第14話

「どうやら、最後の戦いが始まったようですね」

「完全包囲された上に、圧倒的少数で広場に誘い出されたのです。これではカイン殿下と言えどもひとたまりもありますまい」

「そう、ですね……」

「そうですとも」


 どこか釈然としないものを抱えつつも終幕が近いことを感じたアベルの言葉に、何度も頷く最高幹部の老人。

 その顔には、不安と緊張を残す他の幹部たちとは違って、計画通りにうまく行ったといった満足感が見て取れた。


「それにしてもお見事でした。まさかここまで思い通りに王太子を誘い出すとは。まるで名うての軍師のようでしたよ」

「い、いやはは。昔取った杵柄というものでしてな、何とか成功して安堵しました」


 その言葉の通り、この反乱の肝であるカイン討伐作戦は、アベルの隣にいる最高幹部の老人が発案したものだった。

 その、いわば素人による机上の策が、百戦錬磨の傭兵たちや三大騎士団にもあっさり受け入れられたのは、アベルにとっても予想外の出来事だったが。


(もしかしたら、この反乱には裏で糸を引いている人物が――いや、そんなことは重要じゃないか)


 頭に浮かびかけた考えを振り切っったアベルは、この先の展開に思考を巡らせることにした。


「それで、カイン殿下を討った後の段取りは、どうなっているのですか?」

「はい、殿下のご遺体とともに王城に入り、陛下に謁見します。そこで隠された王家の血族の方にご登場していただき、その場で王位継承の儀式を執り行います」

「陛下にですか!? ずっと意識がお戻りになっていないという話だったのでは?」

「お体を悪くされているのは本当ですが、ここ最近は意識だけははっきりされているとのことです。何分、極秘かつ不明確な情報でしたので――申し訳ありません」

「いえ、それだけ聞ければ十分です」


 カイン討伐の策といい、最高幹部の老人が何か隠し事をしていることを感じつつも、これまで同盟と自分に対する貢献を思えば信じるほかないな、とアベルは割り切ることにした。


 と、そこまでのことを考えた時、アベルの中で今こそあの事を聞くべき時じゃないかと、ふと考えが浮かんだ。


(そうだ、僕たちがお仕えするお方のことを、そろそろ教えてもらってもいいんじゃないか?)


「そういえば、そのお方とは――」

「見てくださいアベル殿! 包囲が一気に縮まりましたぞ!」


 見ると、激しい金属音が響き続けていた前方で、いつしかその音量を圧倒的に減らしていたことに、今更ながらに気づいたアベル。

 そして、命のやり取りの気配が途絶え、ついに前方の広場に静寂が訪れた。


「…………終わりましたか」

「はい、一代の英傑が死を迎え、新たな時代の幕が上がりました」


 近年、圧倒的な武力と平民からの人気で王国の実質的な支配者となっていたカインの死に、示し合わせるでもなく同盟幹部は一様に黙祷を捧げる。

 少しの間、本陣に沈黙が続いた後、最高幹部の老人は思い出したようにアベルに話しかけた。


「そう言えばアベル殿、何か私に話があったのでは?」

「あの、以前話されていた、隠された王家の血族の方のことを教えてもらおうと思いまして」

「……そうですな、そろそろお伝えしてもいい頃合いでしょう」


 老人の思い悩む時間がアベルの予想外に短かったのは、告白のタイミングをあらかじめ決めていたせいだったのか。

 これまでの、アベルへの信頼を寄せるものとは違う、彼らしからぬひたむきな目で老人は語り始めた。


「現国王陛下が密かに存続させた王家の血、その正体は――」


 その時、アベルはなぜか老人の顔を見ずに、俯いた姿勢で話を聞いていた。

 重すぎる話に思わず下を向いてしまったのか、それとも何か予感めいたものがあったのか。

 それはアベル自身にもわからなかったし、この先も知ることはなかった。

 なぜなら、話の途中で急に老人の声が遠くなったと感じたアベルが上を向いた時、老人の首は胴を離れて宙を舞い、その口からは血が噴き出して永遠に語ることをやめていたからだ。


「あ、は、はは」


 見ると、アベル以外の同盟幹部の首も同様に胴体と切り離されていて、疑う余地もないほどに全員が絶命していた。


 そして、アベルの目の前には、傭兵から奪い取ったのだろう、身の丈を超える無骨な大剣を担いだカインが、敵の血で全身を染めながら、たった一人で立っていた。

 両の目に映る、現実離れした悲惨な光景も、カインがやったものだと理解した途端に全てを納得してしまった自分に、アベルは不思議を感じていた。


「貴様が首謀者だな?」

「はい、同盟盟主にして今回の反乱の首謀者、アベルにございます」

「そうか。すでに分かっていると思うが、貴様の負けだ。最後に言い残すことはあるか?」

「この場にいる者たち以外は、私たちに騙された人たちばかりです。どうか寛大なご処置を」

「聞き届けた。では、逝け」


 カインの持つ大剣が自分の首を薙ぐ瞬間、


(ああ、この人の瞳は、僕と同じ色をしている。もし、もし、この人と違う出会い方をしていれば――)


 そんな思いを抱きながら、アベルの視界は急速に流れ、上昇し、永遠の闇に閉ざされた。

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