第45話「なつやすみのべんきょう」

 夏休みのある日、俺は真面目に勉強をしていた。

 ……ん? なんだかお前勉強ばかりだなって? 当たり前だ、真面目にやってこその学生というものだ。誰に言っているのだろうか。


 スタートダッシュを決めた俺は、夏休みの課題が終わろうとしていた。それで勉強は終わりではない。学びたいことはたくさんある。勉強オタクは休む暇なんてないのだ。


 ふーっと一息ついた俺は、軽く伸びをした。気がつけばだいぶ勉強していたようだ。少し休憩するか……と思ったその時、スマホが鳴った。どうやら通話がかかってきたようだ。俺はそれに出る。


『もしもし』

『あ、もしもしー、ショウタ、今何してるー?』


 かけてきたのはリリアさんだった。俺はいつものようにフランス語で話す。


『勉強して一息ついていたところだよ』

『そっかー、さすがショウタだねー! 勉強するのって大事なんだなー』

『あ、ああ、リリアさん、どうかした?』

『あ、そうそう! 夏休みの課題をやってたんだけど、分からなくてショウタに教えてもらいたいなーと思って! ダメかな?』


 明るい声で言うリリアさんだった。なるほど、リリアさんも真面目に勉強をしていたのだな。まぁいいことだと思う。


『そっか、教えるのはかまわないけど』

『ありがとうー! 今ちょっとパパとママがいなくてね、エマと二人なんだ。家を空けるわけにもいかないから、来てくれないかな?』

『な、なるほど、分かった、行くようにするよ』

「ショウタ、ありがとう! まってます」


 お、おお、今日本語で言ったな。リリアさんもだいぶ日本語を覚えてきたようだな。いいことだなと思った。


 リビングにいた母さんに「ちょっとリリアさんとこ行ってくる」と声をかけて、俺は家を出てリリアさんの家に向かう……って、同じマンションだからすぐ着くのだが。

 リリアさんの家のインターホンを押すと、すぐにドアは開いた。


『あ、ショウタ! いらっしゃい! 上がってー』


 いつもの明るい声のリリアさんだった。隣にはエマちゃんもいる。


『あ、ああ、おじゃまします……』


 玄関の端の方で靴を脱いで上がり、俺はそのままリリアさんの部屋に案内された。いつも通り綺麗に片付けられているリリアさんの部屋のベッドに、俺が買ってあげたポキモンのぬいぐるみが置いてあった。


『あ、ショウタ、いらっしゃいって日本語でどう言うの?』

『ああ、いらっしゃいはこう言う』


 俺はそう言った後、「いらっしゃい」と日本語で言った。


『そっかー、あ、イラッシャイマセって、イラッシャイと同じ感じなんだね!』

『うん、いらっしゃいませは丁寧な言葉って感じかな』

『へぇー、覚えたかも!』


 リリアさんが、「いらっしゃい、いらっしゃい」と、なんだか楽しそうだった。ま、まぁいいか。


『おにいちゃん、エマにもしゅくだいがでてる。おしえて』

『あ、エマちゃんも勉強してのかな、偉いね。なんでも教えてあげるよ』

『うん、エマちゃんとべんきょうする。エマえらい』

『あ、私もー! 数学と理科が難しくてねー、あ、国語もだった』

『ああ、いいよ、なんでも訊いて』


 それからしばらく二人の勉強を見てあげた。難しいとは言っていたが、リリアさんはやはり数学は得意なようだ。俺がヒントを与えると『あ、分かったかも!』と言ってスラスラと解いていく。エマちゃんも算数の足し算引き算など、計算問題に苦戦していたようだが、俺が教えると『あ、わかった』と言って解いていた。


『やっぱりショウタはすごいねー、なんでも知ってる! 私はまだまだだもんなぁ』

『まぁ、勉強は一番自信があるからなぁ。でも二人ともしっかり解けてるから、大丈夫だよ』

『おにいちゃん、どうやったらおにいちゃんみたいに、べんきょうできるようになる?』

『そうだなぁ、学校でちゃんと授業を聞いて、それを忘れないようにすることが大事だと思うよ。エマちゃんは学校楽しい?』

『うん、たのしい。おともだちもできた。いっしょにあそんだりべんきょうしたりしてる』

『そっか、いいことだね……って、エマちゃんって日本の小学校に行ってるのかな?』

『あ、エマはインターナショナルスクールに行ってるよー。さすがに日本語がまだ分からないから、日本の小学校には行けないだろうって、パパが言ってた!』


 なるほど、たしかに小学生では俺みたいにフランス語や英語ができる子が近くにいるとは考えにくい。インターナショナルスクールなら先生たちも外国の言葉が話せるだろうし、色々な国の子たちもいるだろうから、いいのではないかと俺も思った。


『そっか、おともだちができたのはいいことだね』

『うん、リリアとおにいちゃんもおともだち。あ、ちがった、けっこんしてた』

『え!? あ、いや、そういうわけでは……』

『え、エマ!? ご、ごめんね、やっぱり変な言葉覚えてるな……』


 わたわたと慌てるリリアさんだった……って、お、俺も恥ずかしいのだが……。

 ……でも、そんなに嫌な気分ではなかったのは、ここだけの話。

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