漆黒ピエロ
雪村灯里
第1話 哀しきモンスター
僕にとって黒歴史とはピエロだ。
もちろん黒歴史の宝庫・厨二病罹患時は僕も等しく、油性マジックと日焼け止めを駆使して左腕に紋様を身に刻もうとしたし、ゲームの黒魔法呪文の詠唱なんて『これ、義務教育課程の一環っすよね?』と言わんばかりに覚え、普段使いの黒いベルトには赤いアクリル絵具で梵字を書き込んだ。マットレスの下に隠してた同人誌が親に見つかるなんてあるあるだよね?
そんな、どこにでも居るごく普通の学生で、薔薇の(刺のように痛い)青春時代を謳歌した。
大丈夫、この動悸息切れは年のせい。
百歩譲ってここまでは良い。『まったくぅ〜! この厨二病めっ☆』って朗らかに笑える。
一番抹消したいのは社会人になってからだ。酒の失敗ほど、無かったことにしたいものは無い。
大学時代にもの作りを学んでいた僕は師匠からある言葉を授かった。
『人を喜ばせろ。人に喜んでもらえる物を作れ!人は何で喜ぶのか、それを学び実行するんだ。』
感銘を受けた僕はその言葉を心に刻み社会に解き放たれた。そう、違う意味でサービス精神旺盛な新社会人が生まれたのだ。
その精神を何に発揮したか?
そう、飲みニケーションの特にカラオケだ。むしろそっちに重点を置きすぎた。
更に恐ろしいことに、僕の悲しき
初めて上司に連れられたスナックで、初対面のジェントルメンとエロティックな隠語を散りばめたJ-POPを楽しくデュエットするくらい陽気で、それ程に場を盛り上げるのに命を燃やした。
お酒絡みの異性の失敗だと思った?残念でしたっ☆ でも、ある意味残念な失敗をしているから安心して聞いて欲しい。
そんな酒乱の僕は部署内の飲み会で、学生時代に某動画サイトで知った面白い曲や、類だった友から仕込まれたキャッチーで愉快な楽曲の数々を先輩達の前で歌い踊った。そして喜んで貰えた。
『え? みんな楽しい? 楽しい? 良かった!』
この時、ピエロになることを選んでしまったのだ。みんなが笑ってこの飲み会が楽しくなるなら僕はもっと頑張ろう……歌って踊るだけではなく、みんなが気持ちよく歌えるように合いの手を入れ、部署内メンバーの歌の好みや十八番を調査し、季節毎に新曲を覚え、一心不乱にマラカスを振り、力いっぱいタンバリンを叩いた。
そんなカラオケの翌日は、声が枯れ左手と右脚に赤紫色にタンバリン
このピエロ、20代半ば迄は良かった。
後輩が出来て指導する立場になると『僕はこんな先輩で大丈夫か?』と自問自答を始めてしまう。可愛い後輩に『こんな酒乱に仕事教えられたくないっ!』そう思われたらどうしよう。
更に会社内の人間関係が形成されると嫌いな上司も出てくる訳で『こいつの居る飲み会を盛り上げる義理は無い。こいつにバカにされるのは御免だ!』などどプライドや恥じらいが芽生えたのだ。ねぇ、芽生えるの遅いよ?
だが中堅の僕には先輩方が居るわけで、酒を控えカラオケの席で大人しくしていても、彼等からは『いつものアレ歌ってよ!』などと無邪気なリクエストが入ってしまう。
誤魔化して普通の唄を歌おうものならコレジャナイ空気が漂う。
目を泳がせながらマイクを受けとるが……ここで恥ずかしそうに歌うと余計恥ずかしい。歌うからには全力で歌わないと報われない! もう、義務だ。やるしか無い。あ、そ~れ!
嗚呼、ピエロを辞めたくても辞められない。なぜ全力でやっちまったんだ? 加減してほしかった。 頼む、みんな忘れてくれ!
自分で始めたピエロとは云え辛い。一番辛かったのは当時社内恋愛で付き合っていた相手に僕のピエロがバレてしまった事だ。その人の前だけでもスマートで在りたかった……カッコよく在りたかった。
ちなみにシラフでも真顔でこのテンションに持ち込める。原因は酒でもない。遺伝子レベルで体に刻み込まれたこのお調子者の
普段は陰キャなのに……もうヤダ、恥ずかしい。
そんなピエロが突如終焉を迎えた。
密回避だ。それに合わせて僕も職場を去る事になる。もう、ピエロは封印しよう。僕はそっとマイクを置いた。
それ以降僕は飲み会でカラオケに行くことは無くなった。だが前職場の人々と会う機会が有るため、思い出話にピエロの影がチラつく。戦々恐々だ。みんな早く他の楽しい思い出で上書きして欲しい。
しかし、ピエロは消えていない。
今こうやって面白おかしくこの話を書いている僕も、未来の僕とっては『なぜ書いたし?1ミクロンも面白くねーよ、このピエロめ』と脅威になるにちがいない。そもそも普段の一人称は『私』なのに何故に『僕』?余計に痛さを加速させる。
すまんな未来の自分。みんなを喜ばせたいんだ、笑わせたいんだ。
ああ……封印されし左目の
漆黒ピエロ 雪村灯里 @t_yukimura
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