第5話 思惑の面々

リュミエール王国領内 城塞都市ブルス――



「よし、力いれろ、運ぶぞ!せーのっ……!」

「落とすなー!足並み揃えろー!」

「その瓦礫は右だ!城壁に再利用する!」


瓦礫の山々の間を、喧騒や怒号にも似た掛け声が飛び交う。ガタイの良い男たちが、皆で協力して瓦礫を担いでは、所定の場所へと運んでいくのだ。

崩れた城壁は王国中より集めた造成系魔術師により応急処置が施されており、強度はさておき形状だけは元に戻っている状態だ。そこに大工ら職人が状況を確認しながら石材や混凝土コンクリートで補強していく。

魔物モンスターなどがやってこないよう、最優先で城壁を修理させていたが、それも先日にはひと段落ついたことから、今は都市内部にも手が回り、家屋の残骸も片づけられ、急ピッチで補修が進められていた。



「……こう言っては何だが、見事なものだな。数日でここまで元に戻せるのか」


修理が完了した城壁の上を、確認作業を兼ねて登っていた男性がふいに呟く。

長く金色の髪を結わえ大きく膨らませた髪型に、一瞥しただけでも洗練されたデザインのそれは、金銀の糸で刺繍され、力仕事をしている者たちの中では明らかに浮いた印象を与える衣服を身に纏っていることから、男性が貴人であることは疑う余地がない。

そして紫色に染色されたストールを首から下げているのを見れば、男性がただの貴族ではなく、より高位の人間であることに気がつけるであろう。


男性はリュミエール王国の現国王の嫡子であり王太子。ユーネ・ロワ・リュミエールその人である。


ドラゴンが現れ、街を破壊し、そして飛び去ってから4日が経過していた。

事件については、通信魔術によって瞬く間に王都へと伝達された。緊急事態であると認めたリュミエール王家は貴族たちへ緊急会合を呼びかけながらも、会合の開催を待たず予備費を充てて急ぎ城壁都市ブルスの復興に当たるよう各局に命じ、この復興の責任者としてユーネを指命した運びだ。



「無論にございます、ユーネ殿下。軍も派遣いたしましたし、何よりこの度、召喚いたしました造成系魔術師は、王国魔導学院の首席の者にございます故」


ユーネに付き従う男性……オーキツネン・ミニストル・カルトゥーチェ公爵が返答をする。初老ながらその所作は鋭く、淀みなく言葉を紡ぐ彼は王国の軍務大臣であり、ユーネの補佐を請けもっている。

オーキツネン公爵の言葉にユーネは頷くが……しかし、すぐに苦い顔つきに変わる。


「オーキツネン公爵の尽力には感謝している……が、これだけ早いのは、それだけの理由ではあるまい」

「はっ……その通りでは、あります」


同じく顔をしかめるオーキツネン公爵。彼ら2人の視線の先には、復興のために瓦礫を除去し、空いた場所へ家屋を建てていく、一所懸命に働く集団の姿があった。

彼らは全員、揃いの腕章を身に着けている……描かれているのは、斧と槍を模した紋章であり、百合と剣を紋章としているリュミエール王国とは異なる所属であることを表していた。



「ダンケルハイト帝国の兵士か……」

「国王陛下がフェイス教国やコミンテルン共和国からの復興の援助を受け容れたとは聞いておりましたが、まさか帝国の人足も許可されるとは」



ユーネとオーキツネン公爵は思わず口に出す。

ダンケルハイト帝国とリュミエール王国は、この城塞都市ブルスの領有をめぐり、今も争っている間柄である。


その敵である彼らが何故、この王国領内の都市に居るのかと言えば、この城塞都市ブルスという場所が特別であるためだ。


各国のちょうど中間地点にあるこの都市は交易の要である。言い換えれば、この都市が機能不全となることは各国の貿易が滞るに等しい。

いかに敵対国であるとはいえ、平時ではフェイス教国やコミンテルン共和国はもちろん、帝国にも門を開いているほどには、この都市から得られる利益は莫大である。1日でも門を閉じることは千金を失うに等しく、数刻でも早く復興を果たすためには、例え嫌いな相手だろうとその手を借りたいほどには人手が必要であった。最大の理由のうちの1つがこれ。


そして、もう1つの理由が、このブルスに住む市民たちの気質。

開拓王が倒れ、大王国が別れ4つの国になって以後、この都市はその領有が時々に応じてよく変わったという歴史的な経緯がある。

今でこそリュミエール王国の領有となっているが、フェイス教国やコミンテルン共和国の領有地となったことも、そしてダンケルハイト帝国の領有であったこともある。

それ故、守衛にあたる兵士を除き、市民たちの国への帰属意識はひどく薄い。領有が変わり所属する国家が変わっても、この都市においては慣習的に自治権が認められており、今住んでいる人間を追いやって新たに住民を移住させるようなこともない。法や税が大きく変わることがなければ、どこが自分たちの頭領になろうと気にすることはまずない……税を収める窓口の人間が変わるだけなのだから。

だからこそ、住んでいる住人たちが「迅速な対応」を求めている以上は、とにかくそれに応える必要があった……本音を言えば王国の力だけで復興を遂げたかったが、その為に他国の協力を断って復興にがかかったことが露見でもすれば、王国への悪感情が噴出し、住人たちが帝国への領有を求め抗議活動一揆を起こすかもしれないためだ。特に今回は都市が破壊され死傷者も出ているというブルスの住人らにとっては未曾有の事態であり、想像を絶する不安に包まれている。万一でも王国の対応に不満を持たれたくなかった。


そう言った事情を知っているが、しかし心境は複雑である。ユーネはため息をついた。懸念する事案はいくつでも思い浮かぶからだ。

そして懸念といえば、もう1つ。ある意味で帝国よりも厄介というべき存在。



「ドラゴン、か」

「……何人もの市民が証言しています。見間違い、と判断はできますまい」


ユーネとオーキツネン公爵は揃って目を向ける。

そこには造成魔術師や職人たちの手により修繕された城壁がある。

形状こそ今までと変わりがないため、これがまるで菓子が如くとは決して思わないだろう。しかし真新しく煌めく石材の光沢が、それが夢でも妄想でもなく事実であったと語っている。



「まさか、……ドラゴンという存在が」

「私も、この事件が起きるまでは、開拓王様の残した、ただの寓話の存在だと思っておりました」



ドラゴン。

今まで一人たりとも、この世界で見たことのなかった、空想上の怪物だと思われていた存在……それが実際に現れた。

2人は今後の対応を考え、城壁を眺めながらしばし口を閉ざした。






同時刻、城壁都市ブルス内 宿屋の一室――


「ドラゴン……証言以外には、物的な証拠はないか?」

「はっ、王国の物資集積場まで確認しましたが、それらしいものはありませんでした……証言によれば、矢を弾くほどの鱗に覆われていたとのこと。痕跡の一つも落ちていないこともありえます」

「そうか。流石にこの状況だ、何かしらの怪物が現れたことは疑いようがないが……どのような存在なのかは、調べる必要がある」

「……と、いいますと?」

「ただ暴れるだけの怪物なのか、それとも……言葉の通じる相手なのかどうかだ。前者ならば、次の宣戦布告をとりやめることも考慮せねばならんかもしれない」

「……確かに、もしそうであれば争っている場合では、ありませんね」

は後者ではないかと思うのだがな……いずれにせよ調査をせよ。どういう存在であろうとも、そして我が方が何をするにしても、ドラゴンが今どこにいるのかさえわからんのでは、対処のしようもない」

「はっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る