第7話 モテ期

「何してんの?」


 心底呆れたような視線を向けるセラフィナ。

 その先にいたのは、足だけを出している源だった。

 5メートルはあろうかというラフレシアに呑み込まれ、犬神家のような有様になっていた。

 中から源の声が聞こえるが、くぐもっていて何を言っているのか分からない。


「はぁ」


 このままでは埒が明かない。

 面倒くささを隠そうともせずため息を一つついて、セラフィナは花に向けてツタを伸ばす。

 源を呑み込んだままもっきゅもっきゅとコミカルに動くラフレシアはどことなく不気味で、直接触れるのはなんとなく嫌だった。


「うわぁ……」


 ツタを通じて流れ込んできたラフレシアの思念に、セラフィナはドン引きする。


「やっと会えた。あなたとってもタイプよ。ちゅきちゅきだーいちゅき。こんなにべとべとさせて、あなたも離れたくないのね。すっごく分かる。私もずーっと一緒がいい。ここを私とあなたの子供でいっぱいにして楽園にしましょ……だってさ」


 自分一人では抱えきれなくて、ラフレシアの思念の一部を口から垂れ流す。

 花粉まみれになって飛び込んできた源を、己の番だと勘違いしているらしい。

 実際にはこの五倍くらいの密度と粘度で、それを流し込まれたセラフィナは頭がおかしくなりそうだった。

 シッシと手を振って、触れているだけで妊娠してしまいそうな呪物との接続を切る。


「良かったね、ゲン。モテモテだよ」

「うぅ……! ぐぅっ! ……だぁっ!」


 必死に助けを求める源の声を聞いて、さすがに可哀そうに思えてくる。


「はぁ」


 セラフィナはため息を一つついて、目の前のラフレシアに意識を集中させる。

 その魔法による操作を受けて、渋々といったように花がゆっくり開く。


「だすがっだぁぁぁ」

「ぎゃぁぁぁ! 寄るな変質者!」


 ラフレシアから解放されて、安心した源がセラフィナに縋り付こうとする。

 しかし、花粉症で顔をぐしゃぐしゃにした上に、ラフレシアにもてあそばれて服をぼろぼろにした源は紛れもない変質者。

 セラフィナは咄嗟に魔法を発動して、源を縛り上げる。


「うぅぅ……なんだってこんな目に」

「まあ、まあ。元気だしなよ。あんなに植物にもてる男なんて、そうそう居ないよ」


 宙吊りになってさめざめと泣く源に、セラフィナも少し同情する。


「うぅ……セラに幻覚を見せて、そのツッコミの勢いで樹海を脱出しようっていうちょっとしたお茶目じゃないか」

「あんたそんなこと考えてたの! 同情して損した!」


 さっきまで隣にいた人が、突然スライムに変わる。

 冷静になればそんなことはあり得ないと分かるが、あの時はもしかしたら本当に魔物になったのかもしれないという恐怖を拭いきれなかった。

 その恐怖が源の意図したものだと知り、セラフィナは腹を立てる。


「あれ?」

「ぐぇっ」


 そこまで考えたところで、少し違和感。


「セラ、ツタ! きつい!」


 セラフィナの怒りに呼応してツタが源を締め付ける。

 そんなことなど意に介せず、セラフィナは先ほど感じた違和感を口にする。


「さっき、私に幻覚を見せようとしたって言ったよね?」

「い、言った! 言ったから、ほどいて!」

「あ、ごめん」

「ぐぇっ」


 宙吊りの状態からいきなりツタをほどかれて、源は頭から地面に落下する。


「ゲンは私に幻覚を見せようとして、その結果、私は源をスライムと見間違えた。ゲン、もしかして、スキルを自分の意志で使えるようになった?」


 落下の勢いで地面にめり込んだ頭を引き抜いて、源は肩で息をしながら応える。


「はぁはぁ、なんというか……自分の意志とは、ちょっと違う」

「違う?」

「なんというか……こうなったら面白いなって思ったら、スキルが悪乗りしてきたようなかんじ?」

「そんな迷惑な……」


 人の迷惑など顧みず、面白いと思ったら悪戯に全力で加担する。

 迷惑極まりないスキルだった。


「もしかして、ゲンをこの植物と添い遂げさせて、封印するべきなんじゃ……?」

「やだよ! セラには極力迷惑かけないから、置いてかないで!」

「けど、ゲン。もしかしたら、最初で最後のモテ期かもしれないよ」

「植物にモテても全然嬉しくないよ!」

「ゲン、種族の差なんてちっぽけなものだよ。相手がこんなに想ってくれてるんだ」

「こんなにって……ぎゃぁぁぁ!」


 振り向いた源は思わず悲鳴を上げる。

 その視線の先にあったのは、根を足のように動かして迫ってくるラフレシア。

 ようやく見つけた運命の人を逃すまいと重い腰を上げたのだ。


「ゲン。種族の違いがなんだって言うんだ。お前のことをあんなに思っている情熱に、植物も人間も無いだろう。その想いに応えないって言うなら、それこそ人でなしだよ」

「セラ……」


 セラフィナの重々しく諭す声に、源は自身の無責任さに気付く。

 相手を想う気持ちに種族の差など関係ない。

 こんなに想ってくれているのなら、誠意をもって答えるのが筋だ。

 ちなみに、セラフィナは笑いをこらえるのに必死で声が切羽詰まっていただけである。


「ごめん。お花さん。俺が間違っていた。君の事、正面から向き合うから、俺の気持ち、聞いてくれ!」


 覚悟を決めた源は足を止めてラフレシアに向き直る。

 源の熱い視線を受けてラフレシアも歩みを止める。


「お花さん……」


 自分の誠意を感じ取ってくれた。

 そう思った源は微笑みを浮かべて、ラフレシアと見つめあう。


「ぎぇぇぇ!!」


 ラフレシアはそんな源の隙を見逃さず、ぱくりと頭から飲み込む。


「あははは! 植物と人間の共存。これも一つの形だね!」


 飲み込まれた源を見てセラフィナがけらけらと笑っていると、一羽の鳥がセラフィナの肩に止まる。

 鳥に植物を寄生させて使役する。植物魔法を極めたエルフのみが扱える技だった。

 そんな魔法を使えて、連絡をしてくるような相手は一人しかいない。


「オババ様? けど、ゲンを追い出した直後なのに、なんで……」


 別れの言葉を送り付けてくるような小粋さなどオババ様は持ち合わせていない。

 セラフィナがなんとなく感じた嫌な予感は、寄生植物からのフィードバックで確信に変わる。


「ゲン! なに遊んでるの! オババ様たちが大変だ! とっとと戻るよ!」


 お前が煽り散らかした結果だろと源は毒づきかけるが、すんでのところで抑え込む。

 セラフィナの声が真に迫りすぎていて、そんなおふざけをしようものなら末代までたたりそうな勢いだったのだ。

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