第19話 巫女は生活する

私はミコ。

リミュエール王国にある、セーズ村という村の出身だ。

年齢は1歳くらい……と聞いているけれど、村の人たちに聞いた限りでは私はであり……正しく言うならであるから、村の人以外には正しい年齢は言わないように、と教えられた。



私がなぜ、特別なのか。

それは……ドラゴンから、だろう。



両親から聞かされた。


私は元々身体が弱く、熱病にかかり今にも命を落としかけていたのだと。

そこに御方が降臨なされ、私と、そして村の人達に祝福を施したのだ。



その瞬間のことはハッキリ覚えている。



気がついた時には、私は光の渦の中に居た。母に抱かれたまま、ドラゴン様の……御方のことをポカンと見上げたまま。

身体を蝕んでいた気怠さも、頭蓋を支配していた悪熱も一瞬で消え去り、活力と知性が私の中に溢れてきたのだ。それはまるで、霧たちこめる暗中の闇の中に差し込んだ日光のように。


数刻としないうちには、大人たちが話している言葉の内容を理解できるようになり、数日もしないうちには跳んで走り回ることを覚え、農作業や魔物を狩ることを学んだ。背丈もぐんと伸びた、今では私よりも背の低い大人も居るほどだ。



なぜ私は、御方に助けられたのか。

その理由は、私達にはわからない。



私は。そして村の人達は。御方を神様の御遣いじゃあないかと思っている。

こんな奇跡をおこせるのは、そうじゃあないと説明できない。

村長も言っていたが、確かにそうだと私も思った。

私を助けたのは、きっと……御方が地上で責務を果たされる際に、協力者となる使徒が必要になるのだろう、とも。



御方のご様子を見れば凡そ解る。



例えば。


御一人で外に出られたかと思えば、村の近くでは見たこともない巨大な魔物を仕留めて持って帰ってきた事がある。そして、それに向かい劫火を放ち……御方が住まう付近もろとも焦土に変えられたのだ。


今でも、時折思い出して身体に震えが走る。


これはきっと、自らに仇なす者たちは文字通りの消し炭に変えてみせようという、凡庸な私にも分かり易く誇示してみせたのだろう。ただ癒しの力を授けるものではなく、必要ならば相応の神罰を与える力もあるのだと。

ならば私たちはその慈悲にすがり……しかしで御方へ献身し、庇護してもらうのが正しいのだ。


事実、御方へ献上するべく聖域洞穴の周囲を駆け回り魔物の幾ばくかを討伐した。さすがに御方のような強大な魔物は無理ではあるが、これでも村で覚えられることはすべて覚えてきたと自負している故、狩人としての心得を持てば自身よりも強いものであっても討つことは可能だ。

そして魔物の血肉を解体し、母に教えてもらった肉煮込みポーピエットを作って御方に献上したところ、すぐさまに、本当にあっという間に召し上がられた。村であれば20人の男を食わせられるであろう量でも、本当に一息であったのだ。



やはり、御方は私たちをただ庇護するだけではなく、その献身を期待されているに違いない。

それ以来、御方が討伐した大型の魔物を私に託しているのは、その証左だ。




また、御方から期待されていることが、もう1つある。




「御身よ。あれは太陽です」


御方が指で示すものを、私は一つ一つ答えていく。

御方はおそらく、私たちの言葉を学ばれようとしている。

当初は驚いたが、すぐにおかしなことはないと思いなおす。


御方が神からの御遣いであるならば、当然今まで使われていた言葉というのは神の国の言葉であろう。それならば、私たち人間の言葉を知らないのも道理である。

むしろ言葉など知らなくとも、すべてを平伏せしめる力をお持ちであるに違いないのに、私たちに寄り添おうとする御気持ちに触れ、ただただ平伏するばかりだ。



そして御方が私を指さす。




「ミコです。御身よ」



頭を下げる私を、御方はただ睥睨されていた。

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