俺のささくれが勝手に喋り出したんだけど

否定論理和

人面瘡

「息子よ、ここに呼ばれた理由は分かるな?」


 静謐な空気が包む道場。常日頃から厳格な父は、尚のこと顔をしかめて問いかける。


「わかってる……怪異の話だろ?」


 歯切れの悪い返答だ。自分で言っててそう思うのだから、言われた父にも当然そう思われているだろう。


 怪異、それは人とは異なる世界に生きる存在。悪魔や妖怪と言った世間的に名の知れたものもいれば、子供の空想めいたふざけた生き物だっている。


 俺や父は人と怪異の間に生じる問題を解決するため陰ながら活動してきた一族、対怪手たいかいしゅの血を引いているらしい。幼いころから怪異と語り合い、時には打ち倒すために技術や知識を学ばされてきた。


「対怪手の一族は怪異と関わるからこそ怪異に憑かれやすい……いっつもしつこいくらい言われてるからわかってるよ」


「わかってるならば何故祓わない」


 父は責めるわけでもなく、あくまでも淡々と問いかける。


 ……そう。今俺は怪異に憑かれている。怪異にも色々いるがその前提として人とは文字通り住む世界が違うという点は共通しており、どんな形であれ怪異と関わることで人間によくない影響を及ぼすのだ。直接憑かれてしまったのならばその影響は無視することができず、対怪手としては当然それを祓うべきだ。……と、頭ではわかっているのだが


「でも、でもさあ父さん!」


 不合理なことは分かっている。それでも精一杯の勇気を込めて父に反抗するために声を絞り出す。


「俺、このままだと対怪手としての初仕事が”爪切りでささくれを切った”とかになっちゃうんだけど!」


「あ?ワシを切るのが不満だってか?」


 間髪入れずに不満の声が上がる。声の主は俺の右手……正確に言えば右手親指にできたささくれだ。


「この人面瘡様を切れるってのになんだテメェはよぉ、これだから最近の若者ってのはよォ」


「ぜっっっっっったいちげぇよ!百歩譲ってささくれごときが瘡を名乗るなよ!」


 人面瘡。人間の皮膚にできた傷や腫瘍が人の顔のようになり、時折意志を持って喋り出すというものだ。奇病だとも妖怪だとも言われるが、どういう訳か俺の体にできた人面瘡はささくれサイズだった。というか喋りだすまでささくれが人面になっていることに気付けなかった。


 ちなみに瘡というのはカサブタとか傷とか腫れとかなんかそういうタイプのものを言うらしい。


「息子よ、言葉が通じる怪異に感情移入してしまう気持ちは私もよーーーーくわかる。だがな、怪異は怪異なのだ。時としてそういう怪異を祓ったり、祓わぬまでも怪異の世界に送り返す。それこそが人と怪異のバランスを保つために必要なことなのだ」


「違うんだよなぁ……そういうんじゃないんだよなぁ……」


 怪異と戦う使命は恐ろしくもあったが、それでも世のため人のために陰ながら戦うというのは悪い気はしていなかった。誇りある使命だと思っていた。その初仕事が爪切りひとつで終わってしまいそうなのは、なんというかあまりにもショボいではないか。


「小僧、ワシも怪異の端くれだ。人と深く関わるべきじゃないってことは弁えてる。なぁに、怪異は現世で死んだところで元の世界に戻るだけよ。やるなら思いっきり切ってくれい!」


 なぜか知らないが父もささくれ風情も示し合わせたかのように”怪異を切るのが忍びない”みたいな方向に持っていこうとしているが、別にそんなことは無い。怪異のサイズがせめて大型犬くらいあって、俺の手に握られているのが妖刀とかならそういう空気になるのもわかるのだが生憎と爪切りでささくれを切ることに心を痛めるほど繊細ではない。


「いや、本当に違うんだ……正直、切ろうと思えば今にでも切れそうなんだけど……なんか……初めて祓う怪異がこれってさあ……」


 我儘を言っている自覚はあるのでつい言い澱んでしまう。わかっている。これは自分勝手な話だ。どうせ怪異なんてものを相手にする使命があるのならば、せめて凶暴な怪物を倒すとか、或いは友情を深めた末に分かれるとかなんというかそういう憧れが打ち砕かれてしまったことに不満を抱えてしまっているに過ぎない。


 それを見かねたのか、父は顎に手を当て少し考えるような仕草をしてから


「そうか……わかった」


 ゆっくりと呟いた。


「わかった、って何が?」


「怪異と人は決して同じ世界にいることができない。無理矢理祓うか、穏便に追い返すかの2択だ。お前にはずっとそう教えてきた。だがな……そうではない、第3の選択肢があるのだ」


 驚きに、思わず下がりつつあった顔を上げる。ついでにささくれも少し動いたような気がする。さらについでにささくれが「マジか!?」と言った気がするのだがささくれは声のボリュームもささくれサイズなので意識がそれているとうっかり聞き逃してしまう。


「じゃあ、このささくれをどうにかできるのか?」


 高揚しているのか、自分でもわかるくらい声が上ずった俺を前に父は静かに頷く。


「うむ。これは本当ならば一人前の対怪手になってから教えようと思っていたのだが……お前ももう14歳、そろそろ知っておいていいだろう。いいか……」


 神妙な面持ちの父を前に、思わず居住まいを正してしまう。ついでにささくれも心なしか真っ直ぐになった気がする。


「これは式神の法と言ってだな、対怪手がその生涯に1体だけ、怪異を己の従僕として使役する術だ」


 想像する。例えばモンスターを捕まえて戦うゲームのように、或いは魔物の子供と共に戦う漫画のように、自分がささくれを従えたり、並び立って戦う姿を。


「やり方は……」


 父がそこまで言った瞬間、俺はほとんど無意識にささくれを切っていた。爪切りで。


「ククク……小僧、やればできるじゃねぇか……」


 なんかささくれからそんな声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。


「息子よ、いつの間にかお前も大人になったんだな……」


 感慨深そうにしている父、そこに水を差すのもなんだか悪い気がしてしまったので


「ああ、男子三日会わざれば何とやらっていうだろ?」


 なんとなく、なんかいい雰囲気っぽいセリフで空虚な返答をしてしまっていた。

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俺のささくれが勝手に喋り出したんだけど 否定論理和 @noa-minus

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