第14話 確信の議場

城塞都市ブルスから見て南東。

マウンテンヒル山脈を背にする場所に、フェイス教国が存在する。




フェイス教国の成り立ちは特殊だ。




他の3つの国は建国王の遺志を引き継いだ大王国の正当な後継である(と、主張している)が、フェイス教国は違い、神への信仰より集まった信徒が興した国家である……より詳しく言うのであれば、かの建国王に少なからず反発した者の集まりであった。


建国王は革新的かつ先進的な技術や思考を広め大王国を築き上げたのだが、しかし「神の教えに敵対的である宗教?胡散臭いじゃん」という欠点を備えていた……そう、猜疑的ならばまだしも、だったのだ。


信仰心が薄いだけならば、それでも構わなかった。

市井の民は七柱からなる七曜神を信奉しても、神官でもなければ己の利益や享楽を捨ててまで信仰に帰依するものは殆どおらず、精々がお祭りの時に神に感謝の言葉をあげ、日常の細々とした所でお祈りを捧げる程度である。とはいえ、作法やら苦行やらを一般にも強いるつもりのない神や神官がそれを殊更に咎めることもなかった。


しかし開拓王は事あるごとに神を貶めカルト教団っぽい、「宗教の関係者は悪であるそういうお約束」と証拠も根拠もなく断定し、容姿の良い修道女を「保護」という名目で、掻っ攫う誘拐するなど問題行動を度々……いや、頻繁に起こしていた。


とくに後者については、温厚であった当時の七曜神教皇も流石にブチぎれ、自らの命を捧げることで神の降臨を給う奇跡をもって、「さっさと(建国王を)殺そうぜ!日が暮れちまうよ!」と、断罪を神に願うまでであった。


が、教皇の命が失われることもなく、しかし神が降臨なされることもなく(建国王は自身管理職では関与できない上位存在上司の案件だから、と神託お祈りメールを賜ったらしい)。

それがどういう経緯か建国王の耳に入り「神は死んだ!神は死んだ!」と、満面の笑顔を浮かべてこれみよがしに連呼され、屈辱のあまり教皇が憤死。


神官や信徒らは「やろうぶっ殺してやぁる!!」とキレ散らかすが、しかし建国王が滅茶苦茶強い文字通りの一騎当千のつわものであることは承知していた。負けないにしても、市井の民にまで影響が出ることは避けられない……そう判断した教会は怒りを飲み込み、できる限り、信じる神の違う者同士も団結して建国王と距離を取り……精神的にはもちろんのこと、政治的にも物理的にも……そうした中で自然と成り立った集落が、建国王の死後に国家として独立した運びである。


ちなみに独立した直後は教国もおもいきり荒れており、攫われた修道女らの弔い合戦も兼ね、建国王の王都である現城塞都市ブルスを攻略し占拠したりと戦乱に明け暮れたが、流石に月日も過ぎれば冷静さを取り戻し、今は城塞都市ブルスの領有についても、また各国の動向についても基本的には静観する姿勢を見せている。


そのような経歴を持つフェイス教国であるが故か、内政は教会のそれに近い。市民らを助祭と司祭が取りまとめ、司教が監督し、司教の中でも最も敬虔なものが枢機卿として、所属する神教の代表を務める。

なお、七曜神教すべての代表を務める位階である教皇は不在だ。これは建国王の横暴に対し、命をもって咎めようとした当時の教皇の願いを、理由はどうあれ突っぱねた神への抗議であり、神もまた自省を持って、彼らの意思を尊重しているためである。





フェイス教国 審問の場――



「では、次の議題に入る」



口を開いたのは、豊かな白髪と口髭を生やした老人である。真っ白な法衣に包まれた身体は巌のようであり、首から下げた聖印がなければ、歴戦の戦士と言われても信じられるだろう。


老人の名は、ラシュモア・グレーテル。土曜神に仕える枢機卿である。


この場に居る者は皆、ラシュモアと同じような格好で、黒檀で作られた円卓の席に座り、様々な繊維紙パピルスや羊皮紙に目を走らせて、全員が頷く。


そう、ここはフェイス教国の首脳部、枢機卿が揃い教国の方針を決める議場である。


最年長たるラシュモア枢機卿が議長を勤めており、彼は他の枢機卿らに頷き返すと、新たな議題を提示する。

そう、今回の会議はこれがメインといっても差し支えない。



「……ドラゴンについてだ」


ラシュモアの言葉に、各枢機卿らは再度強く頷き……あるいは、息をふうと吐き、手を合わせた。



「城塞都市ブルスはひどいものであった、たとえ巨人どもが攻めてきたとしても、ああはなるまい」

「建物はまるで乾いた葉の如く砕け飛んでいました。城壁も同じです。それをごく一瞬でやったと言うのですから、もはや驚くほかありません」


ラシュモアの言葉に、水曜神の枢機卿である若い男性、レイクス・リーデルが頷く。

レイクスとラシュモアは教国からの救援としてブルスに赴き、現地の教会の立て直しと同時に積極的な支援を行っていた。大地と水の神の奇跡は被災地では特に有用であり、神々もまた手助けをしてくれたのだ。

復興もおおよそが終わり、現地の神官に後を任せた2人は、情報を持ち帰るため帰参した運びである。



「しかし、魔力の痕跡はなかった」

「……!なんと」

「魔術の所業ではないというのか……」


続くラシュモアの言葉に驚いたのは、日曜神の枢機卿マッカラン・ラプンツェルと、火曜神の枢機卿へレンズ・レッドフードである。眼鏡をかけた中年の男性に、ラシュモア以上に筋骨隆々とした大男が、しかし同様に驚愕の表情を浮かべていた。


魔術というのは、魔力により神が定めた理物理法則を誤魔化して超常現象を引き起こす技術である。世間では広く用いられているが、神や世界に対する詐術であると考える教会関係者にとってはあまり好ましいものではない。もっとも、だからといって魔術師や神官の仲が特別悪いという訳ではないし、抗争が起きるようなこともないが。

しかし、あれだけの規模の破壊が行われ、そして魔術の痕跡……魔術が用いられた場合は必ず魔力の残渣というものが現場に残る……が無いとすると、考えられる答えは1つしかない。



「奇跡を、行使していると……?」


愕然とした様子で言葉を絞り出したのは、この中でも最年少、妙齢で肌の白い細身の女性、月曜神の枢機卿アイシィ・シンデレラ。


奇跡とは、神が正当な手段を持って世界の理に干渉し、恒久的・一時的に再構築を行うものである。魔術とは結果こそ類似しているが、その内実は異なる――例えば火を点ける際に、魔力そのものを可燃物だと世界に誤認させるのが魔術であり、祈りを捧げることで火が灯るという神の理物理現象を新たに制定するのが奇跡である。



つまり、ドラゴンが一切の魔術を使っていないとするのであれば。

魔術を用いずに超常現象を引き起こしているのであれば。

それは奇跡。

神の御技に他ならないのだ。



「……神託ハンドアウトは、なんと?」


もう1人の女性。アイシィよりも年上で、日にやけた褐色の肌に豊かな女性の象徴を持つ木曜神の枢機卿マルール・スリーピングは、喉が乾いたままに尋ねる。



「……ドラゴンについては回答ができない、と仰せだ」


目を閉じたまま、肌の黒い青年、金曜神の枢機卿メサビ・スノウホワイトが回答する。彼が代表してこの度の事態について、神へ問うたのだ。

だがこの回答、枢機卿らは黙り込む。



この回答は、神とドラゴンがことを示唆しているためだ。

関係がないならば、そう答えるだけだ。回答ができないということは、何かしら神にも事情を話せぬ制約が為されていることに違いない。神が至上の存在ではなく、さらに上位の存在が居ることは明らかなのだから、おそらくは今回も、同じ案件。



かのと同じであるのだろう。




「調査をする、かの王と同様の存在なのか、見極める必要がある」


ラシュモアが口を開くと、枢機卿らは頷き返す。異存などない。



「ダンケルハイト帝国も動いているようですが……注意すべきはリミュエール王国でしょうか?王国は冒険者に調査依頼をしたようですが……まだ先の帝国との休戦協定前だというのに、兵の出立準備もあると聞きます」

「コミンテルン共和国の動きはありません……内政の立て直しで、それどころではないのでしょう」

「ドラゴンが、かの建国王と同じ存在であるならば王国は手痛い反撃を受けることになる……それとなく注意を、いや警告を行うか?」

「それがいいでしょう、月曜神教会より派遣いたします」

「頼んだ」



枢機卿らは静かに、頷きあった。

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