第2話 竜が確かめる

ふーっ、ふーっ……落ち着け、落ち着くんだ自分……クールになれ……よし。


大きく息を吸って吐く。

ひとしきり喚き散らかすうちには、だんだんと頭が冷えてきた。

とりあえず、現状を認識する必要がある。己を知らねば今後の予定を立てることすらできないからな。



まずは再度、水面を確認する。

そこに映っているのは、やはりドラゴン。

見間違いではない。俺が幻覚を見ているわけでもないだろう。

顎には牙が並び、四肢には鋭い爪を備え、一対の翼を背に生やしている。蛇を思わせる東洋の龍ではなく、翼の生えたトカゲに近い西洋のドラゴンだ。

ファンタジーなゲームや映画、さらにその起源である神話や逸話……古今東西あらゆる創作物において、善悪の違いこそあれど、ドラゴンは強大な存在として描かれている。

俺の身体はまさに、そのドラゴンになっているのだ。



グルル………



思わず唸る。

唸り声もまたドラゴンのそれになっているので、一瞬自分が発したものなのかわからずビクリとしてしまった。



次に自身の力について。


ちらりと壁を見る。

洞穴の壁はズタズタに抉れ削れており、岩が両断どころか賽の目に切り刻まれて地面に転がっている。

一瞥して、なにか得体のしれない何体もの怪物が力の限り暴れ回ったか、あるいは斬撃を飛ばせるような漫画やアニメに出てきそうな凄腕の剣士が数十人、ここで切ったはったの大立ち回りを行った結果だと言われれば納得できるほどだ。


これは全て、先ほど、無我夢中で腕を振り回した結果だ。


そう。



岩を断ち切ろうとか、そういう意思をもって爪をふるったわけでもないのに、バラバラに切断されている。「気づいたらこうなってた」と言うのが一番近い。

……いや、思えばそもそも爪は壁や地面に当たってすらいなかったな。

腕を振るった、その衝撃波で引き裂いてしまったわけだ。

それこそ、漫画やアニメやゲームに出てくるような、斬撃を飛ばしように。



……まじかよ。



俺は再び唸り声をあげ、自分の右腕を見る。

ドラゴンの身体であるために右腕というよりかは右前足というべきそれは、しかし非常に筋肉質で、洞穴を覗く月の光に照らされ、ギラリと輝く。

異世界なのだし、俺がドラゴンに転生しているということは、剣と魔法のファンタジーな世界の中でも王道中の王道な世界であると思う。リアル路線なダークファンタジーではないだろう。それなら、人間が斬撃を飛ばしたり、素手で大岩を砕いたり、魔法で大爆発を起こしたりすることが当たり前で特段珍しい事象ではない可能性もあるが……。




俺は試しに、地面を右腕で殴りつけてみた。全力でやると何が起こるのかわからないので、加減したつもりで、だ。



右腕を持ち上げ、地面に振り下ろす。

瞬間。



バゴォォォォ!!!



まずは違和感。


前提として、地面とは柔らかいものではない。

石、土、砂などの粒の大きさから違うものが、水分や空気を含みながら密集しているものだ。当然力を加えようにもその伝達ベクトルは分散してしまう。混じり合い方は均一ではないため所々に硬い部分や弱い部分はあるかもしれないが、少なくとも今までの俺の常識ではそのはずだった。学校のグラウンドに腕を叩きつければ地面が掘れるより先に、俺の腕がダメになるはずだから。

今回みたいに、ちょっと腕を振り下ろしただけで、まるでふわふわの砂糖菓子わたあめに突き入れたように腕が沈み込むことなんてありえない。



次に、周囲に飛び散る土砂。

少し遅れて轟音。


何事かと俺が目を見開く頃には。

そこには大きなが発生していた。


地割れは瞬く間に拡がり、あっという間に洞穴を引き裂いていく。

ガガガ、と前世において一度も聞いたことがないような金属が擦れる音とも軋む音とも違う、大地が悲鳴と怒号と怨嗟をあげているような轟音と共に地面が左右に別れていき、ちょっとした谷が新生されていく。

思わず覗き込んでみたが、深さはわからなかった。



なるほど。



気合の入ってない攻撃通常攻撃で、地割れを起こせるくらいの攻撃力があるということか。

普通の攻撃が全体攻撃になりそうな勢いだ。



なるほど。



グォォォアァァァァァふざけんなぁぁぁぁぁ――――――!!!!



本日2度目の悲鳴にも似た慟哭は、やはり竜の咆哮となって響き渡った。






◇◇◇






パワーはもういい。

いや、よくないが。


一体全力を出したらどうなるんだという興味……というよりは懸念とか不安……はあるが、確かめるわけにはいかないだろう、こんなの。

通常攻撃で地割れだぞ?

会心の一撃とかどうなるんだよ。

この星がパッカーン!とカチ割れるとまではいかなくても、地軸がズレるとか言われても困るぞ。いやマジで。何が嫌だってこれが比喩でも揶揄でも隠喩でもなくて本当に有り得そうなところだが。



さて、どうしたものか。



ドラゴンなのだから、やはり竜の息吹ドラゴンブレスとか出せるのかなとか考えていたが、地割れの一件を鑑みるにそれをここで試すとヤバそう……いや、絶対に絶対に絶対に本当にヤバいことになる確信があるので保留する。



何かこう破壊活動以外でできることはないか?

もっと文明的なものっていうか、パワー以外のものは持ってないのか?

木を植えるとか鍛冶とかそう言うのでいいから、なんかこう生産性のあるスキルとか魔法とか覚えてないのか?


グルグルと唸りつつ考える……そういう便利魔法が使えるのかと思ったが、木よ生えろ!と念じても出てこないし、剣よ出てこい!と念じても出てこない。こういうのなら人間に変身すればパワーが抑えられるのでは?と思いついたが、どれだけムニャムニャと呪文っぽいことを唱えてみても、俺の身体がドラゴン以外のなにかに変化する様子もない。

俺は、所持わざが全部攻撃技フルアタの構成なのかもしれん。変化技とか補助技とかが一切ないヤツ。



どうしたもんか……と思ったが、そういえば、俺の背には翼が生えているんだった。



空を飛べたりしないかな?


試しに羽ばたかせると……お、おお?なんか体が持ち上げられるような……おっ!地面から足が離れた!飛んでる!俺今飛んでるぞ!


しばらくそうやってその場で滞空したり、上下に移動しているうちに、何となく飛び方もわかってきた。

もともとの身体が飛び方を覚えているのか……それとも、ドラゴンは記憶力が優れているのかは解らないけれど。作品によっては叡智の持ち主だったりするし、後者なのかもしれないな。


まあそんなことはどうでもいい、今重要なことじゃあない。

そうやって翼をはためかせ、俺は思い切って洞穴から飛び出す。

ぐわっと身体が持ち上がり、風を切って一瞬で地表を飛び立ち、大空へと身を躍らせる。

空は、いつの間にか夜が明け日が出ていた。色々と魔法が使えないかとか調べていたから、思ったより時間が進んでいたらしい。


翼をぐんと動かせば、まるで手繰り寄せているかのように蒼穹がぐんと目前に迫る。

薄い雲が顔にかかり、さっとレースのカーテンを潜り抜けるように白い靄が一瞬だけ視界を覆う。

実際には俺の方が飛び上がっているのだが、まるで空そのものを手中に収めたような。そんな万能感とも似た、驕り高ぶっていると誹られても仕方がないような、高揚が全身を支配する。

一息で空高く飛び上がった俺は、その上空より大地を見下ろす。

洞穴がぽつんと見え……そこから巨大な地割れの亀裂が走っているのが見える以外は、ずっと緑に覆われた森……いや、樹海が広がっている。

前世でも飛行機に乗ったことはあるし、窓越しに下を見下ろすことはあった。家々が米粒よりも小さく見え、島の全容が見える様は、初めて見たときは酷く興奮したものだ。

だが今はそれとは違う。なぜなら自分の力で、自由に空を飛べているのだから。

それに、見よ。千里眼みたいな魔法があるわけじゃあないが、しかしドラゴンの視力はとんでもないようで、樹海の木々がよく見える。

この時、この瞬間においては、俺は自分がドラゴンに転生したことに感謝すらしていた。



そうして樹海を見渡して、その先を見るためにぐっと視点を上げ……お!樹海の先に、村みたいなものがあるな。

距離は結構離れているから、流石に村人の様子とかそこまでは解らないけれど、家の形を見るに前世の現代日本とはだいぶ異なる……そう、中世ファンタジーの村とかに建っていそうな家だ。

そのさらに先には草原……平野が広がっていて、そこに城壁に囲まれた街が見える!



異世界の街だ!



俺は、とめどなくあふれる興奮と高揚感に任せ、街に向かって飛び始めた。

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