第13話 ころもの衣!

 僕は油女ころもの言われるがままに後を付いてきている。


 しかし一人で良かったものか? まあ同級生の悩みの種を解消するだけの簡単なお仕事、ていうより友達って関係でもないし、僕が『賢者の堂』で働いているから頼まれているだけだし……ん? 何か期待しているのか僕は? いやまさか、そんなわけがない油女ころもと友達にでもなりたいか? NOだ、そんな事ありえん、第一油女はかなり苦手な分類に属する人間なんだ、一時はその孤高の存在に酔った事もあるけど、それはそれこれはこれ、シンパシーに近い感情であり近寄りたいとは思わない。


 僕がクラスの空気的存在ならあいつは浮いている存在なんだよ。浮世離れした正義感と生真面目な性格は、正しさを自身にも他人にも共用する正に束縛モンスター。彼氏彼女の束縛なんて可愛いジェラシーがもたらすもんだけど、油女は違う。取り憑かれてんだよ正しさに。


 「佐野くんは、何であそこで働いているの?」


 終始無言の空気に耐えかねて振り返り訊ねる油女。


 「……成り行き」お前のせいで幽霊見えるようになっちまったなんて言えねーよな。


 「そう……答えたくないこともあるよね。ねぇ佐野くんは何で学校で一人なの? 別に人と喋るの苦手ってわけでもなさそうだし」


 芯食った事言いやがる。


 「はあ、さっきも言っただろ? 僕は誰にも忖度せずに生きてるの。人に贔屓も媚びもしない、孤高に生き孤高に愛された真の漢と言ってほしいね」


 「それって人付き合いから逃げてるだけじゃないの?」


 「……」これだよ油女ころもたる所以は。


 「はっ、逃げるってのは相手がいて成立するもんだろ? 僕に人付き合いを挑む誉高き戦士はいないんだよ、だから戦う前から不戦勝で全戦、全勝の最強が僕なんだよ。しかも、お前はどうなんだ? 僕に抗弁するほど人付き合いお上手なのか?」


 「人付き合いは戦いじゃないし、私は……ちゃんと皆んなと向き合った結果だから……それに間違ったことはしてない、クラスをまとめる為に最善を尽くした、なのに皆んなルールを守らないし学び舎であってはならないイジメまで私にしてきて……ありえない、正しいのは私なのに」


 「……」


 こんなやりとり不毛だ、何も芽吹かないし、僕達みたいな自己愛が強い奴のやり取りほど無駄なものはない。僕は自己認識したうえで人付き合いを避けるけど、油女は自分が正しいと言う幻想からいつまで経っても抜け出せていないから他人への強要がやめられない。規律やルールを重んじる油女はきっといい大人になると思うけど、いい子供にはなれていない。


 「お前は一生そうやって自分の上がる棚でも作ってるんだな……」言った後に少し言いすぎたかと油女の表情を伺う。


 下唇を噛み震える頬は、今にも泣き出す三秒前だった。


 「……ああっ! そう言えば! お前のお父さん何で行方不明になったんだ!? 参考までにどんな人かも聴いておこうかな!」もう耐えれんこの空気、話をそらそう。


 鼻を啜り話出す。


 「……私のお父さんは、生真面目な人で」ほう油女のルーツはお父さんか「底抜けのお人好し」……違うか。


 父を語る油女は何処か力の抜けたものだった。


 「どんな時も笑顔で明るくて、人付き合いに上も下もないお人好しの……馬鹿」


 僕はぞくりと背筋が凍る、油女の瞳は一気に黒く澱んだ気がした。


 「そんなお父さんが生真面目なお人好しならお母さんは規律を重んじる真面目な公務員……私は母に似たんだと思う。誰にでも優しくて馬鹿なお父さんをいつも叱ってた。お父さんね困ってる人にはすぐ手を貸すの、それが電車でおばぁちゃんに席を譲るくらいの、美談になる程度なら良かったのにお父さん、お金に困ってる人にすぐお金貸しちゃうの、返ってこないことなんてしょっちゅう……なのに本人はあっけらかんとしてほんと呆れる……」


 油女は俯きながらも続ける。


 「それでも誇れる特技があったの……」


 「料理とか?」飲食店やってるって言ってたし。


 「そう、ちゃんと話聞いてたんだ」


 「お前ちょいちょいトゲさすのやめろ。で、その特技を活かして飲食店を開いたと」


 「うん、天ぷら屋。結構人気だったんだよ。頻繁に行列できてたし、でもそれも長く続かなかった。もともとお金に頓着のない人間だったから資金繰りが下手だったの、高く仕入れて安く提供する。そんな事、続くわけないのに……『人の笑顔が俺の賃金なんだ』って馬鹿みたいに言ってた……。そんなだからお母さんいなくなっちゃったのよ」


 「お前……母子家庭だったのか」


 「違う、死んだの」


 「し——死んだ?」


 「事故って事になってるけど、実際本当かどうか……お母さんね本当に神経質だったから離婚までしなかったけど、お父さんの破天荒にはかなり愛想つかせてた、共働きで必死に働けどお金は目減りしてくいっぽうでね、でも生活できないほどじゃなかったの、だけどお母さんはお金が心の余裕みたいな人だったから、副業してた。本当はしちゃダメなのに、それで疲労困憊で運転中に居眠り運転して事故死……あっけない、本当にあっけなく死んじゃったの……お父さんはね、赤の他人に人情はあっても私達への愛情はかけてた人……私のお父さんは、そんな人よ」


 油女は乾いた笑顔でこちらを見やる。そんな笑顔を僕に向けられても困る……人の良心に訴えかけてくる顔は苦手だ、プライドはないのかと言いたくもなるけど、油女もギリギリなのだろう父親は褒められた性格じゃないにしろ今は行方不明で母親は故人、学校では規律を重んじればいじめを受け、家にも学校にも彼女を受け入れてくれる人間がいない状況、慮る必要もなく彼女は不幸だ。


 「お父さんがどんな人かは、何とかなくわかったよ。本筋の行方不明になった原因は何なんだ?」


 「……お母さんが亡くなった後、お父さん店を無理やり続けたの、でもお母さんの収入がなくなって家計が火の車になるのも時間の問題だったし、お店自体も商店街の衰退と共に客足も途絶え、一時閉店したの」


 「ん? 一時閉店?」


 「そう、お店自体は祖母が昔暮らしていた場所を建て替えて作ったものだから、そのままにしてあるの。閉店した後も親しい友人達と集まって酒盛りする溜まり場になちゃってたけどね……お店自体は再開できなかったけど、お父さん飲食店を渡り歩いて何とか生活できるだけの収入があって私を高校まで入れてくれたのに……なのに、急にいなくなったの忽然と……確かにお母さんの事を蔑ろにした事を攻めたこともあるし冷たくした事もあるけど、だけどお店をやめた後のお父さんは嫌いじゃなかったの。私に誠実に向き合っているのが、分かるようになってきたのに何で急に……ばか」


 油女は懺悔とも取れる後悔を口にし、父の安否を嘆いた。


 「そうか……関係が修復しつつあったにも関わらず行方不明になった……短絡的に考えて何らかの事件に巻き込まれたか、事故を起こして発見されていないのか、ただ単に夜逃げしたのかってところか……あ、いや待てよ……」


 「何だか本当に探偵みたいだね佐野くん」


 先程までとは違い、顔に生気が戻ったように見える。


 「え? 探偵? ……(そう言う設定か)まぁ一応ね」


 「でも以外だなぁ、学校ではずぅっと寝てるだけで、気づいたらいなくなってて幽霊みたいな人なのに、こう言う時は親身になってくれるんだね。実は人助けが好きとか?」


 盛大に勘違いだ、油女ころも。ひたすらに勘違いで大間違い……最近出会う女子は僕のことどう見えてるんだよ。人には優しくしましょうなんて言う通説なんて僕の辞書にはないっ! ただただ気まぐれ成り行きで僕の意思じゃない勝手にそうなってるだけ、お前の依頼も別に理由があったわけじゃない……まあ聞けば普通の女子高生なんだから普通の生活くらいはできるようにはなってもいいんじゃないかとは刹那的に思うけどな。


 歩きつつ横並びで会話していると、油女はぴたりと動きを止めた。


 「? おいどうしたんだ? まだ商店街じゃないぜ」


 「信号赤だから……」


 道幅数メートルもない何の意味もないような横断歩道に信号機があり、ちょうど赤のところを僕は半分程渡ろうとした所だった。


 「こんな意味もない横断歩道止まる必要あるか?」


 「もうルールは強要しないけど、私は守りたいの……」


 「はあ……」


 横断歩道を戻り油女の隣に戻る。生きづらいやつだなぁ。


 

 continuation————。








 

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