わたしはマリア
第一章-1 あの町、この町
マリアにはね、おとおさんがいなかったの。おかあさんだけだった。
絵本のなかにはおうじさまとおひめさまがいるわ。おうさまになっておきさきさまになるわ。それでね、だれかのおとおさんとおかあさんになって、新しいおうじさまとおひめさまをつれてくるのでしょう。
でも、わたしにはおかあさんだけだった。
やっとお手てで数をかぞえられるころになった時にね。おかあさんはわたしにとってもすてきなおくりものをしてくれたの。
それが、おとおさんだった。
そのひとはね、おいすに座るわたしとおなじせになって、にっこりわらったわ。おおきくないこえで、でもだんろのぱちぱちいう音にまけないこえでわたしにいいました。
「僕はヨセフ。君のお名前はなんて言うのかな」
とってもやさしくてふわふわしたこえだった。きっとこのひとに絵本をよんでもらえたらとってもすてきだなっておもったの。
わたしはよういしておいたとおりにおなまえをいいました。
「わたし、マリア」
とっても冷たい冬の日だったのを覚えているよ。だって、ヨセフさんがわたしのお父さんになった日だもの。
うれしくてうれしくて、貴女、カレンダーに花丸をつけちゃったのよってお母さんが毎年その日になると笑って言うの。知ってるよ。お母さんのたからものが入ってるお菓子の缶の中には、花丸つきの古いカレンダーが一枚、入っているんだって。
その日、わたしとお母さんは小さなアパートを出て大きな木でできたお家にやって来た。
近くにあったお菓子屋さんだとか、お喋りなおばさんがお会計してくれるスーパーだとか、あとね、いじわるな男の子たちがいつもボールで遊んでる公園。そういうとこにさよならするのはちょっと悲しかったな。
もう会えないからさよならしようね。お母さんと手を繋ぎながら、わたしは最後の日に手を振った。
カラフルなフィルムに包んだキャンディをみんなにあげたの。ありがとうって伝えたくて。
みんな、わたしの手を包んでお祈りしてくれたの。小さな町だから、みんなわたしのお名前を知っていた。マリアに祝福を。そう言って、最後に頭を撫でてくれた。
あの男の子たちでさえわたしに祝福をくれたの。すべての人が幸せになれたら、世界はとってもすてきだね。そう言ったら、お母さんはわたしを抱き締めてくれた。わたしは優しくないよ、お母さん。
そうしてわたしたちはお父さんのいるお家に行った。アパートにあった荷物は全部大きなお兄さんたちが運んでくれた。
わたし、働き者の妖精さんのお話を知っていたからね、お兄さんに大きな妖精さんですねって言っちゃったの。お母さんは真っ赤になってお兄さんとお話してたわ。今思い出すとわたしが真っ赤になっちゃう。
わたしたちは列車に乗ってお父さんのいる町に行った。ずっとずっと遠い、お山の方。
冬には雪がすっごく降るんだって。尖った葉っぱの木がたくさんあって、森になってるの。クマさんはいますかってお父さんに訊いたら、クマさんはいないけどトナカイさんはいるよって私たちに言うの。その中にはね、きっとサンタクロースのお手伝いをしているトナカイもいるって。
わたし、すっごく楽しくなっちゃってね。今年のクリスマスはトナカイさんたちにプレゼントを用意してあげようって二人に言ったらしいんだ。もちろん、サンタクロースには会えなかったよ。
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