第7話


 午後九時。


 ここしばらく、航と黎人がエルデンリングで待ち合わせる時間となっていた。

 社会人なので一度にそれほど時間は取れないが、毎日少しずつマルチプレイを行う日が続いている。


『俺、男と毎晩デートするなんて、初めての経験かもしれん!』


「鹿島さんはモテそうですからね」


『自慢じゃないが、中学生から今日まで、彼女が途切れたためしはないぜ』


 そう言いながら、『さすがに一ヶ月区切りな』と補足するが、どっちにしても人付き合いが得意ではない航からすれば羨ましい話である。


「充分自慢ですけどね、それ」


 先日とは違い、雑談多め。

 加えて、二人とも軽くアルコールを飲みながらのリラックスプレイ。

 というのも、今日の待ち合わせはストームヴィル城ではなく、その手前にある嵐丘のボロ家の祝福である。


「じゃあ、この小屋の中にいる女の子には話しかけました?」


『おう、一回話したぞ』


「あ、やっぱり。一回だけじゃなくて、何回か話しかけると遺灰がもらえるんですよ。毒で攻撃してくれるクラゲの遺灰で、耐久力も高いから便利ですよ。あ、エレの教会で魔女とは話しました?」


『狼の遺灰もらった。一回使ってみたけど、なにこれ、すごい便利だな』


「もう使ってみたんですね。攻撃してくれるのもいいんですけど、一人でやってたら常に敵に狙われますからね。適当に敵を引きつけてくれるので、その隙に自分も攻撃したり、回復したり、かなり楽になりますよ」


『ほほぅ。この調子で他にも頼むわ』


 実は、よくよく聞いてみると、黎人はゲーム開始後、ほぼ一直線にストームヴィル城に向かっており、基本的な探索をまるで行ってこなかったとわかったのである。


(まぁ、このゲーム開始直後の、最大の罠だよな)


 最大の罠が、ゲーム内のギミックではなく制作者からの情報の出し方なのが、いかにもフロムのゲームらしい。


 ストームヴィル城の歩き方の基本的なところは伝え終わったので、今日は一緒にフィールドを歩いて、役に立つアイテムやシステムについて伝えようと思ったのだ。


 マルチプレイ中は霊馬トレントが使えない。

 キャラの足での移動は時間がかかるが、苦にならなかった。というより、考えてみると最初のプレイでは広大なフィールドを歩き回っている時、あえてトレントを使わずに徒歩で移動していたことも多かった。


 遺跡や洞窟を見落としそうに思えたし、途中で採取できるアイテムも地味に大きかったりする。

 何より風景を眺めながら歩き回ること自体、充分遊びとして成立するほど楽しいのだ。


 黎人は主に南のアギール湖周辺を歩き回っていたそうなので、航は嵐丘のボロ家から北東方面を案内することにした。

 戦技が買える戦学びのボロ家や、口頭でだが血の指が乱入してくる場所も教え、さらに進む。


 キラキラと輝く黄金樹や、風に揺れる草木、近づくと走り去る野生動物、そして醜悪なアンデットや亜人達、それらとの出会いや戦いの感想をボイスチャット越しにやりとりしたり、あとは他愛のない無駄話に興じたりしながら歩き続ける。


 それは思った以上に楽しい体験だった。


 最終的に序盤で役に立つ民兵スケルトンの遺灰を入手するところまで案内し、そこから道を外れ第三マリカ教会で聖杯瓶の回復量が増える聖杯の雫や霊薬の聖杯瓶といった回復面を強化するアイテムも手に入れてもらう。


『そんで、あのあと仕事の調子はどうよ?』


 雑談のついでといった気楽な調子で黎人が仕事の話を切り出した。

 正直、ゲーム中にリアルの話題を混ぜたくない派の航だが、今日はいつにも増してテンションがだだ下がりになる。


『あれ? どうかしたのか?』


 声にせずとも気配を感じ取ったのか、黎人が心配そうに聞いてくる。


「あ~、いや~、調子ですか……。ぶっちゃけ、ダメダメですねぇ」


 それは、一つ二つの「気付き」で業績が激変するようなら、業界中の営業が苦労していないだろう。


『あらら、そうなのか……』


「実は、苅谷建設さんに通っているんですが……」


『このあたりじゃ結構大きいところだな。まあ、大口の契約は確かに難しいか』


「それもあるんですが……実は今日、最近はやりの可動式スタンディングデスクを中心に、オフィス全体のリフォームプランを持っていったんですよ」


『へぇ、なかなか思い切った提案だな』


「可動式のデスクを中心にすれば、電源やOA機器のケーブルなんかも動くことに対応した商品の方が都合いいですし、そういう必然性を絡めて一気に数を捌ければ全体的に安くできると思ったんですよ」


『うん、いいじゃん。まっとうだし、苅谷建設さんも老舗だから、そのあたりのバージョンアップもいいタイミングだったんじゃないのか?』


 そう、目の付け所は、我ながらよかったのかもしれない。

 なのだが、問題は、同じようなところに着目した人間が他にもいたということだ。


「もっと安いプランを提案したところがあったんですよ」


『値段勝負か……。そこで負けると弱いよなぁ』


「はい、しかも同じようなプランで、僕が提示した半額ぐらいの設定になってました」


『半額!? そりゃまた、大負けだな』


「それもそうなんですが、僕がモヤモヤするの、負けたからじゃないんですよね」


『あれ? そうなの?』


「はい。……僕に諦めさせようとしたんだと思うんですが、苅谷建設の人が、別の会社が提示した値段設定の資料を見せてくれたんです。ただそれ、安すぎるんです」


『というと、もしかして……』


「ええ、こっちもギリギリまでムダは削ってたので、あの値段設定だと、小売り店に損失が出るレベルなんですよね」


 リース会社は、基本的に顧客の要望を受けてから商品を購入する。

 自社で販売しているわけではないので、リース料金を安くするために一番手っ取り早いのは購入金額を節約することだ。


 あるいは、競合リース会社は、立場の弱い小売り店に損を覚悟させるような取り引きを強要しているのかもしれない。

 少なくとも、半額とはそのレベルの話のように思えた。


「苅谷建設の人は二人いて、一人は僕のプランに興味を持ってくれているみたいなんですが、もう一人は安さ第一で……」


 安さを重視するだけなら当然だ、だが、


「どこかが損しそうなのは感じているのに、品物が確かならどこが損しようと構わないって……」


 そう言ってのけたのである。


 ある意味で、それが会社員として正しいのかもしれない。

 自分が所属している会社にさえ損が出なければいい。

 むしろ事務用品など、使う側にとって直接は利益を生まない要素なのだから少しでも費用を抑えるのが正義だ。


 航の忌避感など、他の人達に比べればナンセンスもいいところなのだろう。


(だからリアルってイヤなんだよな……)


 自分が目的を果たそうと励めば、どこかにしわ寄せが行く。

 だいたいの場合において、何事にも利益が背反する相手がいて、航の成功は誰かの失敗とセットになっていることが多い。


 これはもう性格としか言いようがないが、どうしてもそういうことが気になってしまう。


「青臭いことを言ってるのは、自分でも、まあ、わかってるんですけどね……」


 世の中で通じないのはわかっている。


 だが、航の予想に反し、黎人の反応は意外なものだった。


『お前が気になるなら、それはそれでいいんじゃねぇか?』


「え……?」


『だって、少なくとも一人は、お前さんのプランに興味を持ってくれてるんだろ?』


「それはそうですけど……」


『だったらさ、ここは踏ん張りどころだろ?』


「でも、そうしたら、苅谷建設さんは同じようなプランに余計な出費をすることになるじゃないですか……」


『余計かどうかを決めるのは、お前じゃねぇ。客だ。お前はお前にできる範囲の価格設定をして、その価格設定を選ぶべき理由を説明すりゃいい。そこでその気になれば、それは苅谷建設さんの考えであって、お前が責任を負うところじゃないだろ? でもお前が勝てば、小売りが泣かずに済む。そういうことじゃねぇの? ――まぁ、お前の想像通りならだけど』


「苅谷建設さんが、単なる価格をはね除けて、うちを選ぶ理由……」


『そう、それを掴めばいいだけの話じゃん。お前の提案が通れば、苅谷建設さんも納得して、うちも大口契約で万々歳、さらには小売りも助かるって、いいことだらけだろ? 今こそ、俺に教えてくれた「粘り」を発揮するときじゃねぇか』


 状況や、自分が持ちうる条件、攻撃手段、押したり引いたりの見切り――ありとあらゆる要素を駆使して、敵を搦め捕るぐらいの気持ち――それは確かに、航が自分で口にした姿勢であった。


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