第44話「黒瀬さんとの通話は」

 夏休みのある日、俺は真面目に勉強をしていた。

 もちろん学校の課題を早く終わらせるためだ。俺はスタートダッシュで早めに終わらせるタイプの人間だ。そんな人間いるわけがないって? ここにいるから仕方ないではないか。誰に言っているのだろうか。


 今日も順調に進んでいる。ちょっと休憩しようと思って自分の部屋からキッチンへ行った。ここはアイスコーヒーかな……と思ってアイスコーヒーをコップに注ぐ。リビングには母さんがいた。


「あら、勉強は休憩?」

「ああ、うん、だいぶ集中してたので、ちょっと休憩しようかなと思って」

「そうなのね、翔太は偉いわねぇ、夏休みの課題もあるのかしら?」

「うん、そっちから先にやってる。もっと勉強したいことはたくさんあるけど」

「うーん、それもいいんだけど、お母さんとしてはもっと遊んでほしいかなぁ……あ、この前リリアちゃんと出かけたのよね」


 急にそんなことを言う母さんだった。俺は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出すところだった。ま、まぁ、出かけたといえばその通りなのだが。


「あ、ま、まぁ、他の友達と、三人で……」

「そうなのね、友達が増えるっていいことねー、翔太は今まで夏休みに遊びに行くなんて経験がなかったからね」

「ま、まぁ……そうだな、一人がよかったので……」


 ……でも、何度も言うけど、ひとりぼっちよりも友達がいた方がいいのかなと思う俺もいる。『ともだちひゃくにんできるかな』と歌にあるが、そんなにいる必要はなくて、気が合う友達が数人いるだけでも世界は違うんだなということが分かった。


(……こんな俺でも、友達だと言ってくれる人がいる。そのことは大事にしておいた方がいいのかもしれないな)


 以前の俺だったら絶対に思っていなかったことを思いながら、「勉強の続きしてくる」と母さんに言って、俺は部屋に戻った。机に座ってさぁやるかと思ったその時、スマホが鳴った。どうやら通話がかかってきたようだ。画面を見ると黒瀬さんの名前がある。急にどうしたのだろうかと思いながら、俺は通話に出る。


「もしもし」

「あ、もしもし、日本語でよかったですね。リリアさんはいませんので」


 黒瀬さんだから日本語でいいだろうと思っていたのだが、もしかして黒瀬さんは英語で話すつもりだったのだろうか。


「あ、そうだな、俺らなら別に日本語でいいんじゃないかな」

「よかったです。この前はありがとうございました。私もなかなかない経験だったので楽しかったです」

「あ、ああ、こちらこそありがとう。俺も夏休みに友達と出かけるなんて経験がなくて、新鮮だったというか……」

「そうですよね、と言うのは失礼ですね、すみません」

「いや、別に……って、何か用事だった?」

「ああ、用事という用事はないのですが、今綿貫くんやリリアさんは何をしているのかなと思いまして」

「そっか、さっきまで勉強してて、これから再開するところだった」

「そうでしたか、さすが綿貫くんですね。まぁ私も似たようなものですが」


 黒瀬さんも学年で二位になれるくらい、勉強はできる女の子だ。やはり普段からきちんと勉強をしているのだな、俺も負けられない。


「そっか、黒瀬さんは昔から勉強ができる女の子だったのか?」

「そうですね、自分で言うのもなんですが、よくできた方だと思います。まぁ、綿貫くんには勝てませんが」

「いや、まぁ……俺も油断しないようにしないと、黒瀬さんに抜かれそうで」

「そうですね、でも一位にいる綿貫くんはいい目標です。そんな人と友達になれてよかったなと思います」

「あ、そ、そっか……お、俺も、友達というのも悪くないなと思っていたところだ」

「そうですよね、そしてリリアさんも。きっとリリアさんがいたから、私も二人に話しかけることができたんだと思います」


 黒瀬さんの真面目な声が聞こえる。たしかに、リリアさんがいたからこそ、俺たちは友達になれたのだろう。明るくて可愛いリリアさんのことを想像してしまった。

 ……ん? お、俺は何を考えているのだろうか。


「そ、そうだな、きっとリリアさんのおかげだな……」

「そうです。で、綿貫くんはリリアさんのこと、どう思っているのですか?」


 真面目な声で俺に訊いてくる黒瀬さん。え、ど、どう思っている……って、どういうことだろうか。


「え、あ、ど、どう思っている……って?」

「そのままの意味です。リリアさんをどう思っているかということで」

「あ、そ、その……いい友達だなというか……って、は、恥ずかしいんだが」

「友達……ですか。私の気のせいでなければ、きっとリリアさんは、綿貫くんのことが……」

「ん? リリアさんがなんだって?」

「……いえ、なんでもないです。この後リリアさんに通話をかけてみようかなと思います。喜んでくれるといいのですが」


 しばらく通話で話していた俺たちだった。それにしても黒瀬さんは気になることを言っていたような……まぁいいか。

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