カインとアベル ~覇王建国記 双星の章~

佐藤アスタ

第1話

 その日、トーラ王国に待望の王子が生まれた。

 本来なら即座に国民を挙げて祝うべき慶事なのだが、未だごく一部の王宮関係者のみの秘密のまま、その中心というべき王宮のさらに奥深く、後宮のさらに最奥の部屋では、重苦しい雰囲気の中で密談が交わされていた。


「なんということだ、まさか双子が生まれてしまうとは……」

「王よ、お気を確かに」

「う、うむ、……大臣よ、まだ王妃には伝えていないのだな?」

「はい、予想以上の難産であったこともあって、王妃は体力回復のために薬で眠っております」

「ふむ、……では、双子が生まれたことはここにいる者だけの秘密とする。この国にとって双子は存在自体が不吉、もし生まれれば即刻二人とも息の根を止める仕来り」

「しかし王よ! それではこの国はどうなります!? 王と王妃の間にやっと生まれた待望の男子、まことに無礼ながら、王妃におかれましてはこれが最後の機会でありましょう。しかも、側室の方々は王太子を生むには家格の差が同程度の弱家ばかり。これで王妃以外の胎から世継ぎが生まれるとなると国が割れるのは必定!」

「わかっておる。国の行く末を思えば、この子らを死なせるわけにはいかぬ。ならば方法は一つ、どちらか一人を王子として諸侯に披露し、もう一人はいなかったことにするしかない」

「では、どちらの御子を――」


 大臣はそこで言葉を途切れさせ、王の決断を待った。

 しかし、結末はすでに見えていた。

 なぜなら、双子誕生直後に行われた宮廷魔導師の魔術によって、まるで片方がもう片方のあらゆる才能を奪ったかのように、歴然とした差が生まれていると判明したからだ。


「では、こちらのカインを跡継ぎに、そしてこちらのアベルを、信頼のおける孤児院に孤児として引き取られるよう密かに手を回せ」


 大臣は安堵と驚愕をほぼ同時に味わった。

 王命の前半は大臣の予想通りのものだったが、もう一人の子を助けるとという命は、完全に慮外のものだったからだ。


「王よ、僭越に僭越を重ねるようですが、のちの禍根となる芽は今のうちに摘み取っておくべきかと」

「大臣。くどいようだが、アベルに王たる資質は微塵もないのだな?」

「それは間違いなく。診断した宮廷魔導師は、あのハーゲンベルク師です。彼の魔術で見抜けぬ才能は有りませぬ」

「そうか、ならば余とお前、そしてハーゲンベルクが口をつぐんでさえいれば、他に漏れる危険はないわけだな。そうなれば、だれがこの子を王子だと思うであろうか? これも神が与えた試練だ、余にとっても、この子にとってもな」

「……王の御心のままに」


 はっきり言葉にこそしなかったが、王はもう一人の子を生かすように命を下した。

 すぐさましかるべきところに預けるべく、才能のない王子、アベルを抱いて下がろうとする大臣に、王が言った。


「大臣、このことを知っているのは余とお前、そしてハーゲンベルクの三人だけだ。そうだな?」

「……は、その通りで御座います」


 この日、王妃の出産に立ち会った医師、看護師、助産婦など、すべての関係者が行方を断った。

 その後、目撃されることも永遠になかったという。

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