第16話 罠

その拳を受けると龍の強靭な鱗ですら

破壊されると言われていた。

だから、受ければそれで終わりだ。


それをぎりぎりのところで躱し続け、

切っ先を何度も何度もこの男の体に突いた。


その二人の戦いは青焔ですら介入できぬほど

怪物じみていた。


やがて、その受け続けたダメージが蓄積し、

体の動きが鈍り始める。


終わりを告げていた。


餓狼は渾身の一撃でグレイスの

心臓部を射抜いた。


正直、あの巨人に受けたダメージがなければ、

ここにいる全員が束になっても勝てなかった。

そう餓狼は思った。


倒れる直前で、グレイスは

その血に濡れた手で餓狼の肩を掴んだ。

その手にはもう力が残っていなかった。


「餓狼……俺は……仲間だと思っていた……」


涙声が餓狼の耳に届く。


餓狼は刀身を鞘に納めた。


「そうか」


それだけの返事だった。

しかし、その言葉には少なくとも

冷酷な感情はなかった。


それに気が付いたグレイスは涙を流し始める。


「きっと俺が駄目だったんだよな……

お前のその気持ちに

答えられなかった俺が……」


餓狼は返事をしなかった。


力がなくなったグレイスはばたりと

その場に倒れる。


「俺のギルドは……どうなる……?」


餓狼は視線を逸らした。


その反応にグレイスは色々と

察した様子で


「そうか……」


涙を流した。


死ぬ直前になって、

グレイスは仰向けになりながら

視線を動かした。


何かを探しているように。


そして、最後の力を振り絞って、

こう独り言を呟いた。


「きっと……また現れるさ。

俺の意志を継いでくれる奴が。

だから、そいつがその器になったら

そう伝えてあげてくれ」


「……何を……言ってやがる」


餓狼は初めて無の表情を変えて、

眉を歪めながら訊ねた。


「一体誰に……何を……」


「おま……マ……れ……」


それがグレイスの最後の言葉だった。

あまりにも弱弱しい声で聞き取れなかった。


「……グレイス」


そのとき、餓狼ははっとした。

グレイスが口にした言葉。

それは間違いなく、自分に向けられた

言葉ではなかった。

そして、グレイスたちがここに着地した時、

瀕死だったエリシアが直ぐに復活した。

遠くから俯瞰していただけだったから、

彼らが何を話しているのかまでは

分からなかった。

てっきり、エリシアが自分に

回復魔法をかけたのかと

思ったが、もしかしたら、

もう一人……ここにいたのか?

いや、さっきのグレイスの視線の

動きと口ぶりから

今もいるように思える。


餓狼は鋭い視線で辺りを見渡す。


「考えすぎか」


餓狼はまた表情を無に戻し、刀身を納める。


「ようやく死んだか。この化け物」


青焔は苦笑しながら歩み寄って来た。


「けど、あのガキ逃げちゃったね。

追いかける?」


「……どっちでもいい。

あいつが真実を言っても、何も変わらない。

お前のイーターの能力は誰も知らないし、

俺らのアリバイはある。

それに、もしバレたとしても、グレイスが

死んだ今、もう何もかも遅い」


「まあそうだね。俺たちの脅威は

グレイスだけだったし。消すのには苦労したよ。

まあでも、こんなおまけも手に入れられたし、

いいか」


そう魔法石を眺めていた青焔ははっとして

何かを探すように辺りを見渡す。


「そうだ。

餓狼。そろそろこの上の空洞から

ルンベルたちがロープで降りてくる」


「そうか」


餓狼は亡くなったグレイスの遺体を

運ぼうとした時だった。


「あ、待って」


餓狼は振り向くと、

青焔は口の端を吊り上げながらこう言った。


「俺に良い考えがある」



―――――――――――――――――――――


「なんだ……何が起きたんだ?」


35層に到着したルンベルは飛び散った

冒険者たちの亡骸と未確認の巨人を

目の当たりにして思考が停止した。


続いて降りてきたローズ、餓狼、青焔、

ベルニアたちも同様の反応だった。


そのときだった。

彼らの視界の隅に動く影が見えた。


「見ろ! 生存者だ!」


皆がその影に駆け寄った。


「……は?」


さっきまで指揮をしていた世界最強の男。

グレイスの死体。

その上に動く影。

そいつはグレイスの胸に何度も双剣を刺していた。


そして、そいつはグレイスの

懐から何かを取り出す。


それが魔法石だと認識した瞬間、

ルンベルたちはその魔法石があの巨人のものだと

察した。


きっとあのモンスターを倒したのは

グレイスだ。


つまり、あの影は今……


「まさか……こいつ!!」


ルンベルが怒りの余り、声を漏らした。

その影ははっとしてこちらを向く。


その影には見覚えがあった。

半年前にグレイスのギルドに加入し、

グレイスが会うたびにその子の成長を

楽し気に話していた。


名前は、


「レオなのか……?」


その場にいた全員が絶句していた。


直後、その影は魔法石を手にしたまま

駆け出した。


「待て!!」


ルンベルがそう叫ぶも、レオは壁に

空いた小さな穴に飛び込んだ。


その様子を見ていたローズが


「……うそ……」


そう呟いた。


「捕まえろおおおおおお!

あいつを逃がすなあああああ!

あいつは己のギルドマスターを殺し、

魔法石を奪った!! 

絶対に許してはならない!

どんな手を使ってでも見つけ出し、

拘束しろ!!!」


そのルンベルの怒りのこもった言葉に

冒険者たちが雄叫びを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る