恋とチョコレートと、ホワイトスワン作戦

ケイティBr

はじまりと、チョコレート

 バレンタインデーの朝、学校中が甘いチョコレートの香りに誘惑された男子たちと、そわそわする女子たちの気持ちで溢れていた。


 俺、橋本 遼はしもと とおるは、いつも通りクラスの隅で本を読んでいた。世界中がバレンタインデーだろうが、俺には関係のない日。少なくとも、そう思っていた。


橋本はしもとくん、ちょっといい?」


 耳慣れない声に、遼は顔を上げた。目の前に立っていたのは、クラス一の美少女である白鳥 美咲しらとり みさきさんだった。


 彼女、白鳥 美咲しらとり みさきは吹奏楽部のスターで、ホルンを吹いていた。


 その熱心さは、部活動に限らず、どんなことにも全力で、誰の目にも魅力的な女の子だった。


 でも、その日の白鳥しらとりさんは、頬を少しだけ赤く染めており、その手には小さくて可愛らしいラッピングのチョコレートが有った。


 白鳥しらとりさんと俺は、今まで話したことなんてなく、ただのクラスメイトだった筈だ。


(え、なんで?  どうして?)俺の心臓が、バクバクと不規則に跳ね始める。


 突然の事で、泡を食ったような顔をしている俺に、白鳥しらとりさんは、クスリと笑ってしまった。


 俺は、恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になった。


「はい。これ義理チョコだからっ」白鳥しらとりさんがチョコを差し出した。周りの視線が痛い。


 朝っぱからのチョコの受け渡し現場に遭遇して、クラスのみんながこっちを見てる。


「ありがとう、でもなんで俺に?」ついそう尋ねると、白鳥しらとりさんはにこっと笑って「気にしないで。橋本はしもとくんにはいつも感謝してるからっ。じゃあね!」と言い残し、いつもの女子グループの元へ向かっていった。


 俺は、手に持った可愛らしいプレゼントを見ながら、ただただ、ぼんやりとしていた。


 なんだか心臓がおかしい。速すぎる。これって病気? あぁ、俺は恋の病いにかかってしまったのか……?


 ――放課後、俺は2年生になった時、別のクラスになってしまった親友の田中 悠人たなか ゆうとに今日の出来事を報告した。


 すると悠人ゆうとはニヤニヤしながら、俺を肩で小突く。


「おーい、りょう。まさかの本命チョコゲットじゃん! やったな!」

「いや、白鳥しらとりさんは義理だって言ってたよ」

「そんな理由あるかよ。こんなにちゃんとした物を渡してんのによ」


 俺は、ため息をつく。本命なわけない。そんなわけ……あるのか?


 俺の態度に、悠人ゆうとは不思議そうに訪ねた。


「どうした? 嬉しくねーのか?」

「信じられなくてさ。悠人ゆうとも一年の時の事を覚えてるだろ?」

「あぁ、まぁそうだな。りょうは、騙されてたもんな。やってらんねーよな。青少年おれたちの純情を弄びやがって!」


 あの時は、下駄箱に入っていた手紙に踊らされて、ノコノコと呼び出されたんだ。


 散々、馬鹿にされた上で『陰キャが身の程を知れ』と言われたんだっけか。


 夕日が落ちて、暗くなり始めた道を肩を落として、俺と悠人ゆうとは歩いていた。


「はは、だから。どうも信じられなくてさ」

「分からんでもないが、白鳥しらとりさんは、そんな事しないと思うぞ。俺は隣のクラスだけど、悪い評判なんて聞いた事ないし」

「でも、義理って言われると、そうなのかな? って思うじゃん。今まで特に話したことなかったんだぜ?」

「まぁ、とりあえず、チョコを食ってから考えろよ。白鳥しらとりさんに感想を伝えないとだろ?」


 俺の肩を叩きながら、悠人ゆうとはそう言った。


 1年生の辛い時も何かと気にかけてくれた悠人ゆうとは本当にいいヤツだ。


「そうだな。ありがとう悠人ゆうと

「おう、それじゃまた明日な!」

「うん。また明日」


✧✧✧


「ごちそうさま」

とおる、アンタ今日は、それだけしか食べないの?」

「う、うん。ちょっとお腹いっぱいで……」


 俺は、母さんから生暖かい目を向けられて居心地が悪くなっていた。


 すると何かを思い出したように、台所へ行きレジ袋からチョコレートを取り出して俺と父さんに渡した。


「ふーん、そうなの。あ、これ義理チョコね。はい。お父さんのも」

「ありがとう。というか、俺のも義理なのか?」

「……今、渡すのかよ」


 ショボンとしてしまった父さんと俺は、おざなりに渡されたチョコレートに心がささくれだっていた。


 不満そうな俺たちに対して、母は包丁を手にとって――


「何か不満でもあるの?」と言ったので、俺たちは平謝りをした。


✧✧✧


 その夜、俺はベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。


 その手には白鳥しらとりさんからの義理(可愛らしい)チョコと、母からの義理チョコ(パッケージのまま)が有った。


「どう見ても本命チョコだよな、これ。母さんのチョコが義理なのは、見たまんまでわかるけどさ」


 比較することで、より感じる小さな期待が俺の胸を焦がした。


 白鳥しらとりさんが、どうして俺に興味を持ってチョコレートをくれたのかは分からないけど。


 チョコの感想と伝える為に、俺は可愛らしいラッピングを丁寧に解き。


 現れたシフォンチョコレートを口に放おった。


 チョコについていた粉に一瞬蒸せてしまったが、そのチョコレートはビターな味わいで俺の好みだった。


✧✧✧


 翌日、白鳥しらとりさんにお礼をするイメージトレーニングに余念の無かった俺は、上の空で道を歩いていた。


 その時、眼の前で男の子が転んでしまった。


「いてて……」松葉杖を落としてしまって、膝を抱えている男の子に俺は声をかけた。


優太ゆうたくん、大丈夫?」

「あ、とおる兄ちゃん、ちょっと転んじゃって……」


 その男の子は、1年くらい前から、俺が学校へ通う道すがら松葉杖を手に学校へ向かう小学生だった。


 彼は、昔から足が悪かったが、こうやって一人で学校に通っているのだった。


 俺は、よく見かけるな。と思っていたが、ある日、転んだ時に足を痛めてしまった優太ゆうた少年に肩を貸して学校まで送ったことが有った。


「学校まで送って行こうか? 優太ゆうたくんの学校は、俺の学校の途中だしさ」

「ありがとう。とおる兄ちゃん」


 こうやって、お互いに声をかけたり時には学校に送ってあげたりする仲だった。


 元々は、家族が送ってくれていたが、小学校高学年になったし。独り立ちしたいと優太ゆうた少年が家族に言って、一人で通うようになったそうだ。


 そうして俺たちは、他愛のない話しをしながら学校へ向かった。


✧✧✧


 朝の喧騒に包まれたクラスと、昨日のバレンタインで何も貰えなかった男たちが白く燃え尽きている気だるさが混じった中。


 俺は、学校に到着して白鳥しらとりさんの元に向かった。


白鳥しらとりさん、昨日のチョコレート美味しかった。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。気合を込めて作ったかいが有ったわ」


 俺の言葉に花が咲くように口元をほころばせた白鳥しらとりさん。


 その表情を見ていると、俺の鼓動ビートが乱れて、跳ね上がった。


 耳まで、真っ赤になってしまってるのが自分でも分かる。やっぱり俺は、白鳥しらとりさんによって病にかかってしまったようだ。

 

「あの、昨日のって義理……だったんだよね?」 でも、俺はそんな気持ちとは裏腹な言葉を口走ってしまうと、白鳥しらとりさんは、驚きで目を見開いた後、小さく頷いた。


「そ、そうよ。義理、だったわ」


 白鳥しらとりさんも、俺の言葉に頷いてしまい。何だか変な空気になってしまった。


 先ほどの言葉を撤回したいが、上手い言い回しを思いつけなかった俺は――


「お、お返しはするから!」

「は、はい! 待ってます!」


 と、なぜかクラス中に聞こえるような大声で叫んでしまった。


 白鳥しらとりさんは、吹奏楽部で培った肺活量だろうか、俺よりも大きな声で返事をしてしまって二人で注目を集めてしまった。


 その瞬間、俺は心に決めた。「ホワイトデーには美咲さんへの気持ちを込めた特別なお返しをしよう。そして彼女のキモチを知るんだ。


 ――それが『恋とチョコレートと、ホワイトスワン作戦』の始まりだ。


おわり


―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


KAC20244お題、ささくれ


書いていたら少なくとも1万文字コースの内容になりそうだった為、一旦こちらで終わりとします。

つづきが気になるよ。と言う形は、✧・フォロー・いいねで応援お願いいたします!


それでは、また別の作品でお会いしましょう。

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