【KAC20244】ささくれ > 人の話

猫とホウキ

集中力の行方

 音声のみのリモート会議中。ふと自分の左手を見ると、人差し指にがあることに気付いた。


「だから私はお客さんの依頼通りに台帳を書きましたし、それ以上のことはできません」


「だから俺は台帳通りにシステムに登録した。それ以上のことはできないよ」


 同僚同士が口論をしている。それはさておき。


 このささくれ取りたいなぁ。でも切るものがないし──引っ張ったらささくれの箇所だけ千切れて取れてくれるかな。


「システムに登録する前にチェックとかしないんですか?」


「台帳に書くときに、間違いがないか確認しないのか?」


 よし、ささくれを引っ張ってみよう──あ、しまった。上手く千切れなくて、傷口だけが広がってしまった。


「システムに登録してみないと間違いかどうか分からないですし、台帳に書く時点じゃチェックのしようがありません」


「明らかな入力不正でシステムがエラー検出してくれるなら分かるけど、内容そのものが間違っているのはこっちじゃわからないよ」


 爪切りでもあれば綺麗にささくれだけ切ることができるんだけど、会議中だから取りに行けないしなぁ。代わりのものもないし。


「システム登録前に誰かにチェックしてもらえばいいんじゃないですか」


「台帳書いたときに誰かにチェックしてもらえばいいんだろ」


 諦めるか──いや、もう一回トライしてみよう。ささくれがあると気になってしょうがないんだよね。


「チェックって、誰に?」


「チェックって、誰が?」


 ささくれを引っ張ってみる──ぴっぴっと、ね。


「Aさんに頼めばいいんじゃないですか。あの人なら内容の間違いもある程度わかるでしょうし」


「Aさんに頼めばいいだろ。あの人ならお客さんのミスもある程度気付くだろうし」


 ぴっぴっぴっ。うーん、上手くいかない。ささくれの根本がびりびりと痛くなってくる。


「というわけでAさん。次回からチェックをお願いしますね」


「というわけでAさん。次回からご確認お願いします」


 もう少し強めに引っ張ってみよう。ぴっぴっぴっ、ぴっ!


「ぎゃあああああああ!」


「Aさん? どうしました?」


「Aさん? なにがあった?」


「いやなんでもない。ちょっと出血が……あ、僕に構わず、打合せを続けてくれ」


「Aさん。さては話を聞いてませんでしたね……」


「今、Aさんのお仕事を増やしてあげたところだよ」


 え……?




【おわり】

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