそうなくらい楽しそうに歩いている莉奈を見ていると、少しだけ騙しているような気がして、ちくちくと真人の良心を罪悪感が刺していた。


  なぜなら今から向かう、パソコンが置いてある場所というのが、真人の父親の会社だからに他ならない。


(この世界のおかしな部分、それに親父もきっと関係しているはずだ。俺も、いつまでも親父のことを毛嫌いしているだけじゃ駄目だ……)


 パソコンで収集出来る情報にも限りがあるはずだ、と真人は父親に話を聞きに行く覚悟を決めたわけだったが、それでも冷静に父親と話し合いをする自分の姿を想像すら出来ないでいた。


(一人で会いに行く勇気がないとか、俺と親父を知っている莉奈だから一緒に来て欲しいとか。勝手なことをしてるのはわかってるんだけどな……)


 真人は心の中で、莉奈を連れていくことの言い訳を重ねると、自分を奮い立たせようと拳を軽く握りしめた。


(俺だけであいつに会ったら……。普通に会話できる自信ないし……)


 早くも帰りたい憂鬱な気持ちを抑えながら、真人は目を細めて空を見上げた。


「ほんと、嫌になるくらい真っ青な空だな」


 雲一つない空で、気分の沈んでいる真人を嘲笑うように、太陽が照りつけていた。


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