第一章-3 あの町、この町

お父さんのお仕事は本を作ること。本の中にあるお話を作ることがお父さんのお仕事だよ。

わたしはお父さんの作る絵本が好きだった。たくさんの動物が町の中で学校に通うお話。でもね、絵が変なの。へたっぴ。

だからそこでお母さんの登場です。お母さんのお仕事はお洋服の絵を書くこと。もちろんわんちゃんもねこちゃんもとってもかわいくかくよ。

わたしが聞いたお母さんとお父さんの出会いは本の上だった。お母さんは絵が動くためのお話を、お父さんはお話が文字じゃなくて絵で見えるようにできるしゅだんを探してた。

二人は一つの絵本を生み出した。どっちかがなかったら完成できない絵本。それが二人の大好きって形なんだ。

でもね、その絵本の中にはわたしはいないの。


かなしいね。さみしいね。泣いちゃうね。


ヨセフさんはわたしのお父さんです。でもお父さんじゃない。

わかってるよ。会ったことのないお父さんが世界のどこかにいる。お母さんと一緒にわたしをつくった人がいる。でももう一緒にいない。




お父さんはわたしのこといらないんだ。お母さんのことも。




一回だけ。お父さんのことを聞いた。

お母さんは言った。


「別の子を作ってたの」


わたしは、何も言わなかった。


もう、何も聞かなかった。




わたしのお父さんはヨセフさんです。とってもすてきなやさしいお父さん。

絵本を書くよ。でも絵がへたっぴ。だからお母さんがお手伝いして、絵をかくの。

わたしのお母さんはエヴァっていうの。お父さんのことが大好きな、とってもすてきなお母さん。一個だけ秘密を隠してる、みんなのお母さんとおんなじお父さんが好きなお母さんです。

それでね、それでね。

わたし、マリア。エヴァとヨセフの間に産まれなかった、子どもです。でもお母さんはエヴァで、お父さんはヨセフさん。

今ね、新しい絵本を三人で作っているんだ。雪が降る、山小屋の中で春を待つお話なの。


わたし、すごく楽しみにしているよ。はやくわたしたちのところに春がやって来るのを、みんな待っているの。わたし、大丈夫。大丈夫だよ。

マリアはね、マリアだから大丈夫だよ。













お月さまもいない真っ黒な夜になると、こわい夢を見る時があるの。大きな大きなヘビさんがマリアを食べちゃう夢。

マリアがおいしいからペロペロなめて、大きなお口でぱくりと呑み込んじゃうの。ヘビさんは言うんだ。おいしい、おいしいって。

でね、また次の夜になるとヘビさんはマリアのとこにやってくるの。なんにも言わないでマリアをなめて、ぱくりと呑み込んで、朝になる前にはどこかへ帰っちゃうの。

マリアは何度も 何度も食べられちゃう。それがこわくてマリアは泣いたの。

ヘビさんはそれもおいしいからもっと泣けって言うの。


おかしいよね。そんなに大きなヘビさんなんて知らないのに、ぺろってなめられると知ってる気がするの。

お母さんに言ったよ。こわかったから。こわくてヘビさんから逃げたかったから。

お母さんはお父さんを呼んできた。それでね、マリアの手をぎゅって包んで、ヘビさんが今度来たら守ってくれるって。

マリアはこわくなくなった。

わたしはヘビさんの夢を見なくなった。

もし次に見たらね、お父さんとお母さんがいるから大丈夫って言ってやるんだ。わたしには二人がついててくれるんだぞって、ヘビさんを追い払ってやるんだ。




ヘビさんはこっちをじろりと見て、お家に帰っていきました。

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