第16話 変化の山村

リミュエール王国 フェーブル領 セーズ村――




ドスッ!

「ギッ……」


短く悲鳴を上げて、小鬼ゴブリンが倒れる。首に走った横一文字の剣閃の証から、少し遅れて血が吹き出し、数度痙攣して小鬼は絶命した。

小鬼を斬り殺した中年の男……ギヨームは、弔うように小さく息を吐くと、仲間に向かい声を張り上げる。



「こっちは倒した!そっちは?」

「こちらも大丈夫だ、やって来たのは10体だよな?3体は逃げてるはずだが、今はが追ってるよ」


帰ってきたその言葉に、中年の男は剣を収める。少し待てば、木々の間を抜けて禿頭の男……モリスが姿を見せた。

二人は手を上げ、まずはお互いの無事を確認した後に山の奥へ目を向ける。



なら大丈夫か。……しかし、ここ最近多いな。魔物モンスターがやってくるなんて」

「そうだな、毎日どころか1日に2回やってくる事もあるからなぁ……しっかし、来るなら小鬼じゃなくて、野猪パイアとか山鹿エイクスュルニルにして欲しいんだがな、一昨日みたいに」

「あの肉の煮込みピカール美味かったもんなあ……」


モリスが大きく頷き、そして責めるように小鬼が持っていた粗末な棍棒を軽く蹴る。茂みの中に跳ねて消えていく。


2人はセーズ村自警団のメンバーである。

開拓村は名前のとおり、今まで人の居なかった場所を切り拓き住めるようになるまで管理運営していく場所である。領内ではあるが何も生産していない場所というのは多い。開拓村というのはそういった場所に人を交流させ、畑を作り、産業を起こさせる、金のなる木を作るための投資である。だが人の手が全く入っていない場所に入植する以上、様々な障害……魔物モンスターや野盗のようなならず者、そして時には土着の原住民……が付き纏う。それ故に開拓民等は武装が認められ、有志を集って自警団を形成するのだ。



「いや……でも」

「ん?」

「野猪とか山鹿が来て欲しいって言うか……あいつらを飯の具材程度にしか考えてないのもおかしな話だよなあ」

「ああ、それな……」


2人の会話には若干の困惑も滲んでいた。

野猪や山鹿というのは森に住む代表的な魔物モンスターであり、開拓村らが死傷する原因のトップなのだ。


自警団は確かに武装を許されているが剣や槍など武器を除き装備は自前だ、金属鎧ともなると高価でありそこまで揃えられるような団員は居ない。

自警団長には退役した騎士や、手柄を上げた傭兵を召し抱えて据えるため、ある程度の訓練も可能である。しかし自警団員には普段の仕事……開墾なり農作業なりがあり、そちらをないがしろにはできない。いつも訓練できるような常備兵はごく僅かなのだ。


そして、魔物と人間は、そもそも身体の作りからして違う。


野猪は巌のような頑丈な身体に、鋭い牙、そして山の中であろうと猛進できる程の脚力を持っている。

対して山鹿は人間の大人2〜3人ほどの体躯と槍斧ハルバードのような角を頭部に備え、木立の間を俊敏に跳び回る。

農民は勿論のこと、自警団の面々でも1人では対処できない。もし見つけた場合は、木こりや採取人ギャザラーたちが森に入らないようにした上で、自警団員が複数人で取り囲み、罠や地形を駆使して追い込んで鏖殺するしかない相手で。それでも今まではちょっとしたミスで死傷者を出してしまうほどに強大な相手でのだが。



「まさか、あんなに簡単に倒せちまうなんてな」


モリスがポツリと呟く。

少し前に、運悪く野猪と遭遇してしまったのだが、突進してきた野猪に対して驚くほど冷静なまま身体が動き、手にした剣で、野猪をそのまま両断できてしまったのだ。

これだけならまだ、偶然、たまたま運が良かっただけだと思ったのだが……別の日も、あるいは別の自警団員も、容易く野猪や山鹿を、ただの1人で狩ることが出来た。あきらかな異常事態であるが、しかし原因には心当たりがあった。



「ドラゴン、か……」


ギヨームは何とも言えない表情を浮かべて呟く。



セーズ村に突如ドラゴンがやって来た、あの日。

ギヨームとモリス、また幾人かの自警団員はその場で武器を構えながらも動けなかった。

そして赤子が光の柱に包まれたときに、飛び散った光の欠片は、あの場に居た人間たちにも降り掛かったのだ。

ギヨームとモリス、そして他の自警団員は異様に強くなった一方で、あの場には居なかった別の自警団員に変わりはなかった。

また赤子の近くに居た薬師のおきな……クリストフ爺は、翌日には高齢になって痛み、動かなくなっていた身体が再び痛みなく動かせるようになっていたし、赤子の両親はその日の夜から声が村中に響き渡るくらいにになるほどに活力に満ち溢れているのだ。



「戻りました」


ギヨームとモリスがそんな話をしているところに、女性の声が響く。とすっ、と軽い音を立てて女性が2人の眼の前にした。

彼女は地面を歩くのではなく木を蹴って移動しているからだ……そっちのほうが速く移動できるから、らしいが。

突然に強くなったという実感が湧いているギヨームとモリスとて、しかしそんな常識外れなことまでは出来なかった。にも関わらず2人がそれを目の当たりにしても驚かないのは、それは他ならぬ、彼女がだからこそだろう。



「お帰り、ミコちゃん。そっちはどうだった?」

「小鬼を3体と……山鹿も見つけたので、ついでに狩っておきました。血抜きのために川においてあります」


そう答える彼女……ミコは、美少女と言うには大人びており、かといって美人というには幼さの残る容貌の持ち主だ。金色の髪は短く切りそろえられており、すらりと長い手足は、魔物を仕留めた故に血で染まっている。

そして瞳は爛々と輝いている……に。



「手際が良いな……じゃあ、回収しに行こう。しっかし、ミコちゃん何歳だったよ」

「両親からは、1歳だと聞きましたけど……」



ミコ。

彼女こそ、セーズ村にドラゴンが訪れたとき、その光の柱の中心にて祝福を一身に受けたである。まさしく大人のような容姿を持ち、知性を持ち流暢に言葉を話していようとも、間違いなく彼女は1歳前後の赤ん坊、幼児なのだ。


ミコはあの時、熱病に犯され確かに命を落としかけていた。

しかし、ドラゴンに救われた……ギヨームやモリスを強くし、村人らに活力をみなぎらせたあの光を一身に浴びて。

その結果、おそらくは急速に身体が成長したのだろう。

しかも、他の人間とは比べ物にならない程に強靭で屈強な肉体を持って。



ギヨームやモリスは、それほど信心深くはない。

食前食後に祈りを捧げるし、収穫祭や感謝祭には神に祈りを捧げるが、別に神のために滅私奉公をしたり、生活に枷をかけたりすることはしない。

それは、開拓村の他の皆たちもそれは同じだろう。

だが、それでも彼らは一様に、こう思っていた。



あれは、奇跡なのだと。

ドラゴンがもたらした、奇跡なのだと。


その奇跡を齎したドラゴンは、きっと――






ゴウッ―――!



風が鳴る音に、ギヨームとモリス、そしてミコも、はっと空を見上げる。


木々の葉の間を抜け、目に染みるほどの青さを湛える空。

空を飛ぶ姿。


ドラゴン。




「ドラゴン、ドラゴンだ……!」

「きっと村に向かっているのでしょう、行きましょう!」



驚くギヨームとは違い、ミコは若干の興奮を滲ませた声を上げて駆け出し、近くの木を蹴って一息で登ると、木々の間を跳ぶようにして移動していき、あっという間に見えなくなる。



「……見た目は大人になったけど、ミコちゃんはやっぱ子供だな」

「あんな子供いてたまるかよ」


ギヨームとモリスはぼやきながら、ミコを追って駆け出した。

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