右人差し指にささくれができた話

白千ロク

本編

 あ、ささくれてる。バスの吊り革を掴もうとした手――右人差し指を見て思う。


 ささくれはたしか、栄養が偏っていたり保湿だか保温不足でなるんだっけか。うろ覚えだけれども。繁忙期というわけで、主に寝ることに重点を置いていたりするからか、食事には気配りがなく、ここ最近の食生活は食べられればいいやになっていたりするので、ささくれができるのは自然の流れかもしれない。栄養補助食品のチョコバーは癒やしなのだから。


 これ以上ささくれさせないために思いつくのは、ハンドクリームを塗るか、水仕事を控えるかだ。まあ、ハンドクリームを塗っても洗い物があるので、あまり実用的ではないね。いまなら水を弾くハンドクリームもあるけれども、水仕事を終えたあとに塗り直しが必要だったはず。面倒くさいじゃない、それは。塗り直す時間があるのなら、少しでも長く寝ていたいんだよ、こっちは。


 社会人としてはどんな部署・部門に努めていようとも身だしなみは重要だが、ささくれまで見る人間はいないだろう。……たぶん。嫌味たらしい上司ならば、ささくれなど関係なく嫌味の一つもあるかもしれないが。私に関してはそんな上司ではないからよかったと思おう。振られる仕事量はエグいが。


 辞めたいと思わないのは週休二日制だからだろうか。あと、休みの日に上司や部下からの電話やメールなんかもないからかな。せっかくの休みを仕事関係で潰したくないとは誰もが思うことだろう。会社によってはいまでも、お中元やお歳暮、年賀状やゴルフ接待はあるんだっけ?


 ――そう考えると、うちの会社はまだいい方だな。繁忙期の事務方はゾンビ生産所になっているけども。


 はー、ささくれによって会社のいいところを発見してしまったわ。心なしかリュックも軽いぞ。


 アットホームな会社という触れ込みだったけど、ネットではアットホームな会社って危ない会社の常套句らしいんだよね。ワンマン家族経営という名の危ない会社の。


 警戒しながらも、大学三年のインターンのアルバイトから始まったけど、危ないところはなかった。ちゃんと休憩時間はあるし、まさかのおやつの時間もあるし、社食はおいしいし。繁忙期以外はだいたい定時で帰れるのが一番大きいか。小さいながらもきちんとした芸能事務所だからだろうね。事務所スタッフの一員として、まだ名の売れていない芸能人を見られるのもいいところかな。売れっ子マネージャーは営業が大変そうだけれども、私は裏方だからねー、まだマシなんだろうね。走り回る必要がないんだから。


 明日もファンレターの仕分けと書類仕事を頑張りますか。


 その前に、爪切りでささくれの根元を切らないとだけど。これ、ピーッと引っ張って千切ろうとすると、痛い目を見るからね。




(おわり)


◆◆◆


【 あとがき 】

芸能事務所関係は全て想像で綴っております。実際の業界事情などとは一切関係ありません

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