第12話 揚げ物はお嫌いですか?

 ◇『賢者の堂』にて。


 「どうだね少年とは、上手くやれているのかい?」イリスはグラスコードの付いた眼鏡をかけ新聞を読みながら朝陽に問う。


 「…………」


 「? どうした朝陽?」


 朝陽はわなわなと震え始め、沸騰するやかんのようだ。


 「あの人……思春期拗らせすぎなんですよ!! 聴いてください先生! 私がベランダで洗濯物終わって、少し外眺めてたら彼、隣のベランダにいたんですよ、そこまではいいんです。そしたらワイングラス片手に黄昏ちゃって何て言ったと思います?」


 「……」


 「『夜風にのってきた柔軟剤の香りを肴に飲んでたんだ、朝陽もどう?』って……いやもう、秀逸!! 拗らせ方秀逸すぎて怖いんですよ!! しかもグラスの中身はペプシだし、私はコカコーラ派なんです。それも言い返したら『いやだって、人とかぶるの嫌じゃん』味じゃないのかよ! しかも十分、人とかけ離れてるから、いらんわそんな心配っ!! はあはあはあはあ」


 獅子奮迅の勢いで喋り尽くした朝陽は息を切らし、がくりと項垂れている。


 「……ぷ、くくあっはははははは! 本当に少年は面白いな。朝陽をここまでキャラ変させるとは恐れ入るよ。きっと少年は異性の友人などいなかったのだろう、拗らせた人付き合いを直してあげるのも朝陽の仕事だね」


 溜息をつく朝陽「もう笑い事じゃないですよ……せっかくの一人暮らしなのに全然ゆったり過ごせません。本当に直して頂かないと困ります。節々にハレンチなことばっかりいって」


 「ふふ、あれくらいの男は皆、破廉恥なものさ、苦労かけるね」読み終わった新聞紙を折目正しく畳む「心労絶えない朝陽くんには申し訳ないけど、委任しておいた事件の進捗を聞こうか」


 「件の『旧幸楽商店街』失踪事件ですよね。はい、一通りの調査は終わってます。警察の方々の調査報告と照らし合わせてみても、あの商店街、かなりきな臭いですね」


 朝陽は手元に持っていたタブレットをイリスのデスクに置き商店街近辺の地図を開く。


 「先生、これを見てください」


 イリスは煙草に火をつけタブレットを眺める。眼鏡の奥、ブルーサファイアの瞳を窄める。


 「商店街の地図か……何を見出したんだい?」


 「まず、被害者は今週に入り十一人になり、四人はこの商店街で消えています。一ヶ月前に行なわれた法執行機関による警察犬での捜査活動を一週間に渡り行った結果、有用な成果は出ず打ち切りになりました」


 朝陽はメイン通りを指差しなぞるように指を動かす。


 「ですが、成果は出なかったものの、足跡そくせき追及で、ある程度の位置までは絞り込めているみたいなんです。それがここです」

 

 朝陽の指はある一つの店に止まった。


 「天ぷらの油神……飲食店か。ここが一因になっている可能性があるのは間違いないんだね、しかし捗々はかばかしくない理由があると」訝しむイリス


 「はい、導入した警察犬は全てここに収束するように集まっています。ですが……これといった手がかりはなく、中は綺麗なものでした。営業は半年前まで行っていたようですが、主人である油女蕗尾あぶらめふきおは三ヶ月前から行方不明。油女蕗尾の祖母が地主のようで今でも電気やガスは通ったままの主人の帰りを待つ孤独の城です」


 「うむ、油女蕗尾の失踪時期と『旧幸楽商店街』失踪事件のリレーションを示唆する時系列。結びつきがないほうがおかしいか……」


 「私もそう思います。ですがそこまでなんです。結局、事件の当事者は見つかっていません。だけど、私が思うきな臭さはそこじゃないんです」


 朝陽は天ぷらの油神をピンチアウトし拡大した。


 「これは……? 倉庫?」イリスは地図を見て不自然な倉庫を発見する。


 「航空写真モードで見て取れる限り、このお店の裏手には工業用の倉庫が不自然に隣接してるんです。周りは老朽化したアパートや戸建て住宅が囲んでいて、住民はすでにいません。そしてこれだけ大胆に増築したであろう形状にもかかわらず、警察の方はこの倉庫への捜査は行なっていません」


 イリスは捜査を行わなかった理由を追求するように視線を飛ばす。


 「『何もなかった』『そんな入り口も倉庫も見当たらなかった』これが警察の見解です」


 「ふふ……これが朝陽の言うきな臭さか……婉曲的な事をするじゃないか——『霊域化』だろ?」


 朝陽は少し笑みを浮かべ「御明察です。さすが先生——霊域化した空間は特に霊感のない人には無いに等しい物ですからね。そこにあってもわからない。認識の裏側の空間、表裏の裏側。まだ仮説段階なので今回は命さんにも協力していただこうと思ってます。私の拳銃では霊域化した空間に穴が空く程度ですし、刀は私も上手く扱えませんので、命さんの剣術でスパッと入り口を開いてもらうつもりです」


 イリスは煙草を咥え長めに煙を吸い込む。一息吐き出すと、注意喚起を促す。


 「もしも霊域化した空間であるなら少年にはショッキングが過ぎるかもしれないね……霊域内への侵入が完了したら少年は待機だ。霊域内にいるであろう蝕死鬼の処理は朝陽がしたまえ」


 イリスの語気には新人を慮る心根を感じた朝陽は。


 「もちろん、命さんに無理はさせません。とんだ変態さんでも仲間を危険には晒したくありませんから」


 イリスは朝陽の言動に先輩としての成長を感じ口を綻ばせる。


 「朝陽の成長を見ると空の巣症候群になりそうだよ私は」


 「そんな大袈裟な……」ここで朝陽のスマートフォンから連絡通知音が短くなる。


  「あっすいません、連絡が…………はぁっ!!??」


 スマートフォンを見る朝陽は驚愕で眉を上げ瞠目した瞳はやや怒りすら感じる。


 「どうしたんだい朝陽?」


 「命さんからです! 見てください!!」


 ——成り行きで幸楽商店街行く事になったから遅れます。許してシスター。 

兄より


 「あんのばかーーー! 成り行きで行くようなところじゃないでしょ! しかも当然のように兄を装うんじゃない!! もうっ面倒ばっかきけて、先生行ってきます!」


 朝陽は矢の如く走り出し、アンティーク調の扉は丁寧しめる、階段を駆け降りる音を聞き、イリスは思う、世話焼きの妹じゃんと。


 「いやはや、何事もない事を祈ろう」


 根元付近まできた煙草を眺める、燻るくすぶる火種がポトリと灰皿に落ちた。


◇interlude————。

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