最終章 叫べ! 僕らのジャイアント・パンダー!!

 無人の最前線基地から送られてくる映像を睨むようにみつつ、司令は汗を拭う。

 何をしている訳でもない。 いや、何も出来ないことが神経を摩耗させ疲労を蓄積させる。

 その時、不意にGが空に向かって吠えた。

 何事かと注視する司令と参謀は見る。

 G、ジャイアント・パンダーが首を曲げ、落下しつつある(進入角度のため、見た目は斜めに侵入してくる)隕石の方をみる。

 そしてゆったりと上下していた肩がせわしなく動き出す。

 体毛の一つ一つが心なしか毛羽立ち、針の如き鋭さ伺わせる。

 ゆっくりと開く後ろ足はなにかに備える様に僅かに膝を曲げた状態となる。

「いよいよ始まるか……。」

 司令がつぶやく。 参謀も既に「何が」とは問うことはしない。 作戦実行の全権を司令に任せた時点で彼女にできることは、推移を報告することだけだ。

「G周辺に僅かな磁気反応。 いえ、反応が指数関数的に増大しています。」

 ただただ現状を報告する参謀。

 その報告を聞いても司令は微動だにしない。 彼もまた戦っているのだ。

 恐怖に負けて起爆のタイミングを間違えれば全てが無に帰してしまうこのタイミング。

 ただただ、スイッチのタイミングを間違えないための恐怖との戦い。

 物理的に巨大すぎる2つの敵。 新兵器情報を隠匿する自陣営。 何より過去の栄光にしがみついていた自分。

 それらに屈する事ないように、司令もまた両足を踏ん張りモニターを凝視していた。

 モニターの奥、赤く輝いていた隕石は次第に白く大きくなっていく。

 いよいよ地球への突入コースに入った。

 ただの隕石でありそれ自体には、何の意識もないかもしれない。

 しかし、その動きには悪意がある。 地表の生物を根絶やしにせんとする邪悪な意志が。

 ジャイアント・パンダーはそれを感じ取り出現したのかもしれない。

 作戦を立案した地球原理主義者の科学者ならそう断言したかもしれない。

 司令もまた、主義者ではないがその説を信じている。

 パンダーが地球ガイアの化身であるなら、隕石による暴虐を許さないだろう。

 『地球を守りたい』と言う気持ちは少なくとも自分と同じであると。

 だが、もし違うのであれば、核地雷を使用し近辺ごと吹き飛ばす。

 隕石落着の直前に起爆させれば、その衝撃波がいくらかは隕石落着の衝撃を相殺してくれるかもしれない。

 強い光が宿る司令の瞳の先でジャイアント・パンダーは再度吠えた。

 それは間違いなく隕石に向かって威嚇するように。

「電磁パルス更に増大。 ……いくらGが巨体であり、自前の発生装置を持っているからと言って、これ以上は体が持たないのでは……。」

 状況報告を繰り返す参謀にも焦りの色が見え始める。

 彼女もまた地球を、人類を救いたい気持ちは司令と変わらないと自負している。

 ただ、これまでの自分は軍人であらんとした結果、杓子定規に物事を考えていた。

 司令にしても過去の愚にもつかない所業で、人生の大半を僻地で過ごすことになった英雄という名のお荷物と考えていた事がある。

 でも彼は困難な状況でも諦めず、必要とあれば全ての責任を一人背負い、戦おうとしていた。

 この司令の元でなら自分も遺憾なく力を発揮できるかもしれない。 心の中で総革新できるものを感じていた。


 ジャイアント・パンダーの全身にスパークが走る。

 体内に貯蔵した電磁パルスは臨界を迎えているようだ。

 それでも威嚇の姿勢のまま隕石を睨むパンダー。

 彼もまた意志を持つものであるのだろう。

 そしてついにパンダーは一際大きな咆哮を上げる。

 同時にパンダーの全身が激しく光り輝く。

 モニターが全て白に塗りつぶされると同時に、地面と空気を伝わる衝撃が司令室を襲う。

 ジャイアント・パンダーがいる前線司令部からここまで、100キロメートル以上は離れているにも関わらず堅牢な基地施設を揺らす衝撃。

 その中でも司令は踏みとどまりスイッチに手をのばす。

 モニターが回復した時に隕石が迫っていればスイッチを入れるタイミングだと、自分を言い聞かせモニターを睨む。

 参謀もまた両手を組みなにかに祈った。

 祈りの先は信仰する神か、Gか、人類か。

 やがて回復していくモニター。

 その空にはそれまで煌々と輝いていた星はない。

 またGの巨体も消えていた。

「な、パンダーまで消えている……?」

 誰に向けるともなく司令のつぶやきが漏れる。

「あらゆるセンサーでもGを補足できません。 まさか完全不可視効果とかでは。」

「わからん。 だが質量も計測できないとなると消えてしまったのかもしれんな。」

 スイッチから手を離しながら司令が答える。

 ただとりあえずは人類が助かった事への安堵と、パンダーヤツと決着がつけられなかった事への憤慨が自分の心の中で渦巻いているのは理解している。

 やはり根っからの武闘派であるなと自嘲気味に笑う。

「後処理は山積だがとりあえず、祝杯を挙げないか?」

 振り向きざまに気さくな笑顔を見せた司令に、参謀が答える。

「問題の先送りはよろしく無いのでほどほどでしたら、よろしいですよ司令。」

 そう言いながら席から立ち上がる参謀。

「そうそう、この打ち上げですが、野乃木中将の奢りですよね?」

 参謀は屈託のない笑顔で司令に問いかけた。

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叫べ! 僕らのジャイアント・パンダー!! サイノメ @DICE-ROLL

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