第2話 始まりは確か……

 ……視線を感じる。それどころか、少し後ろを向くだけで人の影まで視認できる。あれは確か……朝付遥あさつきはるかさんだったかな? 同じクラスで、クラスのトップグループの中の一人だったはずだ。そんな人が僕になんの用だろう? 僕は今ストーキングで忙しいんだ。要件があるなら早く話してほしいんだけど……


「♪〜」


 監視対象の影山さんはご機嫌みたいだ。鼻歌を歌いながらスキップらしきステップを踏んでいる。ただ不規則なリズムで前に足を運んでいるだけにしか見えないんだけど、本人的にはスキップらしい。


「危なっかしいよなぁ……あれじやいつ転けてもおかしくないよ。もうちょっと近くに寄っとこうかな」


 バレないように隠れつつ、影山さんと距離を詰める。道行く人に『またやってるよ』みたいな目で見られているけど、それは気にしない。こんなことをしているんだから、通報されないだけ御の字だ。


「あぁ! ……ふぅ。危ない」


 影山さんが小さな石に躓いて転けそうになる。思わず少し飛び出してしまったけど、なんとかバランスを取っているのを見て元いた場所に戻る。


(まだ着いてきてる……)


戻るついでに後ろを確認すると、追ってきている朝付さんの姿が確認できる。勘弁してくれよ……どこまで来るつもりなんだ? ……人のこと言えるのかって? はい。ごめんなさい。


 いっそ接触を図ってみるか? いや、流石にまだ早いか。決定的な証拠がないと、偶然だと言い張られて何も言えなくなってしまう。そう。僕が影山さんにやったようにね! ……そんな目で見ないでよ。誤魔化さなきゃ通報されると思ってたんだから。今となってはそんな心配はないけどね。確かあの時は……


※※


 ほんの気の迷いだった。彼女が帰っているのを見つけて、着いていきたくなった。少し気になっている人の背中を追いかけるのはどんな気分なのか、知りたくなった。


 その日は何もなく、ただ後ろを追いかけただけで終わった。猫に話しかける影山さん。楽しそうに遊ぶ子供達を見て微笑む影山さん。学校では見ることができない彼女の姿を見ることができて、ただ後ろから見ていただけなのに、何とも言えない充実感が僕の中に充満していた。


 ※


「ねぇ、さっくん」


「うん? どうしたの?」


 初めてのストーキング行為をした次の日、僕らは教室で普通に会話していた。もしバレていたらどうしようかと思ったけど、こうやって普通に話してくれるってことは、多分バレていないんだろう。


「昨日の……放課後のことなんだけどさ」


 ドキッとした。でも、それを顔に出すわけにはいかない。出してしまうときっとバレてしまうから。仮にストーキングがバレていなかったとしたら、こんなことでバラしてしまうのはもったいない。


「何かあったの?」


 何も知らない体で、ひとまずは惚ける。このあとの返答次第では、頭をフル回転させて自分の安全を確保しないといけなくなるかもしれない。


「私のこと後ろから追いかけてきてた?」


 ……誰か教えくれ。僕はここからどうすればいい? 話している場所が場所だから、影山さんだけじゃなくて他のクラスメイトにもバレてしまった。この話を聞いた全員を納得させる適当な理由を探し出さないと、僕は社会的に死ぬ!


「見間違えじゃない? 昨日はいつも通りスーパーに寄ってから家に帰ったんだけど」


 これだけじゃ、まだまだ理由として弱い。証明できるものはないし、証明しようとすると逆にボロが出てしまう。でも、次の理由を考えるまでの繋ぎの時間を作るには十分だ。


「ほんとに? うーん……私が友達の事を間違えることはないと思うんだけどなぁ」


「まぁ、そういうこともあるんじゃない?」


「うーん……絶対にさっくんだと思ってたのになぁ」


 確信持ってるよこの子。まぁ、当たり前か。僕も友達なら間違えない自信があるからね。


「この世には同じ顔の人が80億人いるって言うし、似てる人が身近にいたんじゃないかな?」


「3人でしょ! それじゃみんな同じ顔になっちゅよ!」


 この調子でおどけたりしながら、その場は凌ぐことができた。一部懐疑的な目線を向けてきている人がいた気がするけど、実害はないと思うし大丈夫だろう。そう信じたい。


 そして、放課後がやってきた。今日はどうしようか……数分考えた結果、欲望に負けて今日もやることにした。これがいい選択だったのか、良くない選択だったのか、今となってはわからない。少なくとも、僕は後悔していない。ストーキングをするのが存外楽しいから。


 学校を出るのを意図的に遅くして、影山さんの後ろにつく。幸い帰り道は一緒だったから、誰かに見られたとしても誤魔化すことができる。


「さっくん、いるんでしょ」


 うっそだろ。バレてるの? まだ5分ぐらいしか経ってないんだけど。まぁ、いいか。普通に出て行っても誤魔化せるし。


「あはは、バレちゃったか。もうちょっといけると思ってたんだけどなぁ」


「適当に言っただけだったけど、ほんとにいたんだ……」


 くっ……バレていなかったのか……もう少し様子を見ればよかった。


「たまたま見つけてね。驚かそうと思って後ろの方で待機してたんだ」


「ふーん」


 疑いの目を向けてくる。まぁ、それは仕方ないことだ。昨日の件もあるんだから、むしろ疑われない方が不自然だ。相手が友達でも、そこでしっかり疑うことができるのはいいことだ。


「昨日のこともあるからね。心配だったんだよ」


 『あくまで僕は無関係』そんな雰囲気を保つ。意味があるのかどうかはわからないけど、安心させるためには必要だろう。まぁ、不安の一番の要因は僕のせいなんですけどね……


「そうなんだ……ありがとう」


 安心した顔でお礼を言ってくる。騙した僕が言うのもなんだけど、ちょろいな。


「それじゃあ、これからも守ってくれるって思っていいの?」


 こう言われるのは予想通り。すでに考えていた返答を返す。


「うーん。難しいかも。僕も部活があったりするしね。できる限り(背中を)守るつもりではいるけど、毎日は難しいかな」


 よし、完璧だ。これで毎日は無理な理由をつけつつ、僕がその場にいないという前提を用意できる。つまり、僕をストーカー候補から外せるというわけだ。……まぁ、実際には行ってないから、部活メイトに話を聞きに行かれると速攻バレするガバガバ理論なんだけどね。


「そっかぁ……なら仕方ないね。いつもみたいに守ってくれるのを期待してたんだけどなぁ」


「僕がいる時は守ってあげられるから、それで我慢して」


 普段から影山さんを危機から守っている関係か、僕は『何かあっても守ってくれる優しい人』として認識されている。嬉しいけど、その称号は身に余る。


「わかった。今はそれで我慢してあげる。でも、我慢できなくなったら呼ぶから」


「へーへー。お守りしますよお姫様」


 あなたのすぐ後ろからね。。


 こうして、僕のストーキング生活は幕を開けた。ここからは、これといって何もなく、影山さんを助けたり……助けたりしただけ。いつも通りの事だね。


 それにしても、改めて振り返ってみると……僕って酷い人だね。

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