ささくれ

十三岡繁

ささくれ

 大久保公園は山手線の新宿駅と新大久保駅の丁度中間に位置する公園だ。この公園から北側には百人町という渋谷の丸山町の様にラブホテル街が広がっている。丸山町と違うのは、昔から夜ともなれば立ちんぼと呼ばれる売春婦がうろうろしている事だろう。


 現在は百人町のあたりは夜間も照明が明るくなって、昔ながらの立ちんぼはだいぶ減ってしまった。代わりに大久保公園のまわりに若い女の子が立つようになった。もちろん彼女らの目的は売春である。

 

 少し派手目でギャルの様ないで立ちで、直接交渉の他スマホを使って集客もしている。なので客待ちの間もずっとスマホを眺めているのは、昔の立ちんぼとは大きく違う。


 単に興味本位だったのかもしれない。今までお金で女の子を買おうなんて思ったことは一度も無かった。病気だって怖い。でもどうして彼女たちがそこで夜に自分の体をお金に換えようと思ったのか、そうしてそれを実行に移したのかには興味をそそられた。


 僕は一人の少女に声をかける。丁度二十歳ぐらいに見えるが、独特のメイクをしているので良くわからない。ゴム無し1時間2万円。それがここの相場らしい。相場通り二万円という金額を提示すると、彼女はすぐにOKの意思表示をして僕の後についてきた。百人町のホテル街はすぐそこだ。そのうちの一軒に入る。


 今日は平日なのでこんな時間でも結構部屋は空いている。一番安い部屋では申し訳ない気がして、空いている中では下から二番目の部屋のSTAYボタンを押して、顔の見えない窓口で鍵をもらって部屋まで移動した。最近は受付も会計も対面せずに終わるラブホテルが多い中、何とも古風である。


 部屋の中に窓はあるが外から夜の街の光は入ってこない。窓は二重になっていて内側の窓は完全に遮光になっている。これが消防法上許されるものなのかどうかは僕には分からない。僕は部屋に入って上着を脱いでハンガーにかける。そうしてベッドではなくソファーに腰かける。彼女の方はソファーの隣ではなくベッドに腰かけてすぐに服を脱ぎ始めた。


「ちょっとその前に話をしてもいいかな」


 彼女は少し戸惑うような表情を浮かべたあとこう言った。

「時間は一時間だからね。延長するなら30分ごとに5000円だよ。どういうつもりか知らないけど、お兄さんが喜ぶような話は私にはできないと思うよ」


 彼女は新宿に来てまだ二週間だという。九州出身とまでは教えてくれたが、都道府県までは教えてくれなかった。それは彼女にとっての秘匿情報らしい。言葉に訛りは無いように感じたし、仮に訛っていたとしてもそれがどの地方の言葉なのかは僕には分からないだろう。


「私たちは社会に必要とされて生まれて来たわけじゃない。で、冷え切った世の中で気がついたらこうなってたんだ。生まれたらときからずっと邪魔者扱いだった。心地いい居場所なんてどこにもない。目についたら取り除かれる存在だってびくびくしてた。今でもそうだ。でもここでは必要だと言ってくれる人がいる。薄っぺらなお金だけの関係でも人に必要とされることは心地いいんだよ。うーんなんだろ?安心するんだよ」


「相手はただ自分の欲望を満たすためだけに、君たちを利用しているだけなんだよ。そこには血縁者や恋人のような愛情は全くない」


「欲望を満たせてあげられるのであれば役に立っているじゃないか。そうして求められているという事でしょう?ちゃんと対価ももらえるし…。血縁関係に何の価値があるっていうんだよ?お兄さん結婚してるの?」


 それを聞いてどうするのかなと思ったが、僕は自分が独身である事を告白した。なぜか最近将来を約束した相手に振られたことまで話してしまった。彼女はだまってそれを聞いていた。聞き終わってから少し微笑んだ。


「お兄さんも色々と大変なんだね。ほら、時間が無くなるよ。私先にシャワー浴びてくるね」そういって彼女は浴室に消えていった。


 ホテルの部屋の窓から外は見えないが、大久保公園の南側には都立病院と弁護士会の相談所があり、北側にはハローワークがある。


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