ささくれ

浬由有 杳

第1話 ささくれ

 これで何人目だろう?

 あの人がここに連れ込んだ若い女は?


 きれいなだと思う。


 育ちがよさそうな娘。美人というより可憐という形容詞が似合う。

 きっと良家のお嬢様なのだろう。


 かつて彼女がそうだったように。


 華奢な手首で揺れる銀の鎖状のブレスレット。

 磨きこまれ、ピンクのマニュキアが光る美しい爪。


 洗面所の棚からクレンジングらしきものを取り出す。

 鼻歌交じりに、クリームを顔に塗る。マッサージした後、蛇口をひねった。


 お湯だろうか?

 湯気がほのかに立ち昇る。


 ふと自分の指を見て、悲しくなる。

 若い頃、求婚者たちから「白魚のようだ」と称えられた彼女の手は、長年の苦労ですっかり変わってしまった。


 アカギレだらけの手。突き出たやせ細った指はまるで骸骨のようだ。

 筋が幾重にも入った爪の下部は赤く腫れ、その両側は酷いささくれになっていた。


 美しかった彼女の指。

 その指に口づけ、誰よりも大切にすると誓ってくれたあの人


 あの人は、両親が不慮の事故で逝ったとたん変わってしまった。

 たぶん、父が言ったことは正しかったのだろう。


 あの人が愛していたのは私ではなく、私が受け継ぐ財産ものだったのだ。

 それでも、私は今も…


 洗顔を終えた女が顔を上げた。


 背後に佇む彼女の姿にようやく気がついたのか。


 鏡面を覗き込んだまま、女が凍りついた。

 両眼が驚愕に大きく見開かれる。

 その白い喉がごくりと上下した。


 彼女はうっすらと微笑んで、耳元で囁いた。


 あなたに、あの人は渡さない。



「おかしいとは思いませんか」


 現場で、赴任したての警察官が気味悪そうに言った。


「今冬、もう3人目ですよ。病歴もない若い女性ばかりが」


「心臓麻痺だと先生は断言したんだろ?自然死だ」


 先輩らしき警察官が言った。


「この地区では、起こることなんだよ」


「けど、あれ、絶対に変ですよ」


 脱衣所に横たわる若い女の遺体。


 女の整えられた指先。

 その全てに刻まれていたもの。

 それは、ぱっくりと口を開けた、生々しいだった。


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ささくれ 浬由有 杳 @HarukaRiyu

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