40:吸血鬼は世界を見つめる

 五十年ほど過ぎた頃、氷ぃっちの弟君が亡くなった。彼はこの世界の人類にしてはとても長命だった。

 もちろん『魔法』の影響だ。

 そんな彼は、孫やひ孫などに看取られて眠るように逝ったそうだ。彼は生涯、冒険者として過ごしたそうだが、最後に自宅で永眠出来たことはさぞかし僥倖であろう。

 なお事前に死期を悟った私が氷ぃっちにそれとなく暇を出したのだが、彼女は言葉の裏を察したくせに、素っ気なく「止めておくわ」と、言って結局、弟君に会いに行くことは無かった。

 しかし亡くなったと伝えた当日だけは、「ごめんなさい。今日はお休みを貰うわ」と言って部屋に一日篭っていた。


 さて弟君と言う足枷を失った氷ぃっち。

 もしかして今こそが、あの約束の私と共に心中する時かもしれないと思い、私は笑顔を絶やさぬように気を付けつつ、

「私はいつでも構わないからね」と、告げた。

「じゃあ今晩だけ、お姉ちゃん・・・・・と一緒に寝ましょうか」

 なんとっ氷ぃっちの突然の『デレ』と言う不意打ちだ!

 さあ殺せとばかりに覚悟を決めて言ったというのに、そんな甘い返事が返ってくるとは予想もしていなかったよ。

「君はもしや、私を悶え殺そうとでもいうのか!?」

 そんな美味しい─失言─手段よりも、教えた『魔法』でサクッと頼むよ!

「やっぱりやめようかしら」

 とても気持ち悪い人を見る様な─ただし眼鏡は光って視線は見えない─表情で、引かれたさ。

 謝り倒しまして、初めて一緒に寝ましたとも!!







 さらに時は過ぎていき、この世界にやってきて二百年ほど。

 あの一件以来、定期的に見ていた過去の世界。

 ─子孫くんは、戻るや否や、作戦失敗の責任を取らされて処刑された。

 その際の彼らの言葉は「やはり化け物の子孫に任せるべきではなかったな」と言うあざけりの言葉だった。

 なお子孫くんをあちらに返す際にちょっとした爆弾いやがらせを仕込んでおいたので、彼らは子孫くんを処刑した瞬間に彼の影から生まれた化け物によって命を失っている─

 最後の砦たる人類の本部が壊滅したことは、かなりの痛手だったらしく、それ以降は真綿で首を締めるかのようにゆっくりと人の数が減って行った。

 そしてついこの前、最後の人類が滅んだ。

 滅ぼす相手が居なくなった超獣かれらは眠りにつき、新たな知的生命体が生まれるまでしばしの時・・・・・を過ごすのだろう。

 ただししばし・・・とは彼らの主観、きっと万年ほどの刻。

 こうして過去の世界の監視は終了した。



 さてそんな前の世界と違い、こちらの世界はと言えば、相変わらず科学が発達する様子はなく、『魔術』の研究が盛んの様だね。

 ただその歩みは鈍く、世界に影響を及ぼす様な『魔術』はまだ生まれそうにない。

 だがそれはとても幸運な事だ。なにせ、もしもそれを産み出す様な輩が現れたのならば、私自ら動く必要があるのだから。


 世界に影響を与えるほどの『魔術』は無かったけれど、新たな大量殺戮『魔術』を産み出した者はいた。

 そしてその者の国は、その『魔術』を使い戦争を始めた。


 十年ほどで大陸中の国を巻き込むほどに戦火は広がっていき、私が棲む森を治める国も例外ではなく、百年を超える平和もついに失われて戦争が始まっていた。

 連日、大陸のどこかしらで戦争や抗争があり人がバタバタと死んでいく。

 どりあんは、『森を封鎖するわ』と、森に逃げ込む人間が入り込まない様に、さっさと森を閉じて外界から遮断した。

 これを非情だとは思わないでほしい。

 逃げ込んだ人を発見するや、森に火を放つ愚かな者が後を絶たないのだよ。


 森を封鎖してはみたが、一切の情報が来ないのも問題だとして、街の様子を見に向かった魔王やんは、「なんと勿体無い事か」と嘆いていた。

 長年の付き合いからその嘆きは聞くまでも無く解った。どうやらさすがの魔王やんも落ちている食料にんげんを喰う気にはならないらしいよ。


 噛みくんは、すでに巣立っていた我が子らを、フラりんの棲む山へ呼び戻していた。戦火から遠ざけたと言う訳ではない。スーパーレアな噛みくんと聖獣フラりんとの子供たちだから、その性能は当然のように群を抜いている。単純に戦争に利用されるのを嫌っただけだ。


 氷ぃっちは覚えた『魔法』で人を助けに行くことは無く、普段と変わらず城でお掃除メイドをやっていた。彼女は『人外ばけもの』が相手である場合は手を貸すが、人と人の争いに関与しないからこの態度は当然だろう。

 ただし心は穏やかでは無いようで、ぼんやりと空を眺めながら「早く終わると良いわね」と漏らすことが多くなった。


 戦争は六十年ほど続き、大きな四つの国が誕生する形で終わった。

 私の棲む森は、前身の国とはなんら関係のない別の国が治めることとなったようだ。だが国が変わったとは言え、そこに住む人が大きく変わることは無い。

 お陰でこの森の噂は相変わらず、この近隣の住人の間で語り継がれ恐れられていた。


 しかしそんな住人らの想いとは違って、半世紀も姿も見せない魔王などと言うモノは、存在そのものを危ぶまれるようになっていた。

 ややもすれば、新たな冒険者のギルド的な組織も生まれ、再び森の魔王を倒す、または存在するか調査する依頼が出るようになった。


 しかしここは、いまや魔王の森などではなく『神魔』の森である。

 守護者たるどりあんも居ることから、以前の様に城の玄関を壊される様な無様なことは万が一にもない。

 冒険者の多くは、森の中で彷徨い魔獣に喰われるか、気まぐれに聖獣に助けられると言った末路を辿っている。

 さて、今日も噛みくんが森の恵み・・・・をとりに向かった。

 最近は程よい恵みが得られるようなので─氷ぃっちは少々渋い顔を見せているが─、また良い時代に戻ったものだよ。




 不老不死とは呪いだ。

 姿が変わることが無いので一所で過ごせず、おまけに自由に死ぬこともできない。そんな変わらぬ日々は、いずれ飽きが来る。


 さて、

「いつになったら私は解放されるだろうか?」

 そう問い掛けるのはいつも眼鏡の美女で、彼女は決まって

「もう少し、あたしが生き飽きるまでよ」と笑う。


 『神魔わたし』が倒れても、世界に超獣が溢れることは無いよと、かなり前に彼女には告白している─命を媒介にしてでも滅する所存だ─と言うのに、彼女の答えはいつも釣れない。


 まだまだ私の退屈な生活は終わってくれないようだね。


-完-


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吸血鬼はのんびりと暮らしたい 夏菜しの @midcd5

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