第19話 あれから……

グレイスの死から4年後。


マーブルシティから遥か南西。

アバロニア最大の面積を占める

無法大陸。


その名の通り、この大陸には

法は存在せず、国も存在しない。

全世界から追われる者となった犯罪者。

住む土地が無くなった難民。

そして、好んで居座る闇ギルドや

不法に手を染める冒険者たち。

そんな者たちから生まれた、幸せを

知らない子供達。


多くの種族が生きるために、

己の正義に従って死に物狂いで

毎日を生活していた。・


殺人、強盗、強姦。


アバロニアの闇がそこにはあった。


「どうぞご覧ください!!

このヒューマンの男の奴隷を!

健康的で筋肉もあります!

力仕事にはもってこいですよ」


裸体にされたヒューマンの男。


その奴隷をまじまじと無法大陸の

富豪たちが値踏みする。


「続いては、このドワーフだ!

鍛冶屋として働かせるんだったら

この奴隷が最適ですよ! 

今なら値段もお安くしておきます!」


奴隷市場。

裸にされた奴隷たちが商品として

売られる。


マーブルシティではありえない光景が

無法大陸では当たり前に行われていた。


「最後に本日の目玉商品です!」


赤い布を奴隷商人が勢いよく剥がす。


普通であれば、ここで綺麗な

エルフの若い女が売られるのだが、

今回は違った。


檻の中にいたのは、

外の様子を興味津々で眺める

人間の少女だった。


それにがっかりした様子の富豪たちだったが、


「まあまあそう慌てず、

この少女の姿をよくご覧ください」


奴隷商人は檻を開けて少女を外へと

連れ出した。


その少女はされるがままで

逃げる様子もなく、ぼけっとしていた。


「この美しい銀髪。

長年この商売をしていましたが、

ここまで美しい髪をしている

ヒューマンは初めて見ました。

顔も整っていますので、

あと5年もすれば夜の仕事もこなせる

良い奴隷になりますよ。

そして、なにより、この目!」


その奴隷商人の言葉に富豪たちは

じーっと少女の眼を見詰めた。


その輝いた宝石のような白眼。

まるで、見るだけで吸い込まれそうな。

その異常な神秘さは、美しさを超えて、

恐怖すら感じてしまう。


「……500万」

誰かがそう言った。


「550万!」

「俺は700万出すぞ!」


その少女は今日最大の値で売れた。


「いい買い物した~」


その少女を買った富豪は、

少女に服も着させずに、

首輪を乱暴に引く。


「いやああああ! 痛い!!

やめて!!!」


先ほどまで好奇心旺盛に

周りを見ていた少女だったが、

今はその乱暴な主人に耐えかねて

暴れだした。


「おい! 暴れるな!」


その態度に主人は自ら

少女の腕を引っ張る。


直後、その少女は主人の手に噛みついた。


「いったあああい!!

よくも……やったな……

このガキ……おい、ルード」


「はい」


この無法大陸では金を

持っているとそれだけで

命が危ういので、自分の身を守ってくれる

冒険者を護衛として雇っている。


「やれ」


その言葉にルードは鞭を取り出し、

少女の華奢な体を打った。


「いやああああああああ!!」


驚くほどの痛みに少女は涙を流しながら

悶え苦しむ。


「あと、100回」


「はい」


スパン!!

スパン!!


街中に痛々しい音が響き渡る。


そのあまりの光景に無法大陸の住民ですら

同情の眼で見つめていた。


30回を超えたころには、少女が蹲り、

鞭で打たれたところは

ミミズ腫れができていた。


50回を超えると、

少女の悲鳴は枯れて、声がでなくなっていた。


70回を超えると、少女の体中から

血が噴き出した。


100回を到達した頃には、

少女はぴくりとも動かなくなった。


「セリファ、治してやれ」


「はい」


すると、もう一人の従者であるセリファが

少女の元に駆け寄る。


その様子を見ながら、

主人は口の端を吊り上がらせた。


「そうやって、痛めつけた後に優しくして、

自分に従順な奴隷を作り上げるのが

お前の趣味か?」


そのときだった。


人垣の中から声がした。


「はあ? 誰だ! 私にそう言ったのは」


そう主人が怒鳴ると、その者はゆっくりと

人の間を縫って出てきた。


腰に帯びた二本短剣。


体を覆い隠すマントとフード。

そして、フードから覗かせる不気味な仮面。


「図星だろ? 随分と慣れた

手つきだったじゃないか。

そうやって、何人もの奴隷を

調教してきたんだろ?」


「だ、だったら何だ!?

これは私の物だ! 私が買った物だ!

だから、私が好きにしていいんだ!」


「お前の物?」


「そうだ! 

貴様のような貧乏人では

一生かかっても買えはしない!

そうか、分かったぞ! 

貴様、この奴隷が欲しいんだな!?

ははは! 残念だったな。

お前ではこいつには触ることもできんぞ!」


そう騒ぐ主人を尻目に、仮面の男は

ぐったりとした少女に視線を送った。


その少女と目が合った。

目が充血し、歯が折れ、

口からは血が垂れている。


その少女は口を動かした。


「助けて……分かった」


仮面の男は少女の口の動きを見ただけで

そう理解した。


「どうやら、その子はお前の物に

なったつもりはないらしいぞ」


「は、はあ!? 

それは奴隷なんかに決める権利など」


「まあそれに、ぶっちゃけると

俺もその女の子が欲しいんだ。

だから、もらうぜ」


そう言って、仮面の男は双剣を抜く。


「はは! 馬鹿め! おい! ルード!」


主人の命令にルードが立ちはだかる。


ルードは鞭を捨てて、長い剣を抜いた。


「剣を捨てて降参しな。

こんな俺でも前はそれなりに

名の知れた冒険者だったんだ。

お前に勝ち目はねえよ」


そう余裕そうに言うルードの目の前で

仮面の男の動きは止まった。


「なんだ? びびってるのか?」


いや、止まったのではない。

見られている。

ルードはそれに気がついた。


「俊敏力A、攻撃力S、防御力C。

おおよそ、Aランク冒険者くらいか」


「何言ってるんだ?」


その仮面がようやく口を

開いたと思ったと同時に、


「……え?」


ルードの首は宙を舞った。


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