「ささくれを切る」【KAC20244:ささくれ】

冬野ゆな

第1話

 痛み。

 指先の皮膚が急に引っ張られる感覚と、突然の痛みがあった。

 いつの間にかできていたささくれが、持っていたクッションの繊維を引っかけていたらしい。クッションの繊維は微々たるものだったが、ささくれにひっかかってもっていくには充分だったのだ。繊維はクッションを投げ置いた拍子に引っかかったらしく、指先に痛みを残していった。指先を見る。びろんと細く伸びたささくれが、ピンク色の皮膚を露出させて立っている。憎らしい細かな繊維は、どうやらいまの事故でささくれを悪化させるだけ悪化させていったらしい。そのくせ中途半端に生き残ったささくれは、下の皮膚を露出させていた。露出した皮膚は何が起きたかわからなかったらしく、しばらく呆然としたようにピンク色の顔をさらしていたが、やがて赤く腫れ上がったように血をにじませた。

 ああ、やってしまった。

 血が出るのと出ないのでは話が違ってくる。

 軽く口をつけて舌で舐める。鉄の味すらしないくらいの小さな出血。

 血はすぐにとまった。

 濡れたささくれがへにゃりと皮膚にくっついていた。そのまま剥がせないかと思ったが、引っ張ってみると意外に痛い。剥がれた時に深く剥がれてしまったんだろう。血が出るくらいだから当然だ。こうしてみると、たかがささくれひとつにずいぶん振り回されている。

 私は抽斗を開け、甘皮処理用の道具を取り出した。爪切りに似た道具で、刃は小さめで斜めになっている。私はこれをもっぱら甘皮ではなくささくれの除去に使っている。そっと、ささくれの根元に刃を入れる。指に力を込めると、刃が肉から離れた皮膚をゆっくりと挟んでいく。音もなく、私から皮膚は分離した。

 刃の内側にへろりと貼り付いたささくれを爪でこすると、ぽとりとテーブルに落ちた。

 こんな薄っぺらいものが私を痛めつけたのだ。

 これまで私の一部だったものを指先に貼り付けると、ゴミ箱へと捨てた。痛みはあっけなく引いて、あっけなく終わった。

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